小話2 隣の幼馴染(出会うまで3ヶ月)
雪が村全体を覆っている季節のこと。その日ライナは左腕の小さな痛みで目を覚ました。
"この痛みは、また誰かが?"
左腕の"繋ぎ目"がズキズキと小さく痛んでいた。
ライナは腕まで覆う黒い手袋をはめるとダイニングに降りた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。あら、ライナが一番とは珍しいわ」
「寒くて起きちゃった」
「ほんとね、昨日また雪がたくさん積もったみたいだから気をつけてね」
ライナとマチルダがそんな会話をしながらダイニングテーブルに食事を並べていると、ティオとミリーが降りてきた。
「おはよう。あれ、ライナ早いな」
「おはよう、お母さん、お姉ちゃん」
ミリーは目をこすりながら声をかけた。
ウルマーは出張で家を空けており、4人で食卓を囲む。食事を始めてしばらくして、マチルダが話しかける。
「そういえば、ミリー、熱はない?今初等部で風邪が流行ってるんでしょ?」
「私は大丈夫。でもアンナが昨日から熱で休んでるの。心配なんだけど先生からお見舞い行くなって言われてて」
アンナは近所に住む幼馴染で、ミリーと同じ学年の少女である。体が弱く、一度風邪を引くと治るのに時間がかかる子である。
「そしたら、私が行ってくるよ。ケリーに会いに行くっていう体で」
「俺もいく」
ティオは第六感で何かを感じ取るかのように即答した。
「ライナ、あんたまた首を突っ込もうとしてるわね?」
マチルダが呆れた目でライナに視線をやる。
「アンナはケリーの妹だし、体弱いから心配だし、ね?」
ライナはマチルダから目をそらしながら言った。
「はぁ、、無理はしないのよ?お母さんは貴女が心配よ?」
「大丈夫、いつものことじゃない」
「だから心配なんでしょ。お兄ちゃん、見張っててね」
「はいよ。ったく世話のやける妹様だ」
「ありがとう、素敵なお兄様」
「棒読みだけどな!」
こうして放課後、ライナとティオはアンナの見舞いに行くこととなった。
◇◆◇
二人は一軒の家の前についた。村においてはごく一般的な木造の家。ライナはドアをノックする。
出てきたのは口元をマスクで覆ったアンナの父親だった。
「こんにちは。ミリーから聞いて、アンナのお見舞いに来たの」
「ライナ、ティオ、ありがとう。高熱が続いちゃっててさ。いつもの薬草が効かなくて、そろそろゲルデ先生を連れて来ようかと思っていたんだ。ケリーが訓練場から戻ってきたら留守を頼んで」
幼馴染であるケリーは警備隊にスカウトされており、定期的に彼らと訓練をしている。アンナの心配をして訓練を休むつもりだったけれど、それをアンナが拒み、泣く泣く訓練に向かったらしかった。
「じゃあケリーが戻るまでの間、先生に見せる前に私にお手伝いさせて」
「だめだよ、君に力を使わせたら村長に怒られる。同じ職場なんだから勘弁してくれよ」
アンナの両親は村役場勤めで、今日はアンナの看病で父親が休みを取っているのだった。昔からの付き合いということもあり、ライナの能力を知る村では数少ない人物たちである。
「できることをしたいの」
「おじさん、こうなるとライナは止められないよ」
「ごめん、僕からも村長に謝るよ。娘を頼む」
父親は二人に頭を下げた。
ライナとティオは少女の部屋へ向かった。その間に二人はマスクをつけた。アンナの父親が念の為にしてくれと渡してくれたのだった。
左腕の痛みは確実に酷くなっていった。
それは即ち、治すべき相手に近づいているという合図。
ライナはそう確信していた。
実際に今まで助けた人々はライナの力がなければ確実に亡くなっていた。
二人はベッドに近づいた。
柔らかな茶色の髪は汗に濡れ、普段は白い肌がピンクに染まった少女が横たわっている。力のないグレーの瞳が二人を見つめた。
"これはマズイかも"
ライナは内心で焦りながらも、それを出さないように優しく微笑みかけた。
「こんにちはアンナ、苦しい?」
