15話 仮退院した少年②
『皆さん、お願いがあるんです。アベルの仮退院を祝いたいんです。ささやかなものでいいので!』
遡ること4の月10日目の夕食時、アベルの仮退院の話になったことをきっかけにコードが言った。その表情は固いものであった。
『それいいじゃない!うちでちょっとしたパーティーでもしましょうか!休暇日ですし』
一番に乗ってきたのはマチルダだった。コードはぱっと目をまん丸くした。
『いいのですか?!』
『ライナもお世話になってることだし、本格的に退院になったらうちに来る予定でしょ?私も早く会ってみたかったのよ』
噂のアベルくんに、と続けながら、マチルダがライナの方をちらりと見やってウィンクした。
ライナはその瞬間ぽっと頬を赤らめ、それを隠すかのようにお茶を呷った。
コードがありがとうございます!と大きく頭を下げた。
それに合わせてナディアとエマも頭を下げた。
『ありがとうございます、息子もきっと喜びます』
そんな中、ティオは一人眉をひそめた。
『俺、次の休暇日はちょっと用事が』
『え、ティオ、何か言った?』
気まずそうに逃げようとするティオに、マチルダがわざとらしく笑顔で声をかけたため、彼は観念するほかなかった。
『ミリー、アベルさんの似顔絵かく』
『ミリー。会ったことないよね?』
『そうだった!』
とにかくカオスな状態になってしまったのだった。
マチルダが話をまとめ、係分担をした。
ライナとコードが飾り付けとお迎え係、ティオは飾り付けと服を貸す係、マチルダとナディアが料理係、ミリーが似顔絵係、エマはミリーにアベルの特徴を教える係になった。
『では各自、係の仕事に勤しむこと、解散!』
こうしてマチルダの号令とともに、アベルの仮退院お祝い計画が始まったのだった。
◇◆◇
ライナがイーリス家の玄関ドアを開けると、玄関には誰もおらず、静まり返っていた。
『あれ、誰もいないのかな、ちょっと見てきますね!』
そう言うと足早にリビング方面へ向かったのはコードだった。
"演技、下手だ!!!棒読みだ!"
ライナはアベルに気づかれないかドキドキしながら、二人で玄関に立ち尽くしていた。幸いにもアベルには気づかれなかったようで、玄関上の吹き抜けになっている部分を眺めていた。
『中の作りはイズールに似てるんだな。イズールはレンガ造りが多いけどな』
『そうね、この村の大工さんたちはどっちの国の出身者もいるからうまくミックスしてるのかも?ちなみに、家の一部はレンガ造りでもあるのよ。アベルの家はレンガ造り?』
『そう。ちなみに冬は暖炉を焚かないと凍死するレベルで寒い』
『そっか、ここより更に北なんだもんね。あれ、住んでたのって王都だっけ?』
『あぁ、カルトフォルトだ。イズールの中では南の方だからマシなのかもしれないが』
アベルは少し眉をひそめた。
『ごめん、あんまり思い出したくなかったよね?もしもさ、この村のこと気に入ってくれたら、ずっと』
『ライナ!アベルと来てくれないかー!』
ライナが話している途中でコードから声をかけられた。彼は打ち合わせ通りリビングに居るらしい。
『行こうか。こっちだよ』
ライナはアベルを誘導した。突き当り左のドアを開け、アベルを先に行かせた。
パン、パンと小さな破裂音が聞こえたかと思うと、キラキラと光る無数の小さな玉がふわふわと空中に舞った。ティオとミリーが持っていた金属製の小さな筒から放たれたものだった。
『『アベル、仮退院おめでとう!!』』
アベル以外の全員で声を揃えた。先程のキラキラと光った玉は静かに空中に消えていった。
部屋には木や可愛いリボンでできた飾りが散りばめられ、テーブルには美味しそうな料理が広がっていた。
『これは、、』
アベルが目をまん丸く開いているのを見て、ライナは満足げに笑った。
『コードさんがね、アベルのためにやりたいって』
ライナはニコニコしながらアベルに伝えた。
『仕切ってくれたのはマチルダさんだけどね』
コードが照れくさそうに言った。みんながいる手前なので、もちろんいつもの口調ではなくなっていた。
『初めて会う俺なんかのために』
アベルはポカンとしながら呟いた。
『なんか、なんて言っちゃだめよ。ナディアさんにとっては大切な息子だし、コードさんやライナにとっては大切な友達なんだから!マチルダよ、よろしくね』
