24話 赤髪の国王
ヘルムートについて、村長室へ向かう。
アベルはぼうっと母親の背中を見ていた。
彼女の長かった髪は肩にかかるあたりで切りそろえられている。それは旅には邪魔だからということだった。
アベルは知っていた。彼女が髪を伸ばし続けたのは願掛けであることを。
愛する男にまた会えるようにと願いを込めていたことを。
それを捨ててアベルのために髪を切り、旅についてきてくれたのだ。
アベルは深く感謝し、そして、また彼女が愛する人と会えるように願っていた。この旅でリズニアまで辿り着ければ、もしかしたら会えるかもしれない。そう思っていたのだ。
まさかその前段階で、ましてや相手が国王だなんて思ってもいなかったのだが。
ヘルムートがドアを開けた。
アベルとナディアは息を呑んだ。
村長室には黒髪の大男と、赤髪の男がいた。
赤髪の男を見て、アベルは目を見開いた。
"あぁ、この人なのか"
それがアベルの気持ちだった。
ひと目でわかった、血の繋がり。
顔の造りと、忌々しいターコイズブルーの瞳。
ゲルデやヘルムートがひと目でわかったという理由がわかった。
赤髪の男は、ナディアの方を見て目を見開いた。
◇
それはアクセルが何年経っても忘れられない人だった。
確かに歳はとったのだろうけれど、それを感じさせない美しさ。凛と佇むその姿は、17年前のものと何も変わらなかった。
そしてその後ろから現れた金髪にターコイズブルーの瞳を持った少年を見るとさらに言葉を失った。髪色こそ違えど、それは紛れもなく自分の分身に等しかった。
"あぁ、何ということだ"
アクセルは、なんとも言えない気持ちを抱えた。
なぜ彼女かここにいるのか
なぜ彼女が自分にそっくりな子を連れているのか
生きていてくれたのか
無事でいてくれたのか
アクセルは言葉にできず、ただ佇むことしかできなかった。
「久しいな、アクセル。ウルマー、ご苦労だった。会議室にライナが居るからフォローしてやってくれ。あと、村の秘密を教えてやってほしい」
「え、なんでライナが!?わ、わかりました。じゃあ、アクセル、またな」
「あぁ」
アクセルは空返事をした。目の前の人物達にしか意識はなかった。旧友であるウルマーは退室していった。
アクセルは目の前にいる人物たちが本物である実感が持てなかった。ずっと会いたかった人に、昔の自分に似た少年。何かの幻ではないかとさえ思った。でもこれは紛れもない現実なのであった。
◇
アクセルと呼ばれた男は床に正座をし、額を床に押し当てた。アベルはそれを呆然と見つめていた。
『ナディア、すまなかった!!!』
『アクセル、、貴方は悪くないわ、顔を上げて』
『できない。君に、君たちに顔向けできない。俺は無責任だった。あの時は取れると思ってた責任は結局取れなかったんだ。例えどんな理由があろうと許されるものではない』
『村長から聞きました。貴方はリズニアの王子で、国に強制送還されたんでしょう?』
ナディアは優しく答える。
『言い訳はしたくないんだ。それに、俺は結局あの後別の人と結婚して子供まで設けている。君という存在がありながら』
『王子なのだから、それは当然です。私は、ずっと会いたかった貴方がこうして生きていて、もう一度会えた、それだけでいいんです。だから、顔を上げて、アクセル』
ナディアは床に膝をつきアクセルを抱きしめた。ナディアは涙を流した。
『貴方に紹介するわ。私達の息子、アベルよ』
そういうと、ナディアはアベルの方を向く。
『アベル、、その名前はまさか』
『そうよ。覚えててくれたのね』
アクセルはゆっくりと顔を上げた。
目の前には微笑んでいるナディアと無表情のアベルが歪んで見えた。
