28話 はじめまして
あたりがすっかり暗くなったころ、雨は上がり空には薄い三日月が朧気に顔を出していた。
二部屋の人間は会議室で合流し、村長と校長が中心となって今後の流れを考えた。偶然にもヘルムートとロドルフの考えはピタリと一致し、阿吽の呼吸でパターン別の問題点や対策などを整理していった。
『さすが二人で村を作ってきただけはある。すごい』
ライナはポツリとつぶやいた。二人の処理スピードにほとんどついていけなかったのだった。
『昔はしょっちゅうぶつかってたがな。今では戦友だけども』
ゲルデはくつくつと笑いながら言った。ライナからとってみればぶつかっていたなど想像もつかなかった。
『というわけで、このような形で事態の収束をはかろうと思う。異論は?』
ヘルムートがロドルフとともき今後の展開について話し終えると面々に尋ねた。ほとんどの者は首肯した。が、ひとりカイだけが異議を申し立てた。
『村長、これは村全体にも関わることになります。この場で決めるのはどうかと。元々議会などはありませんが、村民を集めて説明をしなくてはいけないのでは?』
『そこは大丈夫だ。二人の国王にそういう方向に持っていってもらうさ。村は従わざるを得ない、だよな国王様?』
ヘルムートは視線をアクセルに向けニヤリと笑った。
『うっ、プレッシャーで胃が痛い』
アクセルは顔をしかめて胃のあたりをさする。
『もうすこし追い打ちをかけると、お前が王妃様や側近達を説得できなければすべておじゃんだからな』
『はい、そうですよね。ガンバリマス』
アクセルは赤い短髪をくしゃくしゃとして俯いた。ナディアは隣でアクセルの背中をさすった。
『では、これで一度解散としよう。くれぐれも他言無用でお願いする。ウルマーとライナには申し訳ないが他の家族にも言わないでくれ』
『はい。マチルダに隠し事ってのはあんまりしたくないんだが、しょうがない』
ウルマーとライナは頷いた。
「アクセルは今日村に泊まっていくか?」
ヘルムートがアクセルに尋ねた。
「いや、一刻も早く戻って皆を説得しなければ。村の馬を借りてもいいですか?」
その問いに答えたのはロドルフだった。
「あぁ、お前の愛馬はこっちで預かっておく。途中で体調を崩してたんだろ?シュタイナーにしっかり面倒見させるから安心しろ」
シュタイナーとは牧場主のことで、ロドルフの実の息子である。
「助かります。もう老齢なので大切にお願いします」
アクセルはヘルムートとロドルフに一礼する。アクセルは隣のナディアを見つめた。
『ヨハナはきっとわかってくれると思う。今回は必ず戻るから』
『待ってるわ。でも、ヨハナさんには申し訳なくて。私は貴方に会えただけで幸せだから、その、』
『君は悪くないんだ。どうか自分を責めないでほしい。全ては俺に責任があるんだ。それに俺はもう君から離れたくないんだ』
二人は抱きしめ合った。
『カイ先生は私と一緒に来てくれるか?書簡を渡す。そのまま出発してもらえるとありがたい。ソフィーがいれば道中身の安全に問題はないと思うが、くれぐれも気を付けて』
『はい。ありがとうございます。ガリオン様を連れて早めに戻ります』
カイと村長はみんなに挨拶すると部屋を出ていった。
◇◆◇
『ライナ』
ライナはその声に即座に振り返った。
そこにはアベルだけでなくナディアとアクセルもいた。ライナは急いで席を立つ。
『国王様、ナディアさん、アベル。えっと、この度は、、』
『そんなにかしこまらないでください、ライナさん。ただのアクセルでいいんです』
アクセルはそういうとライナに握手を求めた。ライナは一度ディアンドルのエプロンでさっと手を拭いて握手を返す。
『お会いできて光栄です。ち、父が昔からお世話になっていたそうで』
ライナは恐る恐るアクセルと目線を合わせる。髪色は違うがアベルを大人にしたようにそっくりな容姿に内心驚く。
"うわ、こんなに似てるんだもの、アベルを見た時のおじいちゃんもびっくりしたよね。キレイな瞳はやっぱりお父さん譲りだったのね。あれ、左頬が少し赤いような、、"
まさか本当に殴ってないわよね、とライナは思ったものの、もちろん口にはしなかった。
『昔からよくウルマーから話を聞いていました。"うちの娘たちは本当に可愛いんだ"ってね』
そのアクセルの言葉にライナは顔を赤らめる。
『お父さんったら、国王様相手になんてことを吹き込んでるのよ』
『ナディアたちからも話を聞いています。瀕死のアベルを助けていただいたそうで。本当になんとお礼を言ったらいいのか』
アクセルは深々と頭を下げる。ライナはあたふたしながら顔を上げるように伝えた。
『とんでもございません。村の基本方針に従ったまでです』
『なんて謙虚な娘さんなんだ。マチルダの教育の賜物だな。戻るまでの間になりますが、アベルたちをよろしく頼みます』
そう言うと、アクセルとナディアはウルマーがいる方へ向かっていった。
残された二人の間に沈黙が流れる。ライナは気を取り直してアベルに問う。
『アベル。あの、国王様とは、その、、』
『まだ和解はしてない。けど、』
アベルはライナにそっと耳打ちする。
『"あの言葉"が役に立った』
ライナは目を見開きアベルに向き直す。
『えっ、ほんとに言ったの?!ってことは国王様の左頬が赤かったのは、、』
『キレイに決まったんだ。右ストレート』
アベルは満面の笑みで右の拳を見せる。
『うわ、、まさか本当にやるとは』