「ライナお姉ちゃん、ティオお兄ちゃん。うん。頭がいたいの」
ライナは右手でアンナの左手をとり、手の甲を軽くつまんだ。
つまんだあとはなかなか元に戻らない。
"脱水症状もおきてる"
「アンナ、少し水飲める?」
アンナはライナの問いに首を横に振る。
"熱を一時的に下げて、水分とエネルギーを補充してからおばあちゃんのところに連れて行かないと"
方向性を決め、ライナは優しくアンナを見つめた。
「わかった。今和らげるからね」
ライナは左腕の長めの黒い手套を取った。
そこに現れたのは褐色の肌。白と褐色の境目には赤いミミズばれような跡が痛々しく目立っている。
ライナはその褐色の左手を少女の額に当てた。
目を閉じ頭の中でイメージを広げる。
"熱を吸収するイメージを"
ライナの手から柔らかい光が出始めた。
アンナの表情が少しずつ和らぎ、すっと眠りに入った。
「これで、まずは、、」
そう言いながらライナが横に倒れそうになったとき、その体をティオが支えた。ライナの顔色はいつにも増して白くなっている。
「お前は、ほんとに」
ティオはカバンの中の小箱から小さな砂糖の塊を取り出し、ライナの口に入れた。ライナはそれを咀嚼して飲み込む。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「もっと自分のことも大切にしろよ」
「大丈夫よ、死ぬわけじゃないし」
「使い続けてたらわからないだろ。前例がないんだ」
ティオはもう一つ砂糖の塊を取り出すとライナの口に運んだ。
「でも、ここで力を使わないとアンナが死んじゃうかもしれない」
「俺はお前がいなくなるのがいやだ」
ティオはライナを抱きしめた。
「お兄ちゃん、心配性だなぁ」
ライナの顔色が良くなってきて自分で動けるようになってきた。
残りの砂糖の塊も頬張り、完全に復活した。
「ん?気のせいか」
ティオは部屋のドアが音を立てたような気がしたが、振り向くと何もなかった。
ライナたちは父親の前に戻った。
「起きたらすぐに水分補給を。出来れば塩分と糖分が入ってる方がいいかも。動けるようになったら、ゲルデ先生のところに連れて行ってください。ちゃんと見てもらって」
「ありがとう。ごめんよ、ライナ。さっきケリーが帰ってきて、先生を呼びに行ってくれてるんだ」
「それなら安心ね。大丈夫、お互い様よ。というわけで、村長には」
「報告します。しないとしないで大変な目に合うんだ、わかってくれ」
「ですよねー」
ライナは遠い目をする。
「残念だったな」
ティオが金色の瞳を細めてニヤニヤしながら茶化す。
「え、お兄ちゃんも連帯責任だよね?今回は自分でついてきたんだし」
ライナは真顔で反論する。
「げ、、」
ティオは過去にも巻き込まれて説教されたことを思い出した。
"説教長いんだよな、、"
「なるべく叱らないでもらうように頼んでみるよ。本当にありがとう」
アンナの父親は二人に頭を下げた。
◇◆◇
後日、少し回復したアンナを診たゲルデの報告もあり、ライナとティオは村長室に呼ばれた。今回はゲルデも一緒である。ライナとティオは二人並んで村長の前に直立している。村長は専用の椅子に、ゲルデは後ろにあるソファに足を組んで座っている。
「各面々から報告は上がってるぞ。ライナ、あれほど使うなと言ってるよな?」
各面々とはアンナの両親とゲルデである。
「村長、今回はしょうがないと思うの。アンナは脱水も進んでた。あのままだとマズかったと思う。ね、ゲルデ先生?」
ライナはゲルデに助けを求める。
「たしかにそうだ。ありゃライナの力がなければマズかったかもしれない。特にアンナは昔から体が弱いからな」
「ほら、先生もこう言ってることだし、、」
「だがな、ライナ」
ゲルデは話を続ける。
「下手をすればお前もティオも移っていたかもしれない。それが他の人に移ったかもしれないし、今回のことを他の人が知ってライナのところに押しかけるかもしれない。そうなったらお前の手には負えないだろ?」
「はい」