マチルダは笑顔でそういうと、アベルと握手を交わした。
アベルはマチルダを見て小さな違和感を覚えた。
しかし、それが何なのかよくわからなかった。
次にナディアがアベルにそっと近づく。
アベルはナディアを抱擁した。
『おかえりなさい、アベル。元気になってよかった』
『母さん、心配かけてごめん。早く完治できるようにがんばるよ』
しばしの親子の時間の後、ミリーがやってきてアベルに話しかける。
『はじめまして、アベルさん。ミリーです。お姉ちゃんがおせわになってます。これどうぞ』
ミリーはふわふわの黒髪をポニーテールにして赤いリボンを結んでいた。明るめの茶色の大きな瞳にキラキラと光を宿らせてアベルが絵を見るのを待つ。
『ありがとう、うわっ!すごい!え、はじめましてだよね?そしてだいぶ美化されてるような、、』
ミリーがアベルに渡した絵には金髪碧眼の美少年の顔が描かれていた。デッサン風のもので、アベルの特徴がよくわかるものになっていた。大人顔負けの作品である。
『エマさんがとくちょうを教えてくれたの』
えへへ、とミリーが笑いながら答えた。
『ミリーちゃんは将来すごい画家さんになるかもしれませんね』
エマは微笑みながらミリーの頭を撫でた。ミリーはくすぐったそうに、そして嬉しそうにニコニコしている。
『エマさん、その節はご迷惑をおかけしました』
『ふふ、お気にせず』
アベルとエマのやり取りに、ライナもアベルの隣に来て一緒に頭を下げた。
◇
アベルは予想もしていなかった歓迎に驚きながらも嬉しさを募らせていた。
そんなところに、少し緊張している様子の、焦げ茶の髪色の少年が近づいてきた。背丈は少しだけアベルの方が高い。金色の目がアベルをじっと観察しているかのようだ。
"ティオくんだ。挨拶しないと"
そう思っていたところに、向こうから声をかけられた。
『お前がアベルか。ティオだ。ライナとミリーの兄だ。その、服、ちょっと短くてすまんな』
ティオがちらりと足元を見てきた。その表情は少しばかり暗い。
『アベルです。本当に助かりました。洗って返すか新しい服を用意しますね』
『そんなことは気にしない。それよりも、』
ティオはアベルに近づき、耳元で囁いた。
『後で俺の部屋に来い』
『わ、わかりました』
その冷たい声色に、アベルはとっさにそう答えてしまった。
アベルは不安になった。
何かティオを不安にさせるようなことをしたかと必死に思考を巡らせた。
"ライナと喧嘩したことか"
アベルにはそれしか思いつかなかった。もう仲直りしたとは言え、兄としては妹が嫌な思いをしたのだから黙ってはいられないだろうと思ったのだった。
そして、ここでも違和感を覚えた。
マチルダやティオを見て、違和感があったものの、それが何なのかよくわからなかった。
そこに食事にしようと二人を呼ぶためにライナが来た。
「あら、お兄ちゃん、ヒソヒソ話?」
「べ、別に。アベル、約束だからな!」
ティオはビシッとアベルに人差し指を向けると踵を返してテーブルの方へ歩いていった。ティオがとっさにリズニア語で言ってきたのでアベルはよく聞き取れなかったが、動作からして後でな!とか言われたのだろうと解釈していた。
『俺、ティオくんのこと怒らせたかな?』
『お兄ちゃん人見知りなのよ。部屋で機械いじりしてるほうが好きだしね。超インドア系男子なの。さっきのキラキラしてたやつもお兄ちゃんが作ったのよ』
アベルは部屋に入ったときのことを思い出す。
『それ後で食事のときに聞こうと思ってたんだ!あれ、どういう仕組みなんだ?すごくキレイだった』
『後でティオに聞いてみて。きっと喜ぶよ』
テーブルには色とりどりのたくさんの料理があり、中にはイズールの郷土料理も数品あった。
『こっちのイズール料理はナディアさんが作ったのよ』
マチルダが笑顔でアベルに言う。
『母さんの手料理、久しぶりだな』
『そうね、こっちにない食材は代用品で作ってみたわ。あと、いつものデザートは食べないわよね?』
ナディアが確認のために聞いた。
『ごめん。あんまり好きじゃなくて』
アベルが申し訳なさそうに謝る。
『わかってるわ、こどものころからだもの』
ナディアは気にしないで、と付け加えながら言った。
◇
