30話 昔話をしながら
カイとソフィーが迷路に入ってから3時間程が経過した頃。石造りの暗い迷路は馬二頭が並走しても余裕がある幅ではあるが、緩い下り道になっており馬は少し駆けにくそうにしている。
湿り気とひんやりした空気は明らかに4の月のものではなかった。村長やソフィーのアドバイスに従って厚手のコートを持ってきてよかった、とカイは内心ほっとしていた。
そして、7年ぶりの地下迷路に少々の不安もあり、さらには与えられた使命の重さに胃が痛くなってもいた。
二人はランタンを持って移動していたが、ソフィーのランタンが切れかかってしまったため、迷路の途中にある行き止まりの所で食事と仮眠を取ることにした。馬二頭と人間二人が入ってもまだ余裕があるその空間は、風も少なく暖を取るにはちょうどいいところだった。
カイはソフィーのランタンを借りると一度完全に火を消し、空気の吸入口のつまりをとった。
『フォイアー』
カイがソフィーのランタンに魔法を施す。
『魔法ってやっぱり便利ですわね』
ソフィーのキラキラした視線にカイは少し照れた。
『ヴァルムさんは火の魔法がお得意で?』
『カイで結構です。そうですね、火が一番ましかもしれません。他は水以外使えませんし、正直全然です。えっと、、』
『私もソフィーでいいですわ。まさかまた一緒に迷路を辿ることになるとは思ってもいませんでしたね。あ、馬のことは任せてください』
兄の手伝いで慣れてますので、ソフィーはそう言うと馬たちを優しくなで、慣れた手つきでエサを与えはじめた。
ソフィーと二人で会話をするのは、これが初めてだった。以前村に移住した時は、案内役の彼女の他にロドルフもいたのだ。3人で一週間ほどかけて村を目指したのは今でもいい思い出だった。
あれからもう7年か、とカイは遠い日に思いを馳せていた。
カイは食事の準備をすることをソフィーに伝えると、持ってきた枯れ枝を組み、先程と同じ呪文で火をつけた。小さめの鍋に違う呪文で水を満たすと、鍋の中身はあっという間に沸騰を始めた。それに調味料や乾燥野菜などを手際よく入れスープを作った。
『すごい、もうできちゃいますね。火と水の魔法を組み合わせてお湯を作るなんて。私もこれが使えればいつもの任務が楽になるのになぁ』
ソフィーは羨ましそうに言った。
彼女はインバーターである。故に魔法が使えない。ただし、少々特殊であることも、その美しさを目当てに安易に近づけば大変な目に合うことも周知の事実である。
カイ自身もソフィーは綺麗な人だとは思っているものの、恋愛対象になりうるかと言うとそこは否であった。
かつてイズールのカトレイア学園で教鞭をとっていた頃の生徒と同じ程の歳なのだ。教員の中には生徒と恋愛結婚に至る者も少なくはなかったが、どうしても抵抗がある。
それよりも何よりも、カイには長年忘れられない人物がおり、恋愛などする気にはなれなかった。つい昨日までは。
まさか、また出会えるなどとは思っていなかったのだ。
『そのうち、ティオが便利なものを開発してくれるかもしれませんよ』
ふふ、とカイが目を細めて言った。
『魔道具の制作が趣味なんですってね。さすが村長の孫というか、ウルマーさんの息子というか』
『血のつながりはないはずなんですけどね。って、そんなものに縛られているのが良くないのかもしれません』
カイとソフィーは出来上がったスープを器に盛り、荷物からパンを持ってきて食べ始める。
『スープ美味しいです。温まりますね』
『ありがとうございます。ソフィーさんが一緒だと心強いです。ここだけの話、結構な方向音痴なんです』
カイは恥ずかしそうに頭をかいた。
7年前村に初めて来たときも、あまり広くないのにも関わらず迷い歩いてしまったのだ。村の家々はどれもほぼ同じデザインであるのも大きな原因だった。
『方向音痴でなくともこの迷路は案内無しでは厳しいですから。あと、抜けたあとに出る森で獣が出てもご安心を』
ソフィーは恐ろしく強い。魔法が使えるそのへんの村男よりも、ずっと。
それが、村長秘書でありながらイズールとの伝令も警備隊の仕事もこなせる所以であった。
『それはさらにありがたい。僕は戦闘向きじゃないので。正直一人で行かされてたら無理だと思っていました。"村長の左腕"がいるなら安心ですね』
『いやですわ、その呼び名。兄の代わりを務めているだけですからね』
彼女の兄はシュタイナー・ラーゼンといい、今は牧場主をしているが、元は村長の部下でイズールとの行き来を担当していた。
『でも、その若さでイズールと行き来するのでしょう?それはすごい事だと思います』
『ふふ、もう26になりました。さすが先生ですね、何でも話したくなってしまいますわ。カイさんは35歳くらいでしたっけ?』
『いえいえ、もう40歳になります』
カイの年齢を聞き、ソフィーは驚きの表情を浮かべた。
『先生も若く見られるのですね。この前うかがってビックリしたんですが、エマさんもそのくらいのお年なんですよね。ナディア様もそうですが、年齢不詳の美女とはあの方々のことを言うのですね』
ソフィーはうっとりしている。
まさか、彼女の名前が出てくるとは思っておらず、カイは年甲斐もなくドキドキしてしまった。