そこに村長が援護射撃をする。
「お前はいずれ村を出るのだろう?村人がお前の力なしでは生きていけない、とはなってはいけないんだよ。わかるね?」
「それは、、」
"そうだ、私はいずれ村を出る。村長の言うとおりね"
「一部の村人はお前の特殊性を知ってるし、力を使えばどうなるかもわかってる。お前を利用するようなやつは今のところはいない。でもな、村の外に出たとき、その力を利用しようとするやつは山ほどいるはずだ。ティオもわかるよな?」
「はい」
ティオも真面目に返事をする。
「ライナは自分の身を自分で守らなくちゃいけないんだ。だから今のうちに学びなさい。その力とどう付き合っていくのかを」
「はい。わかりました」
「ということで、1時間コースだな」
「えっ?!今のが説教ですよね?!」
ライナは顔を引きつらせて反論する。
「お、反省文も書きたいと。なんと熱心な」
「言ってない、何も言ってない!!」
ライナが激しく抵抗する。
「おぉ、ティオも書きたいと。わかったよ、認めよう」
「待って、俺は一言も何も言ってない!!」
巻き添えを食らったティオも反論する。
「じゃああたしは診療所に戻るよ。じゃあな、がきんちょ達」
ゲルデは手をヒラヒラさせて村長室を出ていった。
「「待って、おばあちゃん!おいていかないで!!」」
ライナとティオは同時に叫んだのであった。
◇◆◇
1時間後、村役場から屍のような二人が出てきた。外はすっかり日が落ちて、明るい月明かりが二人を照らしていた。寒さに身震いしながら二人は家路につく。
「もう俺は協力しないぞ」
「とかいいながら何だかんだ協力してくれるのがお兄ちゃんだよね」
「もう説教は懲り懲りだ。。」
ティオは本当にゲッソリしている。
ライナもゲッソリとしているものの幾分か余裕があるように見えた。
「今までの最長は2時間45分よ」
「俺には耐えられない。お前、鋼の心を持ってるんだな」
「スキルを身に着けたの。聞き流すという名の」
「村長ー、反省してないやつがここにいますー。ところでさ、」
ティオは歩くのをやめる。おのずとライナも足を止めることになった。
「お前が村を出るとき、俺も一緒に」
「何度も言ってるけどね、お兄ちゃんにはお兄ちゃんにしかできないことがあるんだよ。魔道具の研究はきっと村で続けたほうがいいと思う。協力者がたくさんいるもの。私が生きていくのは別の場所よ。本当に必要とされている場所で働きたい」
「でも、そしたら誰がお前を守る?俺の研究だってとこでもできる」
「お兄ちゃんの研究は、いつか万人の役に立つことになる。私はその足枷になりたくないよ。自分のことは自分で守る。そのために学校で学んでるんだもの」
「学んだってできないことだってある。ほら!」
ティオはそう言うと、ライナに軽く脚払いをかけた。ライナは足元の雪のこともあり、体勢を崩し前に倒れそうになる。
そこをティオが支えライナの体をぐっと引き寄せた。
「男の力には敵わないんだ」
ティオはライナの耳元で囁く。
「こ、これはいきなりだったから!離してよ!」
ライナはティオから離れようとするが力では敵わない。
「大人が本気を出したらこんなもんじゃ済まない。心配なんだ」
「校長先生に頼んで護身術も習うから!ね、お願い、離して」
ライナは真っ直ぐティオを見つめる。青紫と金がお互いの存在を写し合う。
"お、俺はなんてことを!!!"
ティオは今更になって自分が何をしてるかに気が付き赤くなった。さっとライナから手を離し、そっぽを向いた。
「ちゃ、ちゃんと習えよ!弱っちぃんだから!」
「わ、わかったよ」
ライナもティオから目をそらし、小さく答えた。
そんな様子を見ていたのは、空から二人を照らしている満月だけだった。
◇◆◇
家に帰ると二人はマチルダからも軽く説教を食らい、食事や入浴を済ませ遅くになってそれぞれの部屋に戻った。
ライナは窓の外に空高く登った月を見上げた。
「ティオの気持ちには答えられないよ」
ライナはボソッと呟き、ベッドにもぐった。