『すまなかった。本当にすまなかった。アベル、もっと近くで見てもいいか?』
『あぁ』
アベルはそっと膝をおろし、アクセルに近寄った。その表情はぎこちないものだった。アベルは恐る恐るアクセルの顔を見た。そこには涙に濡れている自分と同じ色の瞳があった。
"その目で見られたくない。俺はこの色が嫌いだ"
アベルは無意識にそう思っていた。
アクセルは両手をアベルの頬に手を当て、その後に優しく髪をなでた。
『こんな形で初めて会うことになってしまって、本当にすまないことをした』
アベルはアクセルの手を払い、アクセルの胸ぐらを掴むと今まで抑えていた感情をぶつけた。
『何かすまない、だ。母さんと俺がどういう目にあったかも知らずに!母さんはずっとお前のことを思い続けて、未婚のまま俺という負債を抱えて生きてきたんだ。あのイズールで。混血であることでどれだけ俺が苦しめられたかお前にはわからないだろ?母さんまで俺のせいで後ろ指さされるんだ。魔法が使えない自分が疎ましくて、この忌々しい青い瞳が死ぬほど嫌いで、えぐり出したいと何度考えたことか』
涙で目の前のアクセルが歪む。
『何度あやまっても謝りきれない。すまない、すまない、アベル』
アクセルは力なく何度もアベルに謝る。
『アベル、ごめんなさい。私の身勝手であなたを苦しめてしまった』
ナディアが後ろからアベルを抱きしめる。
『母さんは悪くない。悪いのはこいつだ』
アベルは冷たい目線でアクセルを見る。
『違うの。本当に私の身勝手だったの。私は、私が捕まる前にアクセルと愛し合っていた証拠がほしかった』
『私が、捕まる前?』
アクセルが繰り返す。
『私、自分にタイムリミットが近づいてたことに気づいていたわ。あのお父様のことですもの、絶対に私のことを捕まえにくる。捕まったらきっとどこの誰とも知らない人と結婚させられる。だからその前に、本当に好きになった人と一緒になりたかったの。だからね、アベル。貴方が責めるべきは私なの。私の軽はずみな考えが貴方を苦しめてしまった。そのくせ、たった一人の愛しい息子に嫌われたくなくて今まで言えなかった。ズルい女なのよ、私。本当にごめんなさい』
ナディアはアベルを後ろから抱きしめたまま言った。アベルはアクセルの胸ぐらを離し地面にへたりこんだ。
アベルは母の話を聞き、どうしていいかわからなくなっていた。
"母さんは自分が捕まるかもしれないことに気づいていた。それでも、事実は変わらない"
しばしの沈黙が流れ、ヘルムートが口を開く。
『アクセルが捕まってすぐ、ナディアさんもイズールの捜索隊に捕まってしまったそうだ。アクセル、ナディアさんはイズールの王女様だ』
『ナディアが、イズールの王女様?!』
アクセルは目を見開いた。
『私も身分を打ち明けられなかったの。ごめんなさい』
ナディアはアクセルとアベルの間に座り、アクセルに頭を下げた。
『それは俺も同じだから。まさか王女だったとは』
『身分を明かせば貴方が離れてしまうのではないかって。怖くて言い出せなかったの』
ナディアは目を伏せる。
『俺たち、同じことを考えていたんだな。身分なんて捨てて、君と歩む道を選びたかった』
アクセルはナディアを正面から抱きしめた。
『母さんたちは、本当に思い合ってたんだな』
アベルが抱き合う二人を見てポツリとつぶやいた。
ヘルムートがアベルの横に寄り添う。
『アベル、私には何も言う権利はないんだが、アクセルは決して悪いやつではない。強制送還のあと、ウルマーから定期的に彼の様子を聞いていたんだ。アクセルはずっと長い間抜け殻のようだったと。ずっと彼女のことを思い続けていたと』
『ではなぜ他の人と結婚したんです?』
アベルは冷たい目線をヘルムートにも向ける。