『ええ、彼女は昔から美しい方でした。知的でおしとやかで包容力があって』
カイは自身でも頬が熱いことがわかった。
『まさか、カイさん?』
ソフィーは口に手を当て、ニヤけた口元を隠す。
『カミングアウトするとですね、私は学生の頃ずっと片思いしてたんです、エマさんに』
口に出せば余計に恥ずかしくなり、自覚も生まれた。
『まぁ!まぁ、そんな、運命ですわね!!!詳しく伺いたいですわ。もちろん秘密は厳守いたします』
ソフィーのその言葉に、カイは覚悟を決めゆっくりと話し始めた。
『僕と彼女は同じ中級貴族出身で同い年、イズールの首都カルトフォルトにあるカトレイア学園に通っていました。後にコードやアベル様もそこに通われることになるのですが。彼女は学園の中でトップを争うような人気者、僕は冴えない気弱な一般生徒でした。彼女はそんな僕に対しても差別することなく接してくれました』
『昔から素敵なお方なんですね』
『はい。とはいえ、特に彼女とは何もなく高等部を卒業して、お互いに別の道を歩みました。彼女は同じ中級貴族の方と婚約し、そのまま結婚されました。僕は歴史研究所で数年働いた後、母校で教員となったんです』
『そして時は流れ、コードが学園に入学してきました。初等部のほうから噂は聞いてたのですが、中等部にくるとより一層ひどくなってて。問題をやらかして保護者の方に来てもらったらエマさんだったんです。いや、ビックリしすぎて目が飛び出るかと思いました』
彼女がシュトラント家に嫁いでいたのは知りませんでしたから、とカイは付け加えた。
『とんだ形での再会ですね』
ソフィーはそういうとスープをすすった。カイもスープをすすり、緊張で乾きかけていた口内を潤した。
『本当にそうです。1年私はコードと向き合い続けて、最後の方は信頼関係も築けてきたのですが、私はロドルフ校長に引き抜かれて村に行くことになり。コードのことは村に来てからもずっと心配していたんです』
『さきほど病室でちらりと顔を出したとき拝見しましたが、コードさんという方は特に問題なさそうに見えましたね?』
『はい。今や立派な青年です。まさかこの村に来て、一緒に働くことになるとは。たとえそれが今日一日だけになろうとも、嬉しいの一言です』
カイは満面の笑みを浮かべた。
『でも複雑ですね。好きだった人と、その息子と再会だなんて』
『ええまぁ。でも、好きだったのは昔の話です。その後は結局これといった縁がなかっただけですから』
『村で見つければ良かったのでは?』
『昔村の学校の生徒だったと思うと中々恋愛する気にはなれなくて。まぁ、僕を選んでくれる人はいないと思いますが』
『ご冗談を。村役場の後輩が憧れてたそうですよ』
『からかわないでくださいよ。それに独り暮らしは気楽でいいんです。ソフィーさんは好きな方とかいらっしゃらないんですか?』
『私は男の方が苦手なんです。だからといって本気で女性が好きかというと、そう言うわけでもなくて。そういう感情はどこかに置いてきてしまったのかもしれませんね』
カイは聞いてしまった後、失言だったことに気がついた。
『これは失礼しました』
カイは眼鏡がずれるのを押さえながら頭を下げた。
ソフィーはお気にせず、と困ったように笑った。
『でも、ライナは特別です。あの子が望むのならば何でもしてあげたいって思ってます』
それを聞くとカイは驚きの表情を浮べる。
ソフィーが言うには、ライナが小さい頃からの知り合いらしい。
『すこしびっくりしました。まさかライナが出てくるとは。彼女は特殊な子ですね。能力の話じゃなくて、中身がちぐはぐしてるんです』
『ちぐはぐ?』
『救いたい中に自分は存在していないというか。自暴自棄とまではいかないけれど、アクセルとブレーキのバランスが不安定というか』
『そこまでわかるのですね、担任の先生は。私は普段一緒にいられるわけではないのでカイさんが羨ましいです。もっと近くで彼女を感じていたい』
ソフィーの今まで見たことのない笑顔にカイは一瞬惚けてしまった。
『えっと、僕はどう反応すればよいのやら』
カイは頬を指でポリポリとかき、視線をソフィーからそらした。
『ちょっと、カイさん?引かないで!嘘ですから!』
ソフィーの大声が響いた。
『びっくりしました』
『ここだけの話にしてくださいね。ライナに嫌われたくないわ』
『僕もエマさんに知られたら恥ずかしいのでお互い様です。内緒ですね』
カイははにかみながらそう言った。
二人は食事を済ませると分担して片付けを始めた。
『そろそろ仮眠にしましょうか。僕が最初に起きてますから、どうぞ先に寝ててください』
『ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。色々とお話できてよかったですわ』
おやすみなさい、そう挨拶しソフィーは簡易の寝床についた。
ソフィーの小さな寝息が聞こえ始めた頃、カイは眼鏡を外し真上を見上げた。そこにはランタンの光に照らされ天井の岩の凹凸が浮かび上がっているのだが、眼鏡がないカイの瞳にはボヤッと色の濃淡だけが浮かぶ。
『僕に勇気があれば、何か変わっていたんだろうか』
カイは小さく小さくつぶやいた。




