14話 説得
6の月27日目の朝。
イーリス家は全員そろって食卓を囲んでいた。ライナは放課後に兄が父と一緒に出かけると知り残念そうな声を上げた。というのもこの日は午前に学年末の試験、午後に飛び級試験があり、それが終わり次第ケリーの家でお疲れ様でした会をやる予定だったのだ。
「すまない、急用で。万が一俺が間に合わなければ先にケリーの家に行っててくれるか?」
「わかったけど、ケリー悲しむんじゃない?」
「ないだろ」
ティオは鼻で笑った。
「まぁ、間に合わなかったらティオの悪口大会でも開催するわ」
ライナはふふっと笑いながら言った。
「最悪だな。てか、そんなに悪口出ないだろ?」
「ふふ、自覚がないのは幸せね」
「うわ」
ティオはジト目でライナを見つめたが、ライナには効果がなかった。
「用事が終わったらすぐ来るんでしょ?」
「その予定だけど、どれくらいかかるかわからないんだ」
「なんか、あやしい」
ライナも眉をひそめてティオを見つめ返す。
「何もない。研究の関係だからな」
ティオはさっと視線をそらした。
「わかったよ。待ってるからね」
ライナは怪しいなと思いながらも食い下がるのを諦めたのだった。
◇◆◇
ライナを飛び級試験に送り出し、ティオはケリーとともに帰路に着いた。二人は自分のことのようにそわそわしていた。なお、ティオのそわそわの原因は7割ライナ、3割がアベルが村に来れるかということだった。
ティオは帰宅し昼食を済ませると、村役場の村長室に向かった。
到着するとウルマーの他にゲルデが室内にいた。というのも、二人相手に話をしたほうがいいだろうということで、ウルマーがゲルデを連れてきたのである。まだ話はしておらず、三人はヘルムートが来るのを待った。
「すまない、遅くなった」
そう言ってヘルムートが入ってきた。
ティオたち四人はテーブルについた。
「父さん、母さん、話があるんだ」
そう切り出したのはウルマーで、祖父と祖母はただならぬ雰囲気に少しだけ身を強張らせたように見えた。
「珍しい組み合わせだな。ゲルデまで呼ぶとは、何かあったのか?」
「すまない。相談があるんだ。じいちゃんとばあちゃんに」
ティオは二人相手に頭を下げた。
「ふーん。ライナがいないってことはあいつ絡みだな?」
「そうだ。これを見てほしい。アベルからだ」
ティオは二人にアベルから預かった封書を渡した。二人はそれぞれ封書を開け、目を通した。そして二人は目を合わせ、頷きあった。ヘルムートが返事をする。
「残念だが、私達は賛同しかねる」
「そんな」
ティオは唇を軽く噛み締めた。
「現状のまま、万が一アベルのことを見てしまったら、ライナは本当にどうなるかわからないんだ。そんな危険な目には合わせられない」
「あいつの気持ちも汲んでほしい」
そう反論したのはウルマーだった。
「あの金髪より孫のほうが大事に決まってるだろ、がきんちょども」
ゲルデがぴしっと言い切った。そこでウルマーは次の手段に出た。
「これも、渡すように言われたんだ。父親の方から」
ウルマーは高価そうな純白の封筒に赤い封蝋がしてある封書を二人に渡した。
「くそ、国王の正式な封書かよ。やることが汚いな」
ヘルムートが珍しく舌打ちしたのを見て、ティオは苦笑を浮かべた。
不敬罪、と言う言葉が彼の脳裏をよぎったのだった。
同時にウルマーが国王直々の封書を持ってきたことにも驚いていた。
「父さん、そんなものまで預かってたんだな」
「賛同してくれなかったとき用の保険にな。まぁ、医者には通用しないだろうけど」
「そうだね。あたしには通用しない。こっちのじいさんには効くかもしれないけどな」
ゲルデはふふっと笑った。
「内容によるな。従わなければ死刑とか書かれてたら、赤髪の父親の方を出禁にする。永遠にな」
「それ、従う気ないよな」
ティオはツッコミを入れた。
二人は封書に目を通し、また目を見合わせた。
「少し、席を外す」
ゲルデとヘルムートはいそいそと封書を持って部屋を出てしまった。
「何が書かれてたんだろうな」
「あの二人の様子から想像するに、あれか」
ウルマーは、うわーと言いながら額を押さえた。
「父さん、見当つくのか」
「あぁ。アクセル、それは諸刃の剣だろうよ」
ウルマーは天井を見上げた。
しばらくすると二人が戻ってきた。
二人共すこしだけ目元が潤んでいた。ヘルムートが重々しく口を開いた。
「今度のライナのカウンセリングの様子にもよるが、認める方向で考えよう。そんな目にあいながらも孫のことを思ってくれてるなら、協力しようじゃないか」
「傑作だな。しかし、坊主が来たらあたしが耐えられないかもしれない。想像しただけで腹筋が鍛えられる」
「ゲルデ、そんなこと言うんじゃない。アベルくんだって大変だろうよ。あの外見だし、イズールとの繋がりもある。リズニアでそうなるのはしかたない。コードくんももうそれしか手段がないと判断したんだろうし」