『強制送還のとき、当時の国王と取引をしたそうだ。国に帰るし、国王の言うことを聞くから、彼女を殺さないでくれと。彼の結婚も国王が決めたことだ』
アベルは目を見開いた。
『どういうことだ?』
アベルはアクセルに問う。
『あいつらは、ナディアの存在にまで気づいていたんだ。さすがにイズールの王女であることまでは気がついていなかったが。俺が捕まったとき、逆らったらあの魔族の女を殺すと言われた。今後一切逆らわないというなら彼女の安全を保証しようとも』
アクセルは下唇を噛み締めた。
『母さんを守るためにその条件を、、』
『それは言い訳にしかならない。あのとき全力で抵抗していればもしかしたら』
ヘルムートが言葉を遮る。
『いや、それは無理だ。チャールズは、前国王はお前を連れ戻すことしか考えていなかっただろうよ。お前はリズニアのたった一人の王子だったのだから。抵抗する原因を徹底的に排除するだろう』
『そんな』
アベルは言葉を失った。下手をしていれば母親は殺され、自分が存在していなかったかもしれないという事実に身が震えた。
『アベル。ここまでお前が生きてこれたことがお前にとって良かったことかどうかは私にはわからない。でも、両親の努力が積み重なって今の君があることを忘れないでほしい。そして、一歩間違えていれば、世界は再び戦争を始めていたかもしれなかったんだ』
ヘルムートがそういうとアクセルとナディアを交互に見た。
『もしもアクセルが抵抗していたら。ナディアさんは殺され、それを知ったイズールがリズニアに戦争をしかけたかもしれない。もしもナディアさんがアベルの父親の名前を誰かに告げていれば。イズール国王に名前が知れて真相がバレていたかもしれない。もしもアクセルがナディアさんの名前を言ってしまったら。チャールズが事実を隠蔽しようと彼女を探し出して真実を知ってしまったかもしれない。二人は互いの身を案じつづけていたのではないか?』
二人はヘルムートの言葉に小さく頷いた。
『まぁ、そもそも高い身分がありながら家出したがきんちょどもに問題があるんだが』
『おっしゃるとおりです』
『申し訳ありません』
両親はどんどんと小さくなる。
『でもな、そのおかげでこの子はここにいる』
ヘルムートはアベルの頭をポンポンと撫でた。
『この子は、魔族と人族の架け橋になれる子だ。血の話だけでなくな』
『村長、俺はそんなものにはなれない』
アベルは首を横に振りながらつぶやいた。
『話はコードくんからも聞いている。君はイズールでひどい目にあってきたそうだね。でも、君は母親を恨むわけではなく自分の存在を否定し続けてきたと』
ヘルムートは続ける。
『君は優しい。私なら父親だけでなく母親もイズールもリズニアもまるごと恨んでるだろうな』
『俺だってイズールを良く思ってません。あそこには辛い思い出しかない。母は俺のことを一生懸命育ててくれました。そこにはすごく感謝してます。なんで俺を生んだのかって思ってはいますが』
『君は人として大切なものを持っていると思う。どんな感情も切り離しちゃいけないし、どれかだけになってはいけないんだ』
『俺は自分の存在を認められない』
『それはこれから自分で認めていけばいいんだ。お前には幸いにも友人も本当の親だっているじゃないか』
そう言われてアベルははっとした。脳裏にコードやライナ、ティオの姿がよぎったのだった。
『親子の問題もあるが、もう一つ大きな問題がある。イズール国だ。あの人をどうにかしなくちゃいけない』
ヘルムートは親子を見る。
『そうだわ。お父様をうまく説得しないと大変なことになる。戦争になることは避けなければ』
『俺がイズールに行こう。誠心誠意謝るしかない』
『いや、ガリオン公には村に来てもらう。ここで話をつけよう』
