11話 歩み寄る二人
4の月2日目。
曇った空からは今にも雨粒がこぼれてきそうな、そんな夕方。日が出ていないためか、あたりには夕闇が近づいてきていた。
ライナはすーっと大きく息を吸い、はーっと吐き出す。それを何度か繰り返し、ようやく決心をしてドアをノックした。
中から返事が聞こえ、ドアを開ける。木製のドアは建付けがあまり良くないのか、キィィという音を立てた。
一番奥のベッドにいたのはお目当ての人。ライナは緊張しながら金髪の少年の方へ歩いていった。
『こんにちは。その、お久しぶりです。体調はどうですか?あと、ビンタの跡も、、』
ライナは目を伏せながらアベルに問う。
ちらりと見たアベルの頬からは赤みが引いていた。
どうやらビンタの跡は残らなかったようで、ライナは心底安心した。
『あぁ。だいぶ痛みが引いてきたような気がする。頬は全然気にしないで』
アベルもぎこちなく返す。
二人の間に沈黙が流れる。
"謝らないと!えっと、どう切り出そう、、"
『コードさんはいないんですね』
ライナは内心ため息をついた。
その話題じゃない、と。
『さっきまでずっと俺の横にいたよ。今は村長に村の案内をしてもらってる』
『そうなんですね。あの、えっと、、』
『すまなかった』
そう切り出したのはアベルの方だった。
『え、いや、それは私が!すみません。私あなたの事情全然わかっていませんでした。エマさんから色々聞きました』
『俺の方こそ。村長やコードから聞いた。無茶をしてまで助けようとしてくれたんだろ?』
『私はただ無我夢中で』
『そういうやつなんだって、村長が言ってた。説教が効いてないって。もし俺が死んでたら、この村のこともライナのことも知らないままだったんだよな。選択肢が増えたな』
『あ、その言葉は、、』
『思い出したよ、昔エマさんに言われたことを。俺はまだ自分が許せないし嫌いだけど、とりあえず怪我を治して村のこともっと見てみたい。その時は、ライナに案内してほしい。ダメか?』
真剣なアベルの瞳はライナをつかんで離さない。
ライナは自分の体温が上がるのを感じた。
『は、はい。アベルさんが治ったら』
ライナは精一杯答える。心臓の鼓動がうるさく感じる。
"私どうしちゃったのかな。安心しておかしくなっちゃった?"
『アベルでいい。というか、そんな他人行儀な言い方しなくても』
『えっと、この言い方しかできない、というのが正しいんです。この先丁寧なイズール語しか使わないだろうと思って、ラフな言い回しを勉強してなかったんです。その分を他の言語に回したかったですし』
村人の標準言語はリズニア語であり、イズール語は小さいうちから習うものの、常用化はしていない。
ライナは小さいうちからリズニアやもしくは他の人族の国で働く気でいたので、イズール語は必要最低限しか習っていなかったのだ。一部の家庭ではイズール語を常用しているところもあるが、イーリス家ではリズニア語しかほぼ使わない。
『ライナは本当に勉強熱心なんだな』
アベルが初めてライナに笑顔を見せた。
"なんて、素敵な笑顔なんだろう。隣でずっと見ていたい。あ、これがコードさんの気持ちか!!"
ライナはドキドキしながらも自分で納得をし、気持ちを切り替えた。
『私、将来、薬師として生きていきたいんです。医者にはなれないけど、薬草を正しく使えば多くの人の力になれますし』
『すごいな。俺より若いのにそんなことまで考えてるなんて』
アベルが感心したように目を見開いたのを見て、ライナはくすりと笑ってしまった。
『歳、同じくらいですよね?』
『俺は15だ。もうすぐ16になる。君は14だろ?村長から聞いた』
『村長はなんでも話しすぎです』
ライナは頬を膨らませた。村長にあとで文句を言ってやろうと思ったのだった。
『ところで、なぜ医者にはなれないんだ?』
『血が苦手なんです。特に大量の血が』
ライナが青ざめるのを見て、次はアベルが小さく笑った。
『それでよく俺を助けたな。血溜まりだっただろ?』
『震えながらでした。手術なら大失敗ですね』
『魔法に感謝だな。でもあんまり使うなよ?』
『村長2号とお呼びしましょうか』
『ソレハイヤデス。なぁ、1つ提案なんだけど』
『なんでしょう?』
『俺がラフなイズール語教えるから、ライナは俺にリズニア語教えてよ』
『それはいいですね!今日くらいの時間で大丈夫ですか?学校帰りだとどうしてもこれくらいになってしまって』
『かまわない。むしろ忙しいのにごめんな。よろしく!』
アベルは右手を差し出す。
『よ、よろしくお願いします。アベルさん』
ライナはも右手をそっと差し出す。
『さん?』
『いや、その、、アベル』
ライナはモジモジしながらボソッとつぶやいた。顔だけでなく耳まで真っ赤になっている。
その様子を見てアベルまで真っ赤になった。
二人は恥ずかしがりながら握手を交わした。
その様子をこっそりと見ていた黒髪の青年は、嬉しそうに小さくガッツポーズをしたのであった。
◇
ライナが病室から出た後、コードがアベルの前に姿を現した。
『よかったですね、仲直りできて』
『盗み聞きか。趣味が悪いな』
アベルはコードを軽く睨みつけた。
『これも仕事のうちですからね。そうそう、お父上のことといい、色々と前進しそうで本当によかったです』
『少し複雑だ。まさかまだ生きてて、数日後には会えるなんてな』
この日の午前、アベルの見舞いとコードを迎えに来たナディアとエマが病室にいるとき、ヘルムートとゲルデがやって来て、アベルの父親を呼び寄せたことを教えてくれたのだ。
『あんなに嬉しそうな母さんの顔、初めて見た』
アベルの脳裏には涙をためて喜ぶ母の顔が蘇った。
少しだけ、母親を取られたような複雑な気持ちになった。
『嫉妬してはいけませんよ』
コードはアベルの心境を悟っているかのように少し茶化すように言った。
『してない。全くしてない』
アベルは冷たくコードを睨んだけれど、彼には何も効果がなかったようで、ただただニコニコとしているだけだった。
『ライナには伝えるんですか?ナディア様たちからは言わないそうですよ。アベル様から伝えたいだろうからって』
『なんで俺から?いや、まぁ、明日にでも伝えておくよ。クソ親父が着くまでに少しでもリズニア語を覚えて文句言ってやりたいし』
『いやー、いい口実ができましたね。ライナとも毎日会えますしね』
『俺は別に、そう言うんじゃなくて!!』
アベルは顔を真っ赤にして反論した。コードは涼しく笑っている。
『初々しいですね。何かありましたらこのコードに頼ってくださいね!アドバイスいたしますから!』
『意味がわからない』
アベルのその言葉に、コードはひたすらに微笑んでいた。