それを聞きウルマーはため息をついた。
「やっぱり。父さん、母さん。頼むからそのことはここで伏せてもらえるか?彼らからも口止めされてるんだ。ただでさえリズニアで大変な目にあってるんだ」
「一体、何があったんだ?手紙には元気にしてるって書いてあったぞ。まさか、嫌がらせされたり?!」
ティオは顔を青くした。大切な友人が向こうで虐げられているかもしれないと考えたのだ。
「いや、それはないから安心しろ」
ウルマーはぴしりと言った。
「そうなのか。ならいいんだが」
「俺は言わないと約束しよう。そこのばあさんは難しそうだがな」
ヘルムートは隣にいる医者を怪訝そうな顔で見た。
「周りには言わないさ。ただ、本人達にはチクチクと言って遊んでやろうかと」
ひひひ、とゲルデが笑った。
「「「このババアはどうしようもないな!」」」
三人の言葉が一致した瞬間だった。
こうして、ティオとウルマーは仮ではあるが二人の許可も得ることができた。その後、具体的な日程などの案を詰め、ティオとウルマーは村長室を後にした。
「8の月の末か。楽しみだ」
「暑さのピークからは少しずれるからいいんじゃないか」
「アベルは、向こうでがんばってるんだな」
「まぁ、いろんな意味でな」
こうしてティオはウルマーと分かれ、ケリーの家に向かった。
◇◆◇
ティオとウルマーが村役場にいた頃のケリーの家。
ケリーはライナに飛び級試験の出来栄えを聞くと安堵の表情を浮かべた。
「というわけで、ごめん。私しか来れなくて。しばらくしたらティオも来るから、我慢して?」
「全然気にしてないからね?ってか、ライナあたしたちに気を使いすぎだ」
「当たり前だよ。なんか二人共雰囲気変わったしさ。私の意識が混乱してる時期になんかあったんでしょ?」
ライナの問いにけりーの目が泳ぐ。
「いや、なんにも」
「嘘ね。何年一緒にいると思ってるの?」
「ごめん、なんか」
「なんで謝るの?」
そのライナの言葉にケリーは口をモゴモゴさせた。そして一息つくと、ゆっくりと口を開いた。
「横取りしようとしてて。すごく申し訳ない」
ケリーはライナに頭を下げた。
「ティオのこと?」
ケリーは無言で頷く。
「ティオのことは兄としか思ってないよ。昔からずっとね」
「でも、ティオは」
「あの人は私のことどう思ってるかちゃんとはわからないけど、最近は少し変わったの。今は本当に妹とか友達としてだけ心配してくれてると思う。私、今の関係のほうが気楽で助かってるの」
ライナは笑顔でケリーに伝えた。
「ライナ、ごめん。ありがとう」
「応援してるからね?あの人頼りないし研究に没頭すると他のこと目に入らなくなるし。でも、ケリーがそばに居てくれるなら安心だし、なんと言っても大好きな二人がくっついてくれれば私すごく嬉しい」
「がんばる。ありがとう、ライナ」
ケリーはライナを抱きしめた。
「いいなぁ。青春ね」
ライナは軽くからかっただけのつもりだった。けれど、ケリーの表情は思いの外浮かないものだった。
「やだ、ちょっとそんな顔しないでよ!私の問題だし」
「まだそんなこと言って」
「でもね。最近はね、恋愛してもいいんだって思わせてくれるような人と出会えたならいいなって希望もあって。なんか変だね」
「変じゃない。それは全然変なことじゃないよ」
「ありがとう、ケリー」
「とにかくさ、ライナはもっと自分に正直に生きたほうがいい。あたしたちがちゃんと支えるから」
「私幸せ者だなぁ」
二人は笑い合った。
そんな会話をしていると、二人の耳に心地良い鈴の音が聞こえた。
「悪い、遅くなった」
ティオが部屋に入ってきた。
「その鈴やっぱり便利だな。すぐわかる」
「そりゃよかった」
「用事は無事に終わったの?」
「あぁ。どうにかなりそうでよかったよ」
「用事って何だったんだ?」
「魔道具関係だ」
「新作、期待してますよお兄様」
「棒読みだけどな」
三人は笑い合った。
こうして3人による"試験お疲れ様でした会"が開催されたのだった。
◇
ライナがお手洗いのために席を立ったタイミングで、ティオがケリーに耳打ちした。
「あいつが8の月に来ることになるかもしれない。詳しくはまた話す」
「本当か!!それは楽しみだな」
「声がでかい。ちなみに変装してくるらしいぞ。ライナに万が一遭遇しても大丈夫なように」
「すっげぇ変な感じだったら思いっきり笑ってやりたいな」
「そうしよう」
二人はクスクスと笑った。
「やだ、私がいない間に何かあったの?ニヤけてるけど?」
戻ってきたライナに開口一番指摘された二人はあたふたした。
「何もない!気のせいだ」
「ふーん」
「何もないよな、ティオ」
「あぁ、何もない」
「逆に怪しい」
夏前の爽やかな風が部屋に流れ込んだ。