ライナは頭を抱えた。
『そんなに落ち込むな。教えてくれたのはライナだ』
アベルはニコニコしながら言った。
『それは嫌味?!私に対する嫌味なの?!』
ライナはさらに頭を抱えたのだった。
『いや、もちろん人を殴ることは良くないんだが。少しだけ、あの人との距離が縮まった気がする。それもこれも、ライナが俺に何度も手を差し伸べてくれたからだ。改めてお礼を言いたい』
アベルはライナに深々と頭を下げる。
『やめてよ。私は当たり前のことをしたまでだし、アベルのことビンタしちゃったし。そもそも、そんなこと言ってもらえる資格はないよ』
ライナはアベルから視線をそらす。
『この借りは必ずどこかで返す』
アベルはライナの手を取り、まっすぐに見つめる。
コホン、とアベルの頭上後ろの方から低い声で咳払いが聞こえた。
『げ、お父さん』
ライナはアベル越しに父親と目が合う。
『俺がいるところでよく娘の手が取れるなぁ、アベルくん』
アベルが恐る恐る後ろを向くと、彼より頭一つ分ほど大きいウルマーが無表情で腕を組んで立っていた。どっしりとした体つきが熊を思い出させる。
『こ、これは違うんです!お父さん、誤解です!』
アベルはさっとライナから手を離すとウルマーに向き直る。
『初めまして、アベルくん。そして俺は君のお父さんではない』
ウルマーは口角をあげがらアベルに右手を出し握手を求める。
アベルは顔を青くした。
"目が笑ってない"
恐る恐るアベルも右手を出す。
ウルマーはそれをガッシリと握るとアベルに耳打ちする。
『まだまだ娘はやれんぞ』
アベルがウルマーの方を見ると、さっきとは裏腹にニヤニヤと笑っていた。
アベルもライナに聞こえないほどの小さい声で答える。
『いや、そういうんじゃないんです。ライナさんは友達で、、』
『ふーん、じゃあそういうふうには見れないと』
ウルマーも小声で応戦した。
『いや、そういうわけでもなくて。だからその、、』
アベルはしどろもどろに返事をする。少し耳が赤くなっている。
このへんのやり取りは、ライナには聞き取れなかったが、二人でコソコソ何かを言っているのは面白くなかった。が、聞くとそれはそれで恥ずかしい気がするのであえて突っ込むことはしなかった。
『ははは、冗談だ。改めて、ウルマーだ。つい、アクセルの若いときに似てるもんだからからかいたくなってさ。アベルくん、すまんな』
『いえ、大丈夫です。アベルです。この度は大変お世話になりました』
アベルは深々と頭を下げた。
『もう、お父さん?!アベルをからかわないでよ!』
ライナがポコポコとウルマーの胸もとを叩く。
『ははは、普段男っ気がない娘が男と絡んでるんだからそりゃ気になるさ』
『お父さん、それセクハラよ。お母さんに報告ね。ちなみにティオもミリーもアベルのこと好きだからお父さんに味方はいないわ』
『なっ!すでにうちの家族に手を回していたとは!恐ろしいやつめ』
ウルマーが驚きながらアベルを見る。
『アベルの仮退院祝をうちでやったのよ。ちなみに今アベルが着てる服はティオのやつ』
『そうだったのか。それにしてもあの気難しいティオとも仲良くなれるとは、才能だな』
ウルマーはアベルに感心する。
『ティオくんとは色々と気が合って』
『ふーん、面白くなってきたな』
ウルマーがボソッとつぶやいた。
『何か?』
アベルはウルマーが何を言ったのか聞き取れずに聞き返す。
『いや、こっちの話だ。俺もすぐ追うんだが、アクセルがもう出発するみたいだ。見送らなくていいのか?』
『僕は、別に』
アベルはさっと顔をそむけた。
『そうか。無理強いはしないさ』
『そういえば、前にゲルデさんにも言われたんですが、そんなに似てるんですか?あの人と僕は』
『そっくりもいいところだ。髪の色が違うくらいで背格好もこんな感じだったしな!なんといっても、からかった時の反応なんて瓜二つだ』
ウルマーはニヤニヤしながらアベルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
『ちょっと席を外します』
アベルは少し考えた後、ウルマーに頭を下げると部屋を出ていった。
「素直じゃねぇなぁ」
「それはそうだよ。自分のお父さんと今日初めて会ったんだよ?ずっと恨んでたんだし」
「そういうもんかねぇ?ライナもそうか?」
ウルマーの問いに少し考えてからライナは答える。
「私のお父さんは、お父さんだけだよ。覚えてないんだし。そういうお父さんは?」
「俺はさ、感謝してるんだよ。俺を捨ててくれてさ。そりゃ最初は悲しいとか色々思ってたけど。村に保護されて、村長たちが育ててくれてマチルダに会えた。かわいいお前たちにも。アクセルにだって。だから俺は感謝してる」
ウルマーはライナの銀髪をくしゃくしゃと撫でた。
「私も感謝してる。だからこそ申し訳ないとも。私一人が幸せで申し訳ないって」
「お前は何一つ悪くない」
ウルマーが声のトーンを低くし、真面目に答える。
「みんなそう言ってくれるけど、本当にそうなのかな」
「そうだ。俺はあの判断を間違えたとは思ってない」
「ごめんね、何でもない。私、ゲルデおばあちゃんとお話してくる」
ライナはそういうと、ゲルデの方へ走っていった。
「聞くんじゃなかったな」
ウルマーは誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。