全員でテーブルにつき、食事を始めた。アベルが主役なのでみんなイズール語で話す。
『お母さん、このローストされてるお肉何?』
ライナがメインの料理について聞いた。
『ウサギですって。お肉屋さんで珍しく置いてるから買っちゃった』
『ウサギさん、あなた美味しかったのね。今度森で見つけたら捕まえてくるわ』
ライナは上機嫌でそんなことを言いながらウサギ肉を食べ進めた。
『ライナ、うちではさばけないからやめてね』
マチルダがライナをさりげなく止めたのは言うまでもない。
『ナディアさん、アベルさん、どうやったらそんなにキレイな金髪になれるのですか?』
ミリーが真面目に聞く。
『うーん、これは遺伝だからどうしようも、、ねぇアベル?』
『どうしようもないよな。俺はミリーの髪の毛いいと思うけどな、黒って憧れる。』
『そう?黒髪なのはお父さん似なの。お父さんにも会わせたかったなー』
『ウルマーさんだよね?俺も会いたかった。帰ってきたときに改めて挨拶しにくるよ』
『やったー!アベルさんまた来てくれるの?』
ミリーがはしゃぐ。
『ミリー、お行儀よくね!』
マチルダがミリーに注意した。
『ティオくんは9の月から高等部だったよね?』
コードがティオに尋ねる。
『はい。高等部からは自分の好きな分野の時間が取れるらしいので、機械関係の研究したくて。趣味でも魔道具作ってるんです』
ティオがはきはきと答える。
『趣味でってさらっといったけど、それ正式に開発できたらすごいことだよね。そっちの分野ってまだリズニアの方でも発展途上なんでしょ?』
『手先が器用なのって羨ましいわ』
エマもティオを褒める。
ティオは恥ずかしそうにする。が、すぐに表情が暗くなる。
『でも、まだ全然動力源のエネルギー効率が悪いんです。俺はあまりできないので、父さんの魔力を借りないと実験もできないし』
ウルマーが家を空けているとおのずと実験もストップしてしまうのだった。
『それでしたら、私がお手伝いしましょうか?火と水と氷の魔法ならそこそこ扱えます』
『俺も協力するよ。夜とか休日なら仕事もないし』
エマとコードの親子が笑みを浮かべながら言った。
『ほんとに?!いいんですか?!』
ティオが大声を上げる。金色の瞳がキラキラと輝く。
『ティオ、お行儀よくね!』
またマチルダから注意が飛んできた。
食事も進みお開きになった頃、最後にアベルから挨拶をすることになった。
『今日は本当にありがとうございました。皆さんの心遣いに感謝でいっぱいです。生きられて、本当によかった。しっかりと治して、退院したらまたお礼に伺います』
アベルは深々と頭を下げた。ターコイズブルーの瞳が少し潤んでいるようにも見えた。
みんなからは自然と拍手が起こった。
◇◆◇
食事後、みんなで分担して片付けをし、30分後にはリビングは元通りになった。
ライナはアベルと二人で二階のテラスに向かった。家の中の案内が終わり、外に出ることにしたのだ。日は高く登り、先程より温かさを感じる。二人は景色を楽しんでいた。
『ライナ』
アベルはライナのほうを向き声をかける。ライナは首をかしげ、ん?と答える。その瞬間、ターコイズとアメジストが交わった。
『今日、ありがとう。俺、身内にしかお祝いされたことなくて、その、すごく嬉しかった』
その身内とはナディアとコードとエマのことであった。アベルはまっすぐにライナを見つめる。
ライナはドキドキしながらも平然を装い笑顔を作った。
『私も嬉しい。アベルが元気になってくれて、嬉しそうにしてくれて』
『あのさ、改めてお礼を言わせてほしい。すべてライナのおかげだ』
『おおげさだよ。私はやれることをやっただけ』
『それがなければ確実に俺はここにいない。なぁ、俺、もっと君のことを』
『そこまでだ。さぁ、アベルさっきの約束だ』
二人の後ろからいきなり現れたティオはアベルの首根っこを掴むと、アベルをズルズルと引きずり自室に入っていった。
『え、あ、ちょっと!!』
アベルは何か起こったかわからずされるがままになっている。遠ざかるライナに助けを求めようとするが間に合わなかった。
『お兄ちゃん、、、心配しなくても何もないよ。これからも』
ライナはボソッとつぶやくと両手で顔を覆った。覆いきれなかった耳は真っ赤になっていた。




