13話 教え合い活動
4の月5日目。
夕陽が射し込む病室には二人の男女がいた。
銀髪の少女は学校帰りのようで、村の学校の制服姿であり、金髪の少年は患者服姿のままベッドから上体を起こした状態で座っていた。
彼ら以外に人は居なく、静かな病室には二人の声だけが響いていた。
『あんた、バカじゃないのか』
『あなた、バカですわよね』
アベルの言葉を復唱したはずのライナのそれは、なぜか少しだけ語尾が違った。
『ストーップ!全然ラフになってない!しかもなんかちょっと気色悪い!練習して3日目なのに進展がない!』
アベルは頭を抱えた。
アベルがライナにイズール語の口語的な使い方を教え始めてから3日が経つというのに、ライナの口調はいまいち直らないのだ。
『なんか、こう、難しいんですよ。しかもよりによって例文が酷いです』
ライナは小さく頬を膨らませた。
アベルはそんな彼女の様子を見て小さく笑った。
『これきっと使うだろ?そもそも、丁寧な言い回しなんて取るもん取りゃできるじゃないか』
アベルが言うとおり、イズール語の文法的には一部の言葉を少し変換したり省けばいいだけなのだがライナはそれがうまくできない。
『深く考えすぎなんだよ。俺の言い方をマネすればいいだろ?』
『長年これでやってきたからなかなか難しいんですよ、じゃなくて、難しいの』
『お、いいね!その調子!』
『後でリズニア語の番になったら覚えておいてください、覚えていやがれ』
ライナの言葉にアベルは苦笑した。
『ちょっと汚すぎないか』
『加減が難しいでござる』
『ライナ、わざとか?』
『さすがにバレました?』
えへへ、と小さく舌を出したライナにアベルはすかさずにツッコミを入れた。
『真面目にやれよ!』
『えへへ』
笑ってごまかすライナに、アベルは頭を抱えるフリをした。
『なんか、もっと真面目でいい子なのかと思ってた』
『え、そうですよ。真面目でいい子です』
『そういうとこだよ!まぁ、親しみやすくていいか』
アベルはそれ以上つっこむことを諦めた。
この気楽さがアベルには新鮮だった。
イズールに居たときにはこんな会話ができるような友人のような存在はいなかった。コードが一番近い存在であったものの、アベルは友人だと思っていてもコードからは立場上どうしても気を遣われてしまう。
"混血"という理由で忌み嫌われていたアベルは、学校内で常に孤独であり、コードに見送られコードが迎えに来るまで誰とも会話しない、という日も少なくはなかった。
他人と会話をすることになるのは、大半が因縁をつけられて絡まれたときであったので、同年代と、ましてや異性と何でもない会話をするのは初めてだったのだ。
この3日間、ライナとはたくさんのことを話した。
もちろん勉強も兼ねてはいたけれど、彼女が話してくれる村のことは非常に興味深かった。
このアジール村は魔族と人族が手を取り合って住むまさに理想郷のごとき場所だった。
35年ほど前に開拓されたこの村は地下迷路で魔族の国イズールと人族の大国リズニアとも繋がっているそうだ。
そのことを知っているのは村人と両国の国王レベルの人物たちのみということらしい。
村人たちは人種で差別することなく、互いに支え合って生活しているそうだ。中には種族を跨いで結婚し、アベルのような混血ーーーそれは蔑む言い方なのでハーフと呼ぶことにするーーーもおり、普通に生活しているとのことだった。
アベルが、羨ましいと思わなかったわけがない。
『アベル?傷が痛む、ですか?』
ライナの少し不自然な問いに、アベルは意識が違うところにあったことに気がついた。
『いや、早く村を見て回りたいなって』
『ふふ。ちゃんと案内する、ですよ?』
『さっきから少しおしくなってるな。ありがとう、早く治すよ。それまでにライナの言葉をどうにかしなくちゃな』
アベルが優しく微笑んだのを見て、ライナもつられるように微笑んだ。
「この反則すぎる笑顔にコードさんはやられたのか」
ライナの呟きに、アベルはピクリと反応した。
『リズニア語で言うな。そして今のは少しわかったぞ、誤解するな。コードとは何もない!』
『あ、このレベルはわかるんだ』
『コードっていう単語はわかったからな。ってか、うまく話せてるぞ!そしてからかうな』
『コツがつかめてきた!ありがとう、アベル!ついでにコードさん!』
『やめろ、並べるな。紛らわしい』
『結構お似合いだと思うんだけど』
『なぜそういう方面に持ってくんだ?俺は女が好きだ!』
『先生ー、それはセクハラですー』
『あんた、バカじゃないのか』
『すごい、ちゃんと一周した!』
二人は同時に笑い出した。
"こんなに楽しいのは初めてかもしれない"
アベルはここ数日で、自身の心に大きな変化が起こっていることに気づき始めていた。
こんなに笑ってこんなに楽しく過ごしたことなど、今まであっただろうか。
『どうしました?じゃなくて、どうしたの?』
『いや、楽しいなって思ってさ。ありがとう、ライナ』
その言葉に、ライナの顔がぽっと赤くなる。
そんな彼女の表情一つ一つが愛おしくてしかたがない。
しかし、アベルはその感情の名前を知らなかった。
イズールでは無縁の感情であった故である。
「アベルのバカ」
ライナは下を向き、ボソッとリズニア語でつぶやいた。
『悪口だな、わかるぞ』
『こっからはリズニア語よ。覚悟なさい!』
『ちょっと待て、嘘教えたりするなよ?!』
『しないですー。あ、もしかしてそういうフリ?』
『先生が怖い』
『そもそもイズールではリズニア語は勉強しないの?』
『ちょっとかじる程度には。国交もないしな』
『ふーん。なら、これはわからないよね?』
アベルの言葉に、ライナは確認をした後に真面目な表情になった。
そして、一つずつ丁寧に言葉を紡いだ。
「私はあなたのことを素敵だと思ってる。出会って間もないけど気づいてしまった。だからこれが最初で最後の悪あがき。これからはこの気持ちを封印するの。ずっと、ずっと」
彼女は言い終わるとすぐに笑顔を作ってイズール語に戻す。
『ふふ、うんと難しいのにしたから。わかったら何でも願い事聞いてあげる』
ニヤッとしながらライナが言った。
それはまるで、いつものような気軽なやり取りだった。
しかし、今度はアベルが真剣な面持ちになった。
『その答え、今じゃなくて、もう少し後でもいいか?』
アベルは真面目に問う。
ライナはもっとふざけた答えが来ると思っていたようで、目を見開いた。
『いい、ですよ。いつでも構わない、です』
いつもの癖でつい丁寧な言い方に戻ってしまったのが彼女らしいな、と思い、アベルは小さく笑った。
『じゃあ約束な。じゃあリズニア語の続きな!この前の単語なんだけど、、』
アベルは何事も無かったかのように続けた。
内心では取り繕うのに必死だったことは、ライナには気づかれなかったようだった。
◇
ライナが帰ったあと、アベルはランプの光を見つめながら考え事をしていた。
『さっきの言葉は、俺をからかってるだけだよな』
アベルは耳まで真っ赤にしてそうつぶやいた。