『村にこれ以上迷惑はかけられません』
ナディアが村長を止めようとする。
『私に策があるんだ。多分、これが最善の道だ。そのためには君たち親子三人の協力が必要だが』
三人はこくんと頷く。
『私の策は』
村長は三人に詳細を話す。三人とも驚きながら話を聞く。
『それにかけてみよう』
アクセルが言葉を発した。
『でも、そんなことしたら貴方の立場が』
ナディアがアクセルを止めようとした。
『どちらにせよこうしてナディアに会えたのだからこうするしかない。ヨハナを説得する』
アクセルの決意は固く、ナディアはごめんなさいと小さく謝った。
『俺と母さんでお祖父様を説得しきれるか』
『そこは私とロドルフも協力しよう。ガリオン公とは長い付き合いだ。任せておけ!』
ヘルムートはアベルの背中を軽く叩いた。
『あと、村長は、それでいいんですか?本当に』
アベルはヘルムートを見つめる。それに対してヘルムートは笑顔で答える。
『あぁ、もう決めたんだ。大丈夫だ』
『ヘルムートさん、いつもいつも本当にすみません。ご協力よろしくお願いします』
『ホントだよ。ガキのときから迷惑ばかりかけやがって。でもな、これは俺たちのためでもあるんだ。変換期なんだよ、今が。それより、お前は息子から一発もらっといたほうがいいんじゃないか?』
ヘルムートは灰緑色の瞳を細め、ニッと口角をあげる。
アクセルは覚悟を決めアベルに向かい合う。
『ヘルムートさんの言うとおりだ。アベル、俺はお前に殴られるべきだと思う。もちろんそれで許されるとは思ってないが』
『わかった』
アベルは少しアクセルから間合いを取る。
右手を軽く振り、結んだり開いたりして準備をする。
"ライナ、あれが役に立つぞ!"
「歯くいしばれ!」
アベルはリズニア語で叫んだ。
アベルの拳はアクセルの左頬にヒットし、鈍い音が部屋中に響いた。
◇◆◇
『痛てて、、まさかリズニア語で言われるとは。勉強してたのか?』
ナディアに支えられて起き上がったアクセルがアベルに問う。
『村で友達に教えてもらったんだ。あ、誤解しないでくれ、いつもはちゃんとした言葉を習ってるんだ。あれは特別で』
アベルはライナが誤解を受けないようにフォローを入れた。
『そうよね。ライナさんがあんな言葉を使うなんて考えられないわ』
ナディアはアクセルからさっきの言葉の意味を聞き驚いていた。
『そ、そうだよー、使うわけないよー』
アベルは二人から目線をそらした。
『ライナさんって、ウルマーの上の娘か。よく話は聞いていたんだ』
『そうよ。彼女がアベルを助けてくれたのよ。彼女がいなければアベルはここには居なかったわ』
ナディアが自分たちが村に来た経緯を説明する。
『そうか。後でライナさんにお礼を言わないとな』
アクセルはアベルの方を向いて続ける。
『大切な俺たちの息子を助けてくれたんだから』
『、、、』
アベルはアクセルをどう呼んでいいかわからず戸惑っていた。
アクセルはアベルを正面から抱きしめた。
『やめろ、離せ。俺はまだ許してないからな!』
『いいんだ。許してもらえなくても。こんなこと、言える資格はないんだが、、その』
アクセルはアベルに目を合わせる。ターコイズブルーの瞳同士が交わる。
『生まれてきてくれて、ありがとう。生きててくれて本当によかった』
アクセルは再びアベルを抱きしめると静かに肩を震わせ始めた。アベルもつられて目に熱いものがこみ上げてくる。
『うるせぇ。傷が痛いからもう少し緩めろよ』
アベルはプイっと顔をそむけた。言葉とは裏腹にアベルは耳まで赤くなっていた。
その様子を見ていたナディアは静かに涙をハンカチで拭った。
村長もまた目頭を押さえていたのであった。




