23話 戦争の火種
『ウルマーさんがお連れの方と戻りました。村役場で待機されています』
ドアの外から声がかかった。村役場の人らしかった。
『このタイミングとは、、、ついに来たか。アベル、歩けるか?みなさんも、一緒に村役場に行きましょう』
『まさか、お父さんが連れてきた人が、アクセル、国王様?』
ライナの問いにヘルムートが頷いた。
ここでまさか自分の父親が出てくると思っていなかったライナは驚く。しかしたしかに父はリズニアに行っていたのだ。
『って、国王様を呼び出したの?!おじい、、じゃなくて村長、何者?!』
ライナの言葉にほとんどの者が、その回答を待っていた。気にしていないのはゲルデとロドルフくらいであった。
代わりに答えたのはゲルデだった。
『ヘルムートは村長になる前、前国王の相談役だったんだよ。アベルとコードの関係に近い。もっとフランクだったがな。現国王のこともよーく知ってる』
『前国王の相談役、、って!ちょっとゲルデさん、なんで俺たちのこと知ってるんですか?』
『お前らの関係くらいすぐにわかったさ。コードの気の遣いようは友人の範疇を超えてるだろ』
二人は十分気をつけて接しているつもりだったので驚き顔を見合わせたのだった。
『では私はすぐに出発できるよう荷物をまとめてきます。すぐに村役場にいきますね』
カイはそういうと病室を出た。
『とにかく急ぐぞ。外は雨だから足元に気をつけて。ロドルフ、雨よけをお願いできるか?』
『あぁ、まかせておけ』
ヘルムートが先導し診療所を出る。
『ヴィント』
ロドルフがそう唱えながら右手を頭上にかざすと、強く打ち付けていた雨が左右によけていく。それはまるで一同が風の繭の中に入っているようだった。
『ライナ、いつにも増して青白くなってる』
『校長先生。そ、そうですか?色々びっくりしてしまって。何がなんだか』
展開が早すぎてライナは理解するのが精一杯だった。ましてや自分の気持ちまではついていけない。
"殺されたりはしないよね?アベルが、遠い存在になってしまう。手の届かないところに行ってしまう"
底知れぬ焦りがあった。出会ってからは短いものの、彼女の中でアベルの存在は確実に大きくなっていた。それが本人の気づかないようにしていた部分だったとしても。
『アベル様、大丈夫ですか?』
コードがアベルを気にかける。アベルは顔色が悪く、足取りも重い。
『大丈夫だ。このタイミングで自分の父親に会うことになるなんて思ってもなかったし、しかも、リズにあの国王って。俺の存在がまた迷惑をかけるんじゃないかって』
アベルもまた頭の中で感情が整理できていなかった。
戸惑い、怒り、不安、焦り、苛立ち。負の感情が渦巻いて心の中を掻き乱す。
"村にはこれ以上迷惑をかけられない。もしも、イズールに戻ることになったら、リズニアに行くことになったら、殺されることになったら"
彼は目の前を歩く銀髪の少女の後ろ姿を見つめる。
"もう、会えなくなってしまうのだろうか。せっかく仲良くなれたのに。もっと知りたかったのに"
アベルの中で父親への戸惑いや自分の今後より、ライナに会えなくなることへの不安の方が大きくなっていた。それどころではないとわかっていながら。
『アベル様はアベル様です。堂々としていればいいのです。貴方には何の罪もないのだから』
コードはアベルに笑いかける。
『そうだ。堂々と、だよな』
"俺は俺だ。まずは目の前のことに全力を注がなくては"
少し元気を取り戻したアベルは一歩一歩をしっかりと踏みしめ、来たるべき時に備え心を落ち着けようとした。
『ナディア様。私がついております』
エマはナディアの気持ちを汲み、そっと両手をとる。
『エマには筒抜けね』
ナディアがぎこちなく笑う。
『もう、17年の付き合いになります。貴女がどれだけ会いたかったか、大切に想ってきたかも存じております。私ですらこの前まで名前すら教えてもらえなかったんですから』
エマが初めてアクセルという名前を聞いたのは、村に来て村長と話をしたときだったのだ。イズールで迂闊に名前が知られてしまえば、アクセルの身に危険が及ぶかもしれないというナディアの配慮だったのだ。
『貴女は清く正しい判断ができる方です。リズニアの方々にもそれが伝わることを私は願ってます』
『ありがとう。私は、ひと目アクセルに会えればそれでいいわ。あとはアベルが生きやすい道を選べるようにしたいの。あの子はイズールで潰れるわけにいかない』
ナディアは今後の自分たちの今後について考えた。一番最悪の場合はイズールがリズニアに戦争をしかけること。これは何が何でも阻止しなければならない。次にアクセルとの子どもだと認められずイズールに戻ること。認められてアベルだけリズニアに引き取られること。みんなでリズニアに行くこと。もしくは他の道か。国同士の口封じで殺されてしまう可能性もないとは言い切れない。どれになるかは正直想像もつかなかった。国交がなかった分、今までにそのような事例がないのだ。
『アベルは私が守ります』
ナディアは固く決意したのであった。
『では私はナディア様を守りましょう』
『ごめんなさい、ここまでつきあわせてしまって』
『私は、私達親子は自分達の意志でここまで来たんですよ』
エマは優しく微笑んだ。
ライナがアベルの隣に移動する。
『アベル。あの、、』
ライナはアベルに話しかけたものの、何を言っていいかわからなくなってしまった。
『ライナ。なんか、申し訳ない。意味のわからないことになってしまって』
『ううん、ごめんね、何もしてあげられなくて』
ライナは右手をぎゅっと握りしめた。アベルが何かを思いついたかのようにライナに話しかけた。
『なぁ、あの言葉の意味、教えてくれないか?前のさ、、』
アベルはそう言うとライナの耳元でその言葉をつぶやく。
『あれはだめだよ!まずいって!』
ライナは自分が過去にしたことを思い出して青ざめるめ、つい大きな声で答えてしまう。
『しーっ。な、このタイミングだと思うんだ。頼む!』
『も、もう。どうなっても知らないんだからね!』
ライナはアベルに例の言葉の意味などを伝えた。
村長は一人、最後尾で今後の道筋を必死に計算していた。みんなにとってベストな道は何なのかを。
村役場についたとき、あたりは暗くなり始めていた。レンガづくりの村役場はどっしりとみんなのことを待ち構えているように見えた。
『ナディアさん、アベル、準備はいいかい?』
『はい』
『大丈夫です』
二人は緊張した面持ちで一歩一歩進む。ナディアとアベルと村長が応接室に入っていく。他の面々は又隣の会議室に待機することとなった。
ライナはアベルの姿が見えなくなってもずっとその入り口を見つめていた。




