13話 朗報
6の月26日目、ティオとライナのテストの前日。
夕方になった頃にウルマーが帰宅した。
今回はイズールからの特使団を引き連れての旅だったので、普段より数倍も疲れていた。
イズールの特使団とは、イズールの食糧難を解決するためにリズニアからの物資を輸送する目的で結成されたものだった。少数精鋭でかつそこそこの量の配給物を運ぶということでウルマーも運び込みに駆り出され、普段から鍛えている彼であっても体のあちこちが痛かったのだった。
ちなみにその特使団はこの日は村のゲストハウスで寝泊まりし、明日早朝にはイズールに向かって旅立つのだ。
ウルマーは帰宅してすぐ入浴を済ませ、リビングでくつろいだ。両隣をマチルダとミリーに挟まれ、彼は幸せに浸っていた。そんな時、学校の図書室で勉強をしていたライナとティオが帰ってきた。
「お父さん、おかえりなさい」
「父さんおかえり」
二人の帰宅にウルマーはさらに幸せな気持ちになった。
やっぱりここが俺の居場所だ、と再認識したのだった。
「母さん、そんなにくっついて暑くないのか?」
ティオは少々恥ずかしそうにマチルダに尋ねた。
「ふふ、別に」
そう言いながらマチルダはさらにウルマーに腕を絡めた。
あぁ俺の女神は最高だ、とウルマーは心で嬉し泣きしたのだった。
「マチルダ、何なら頬にキスをしてくれてm」
「それは遠慮するわ」
ウルマーが言い終わる前にきっぱりと断られ、彼はシュンとした。が、ここでめげる彼ではない。
「冷たいな。でもそんなマチルダも好きだ」
「さぁ、夕食にしましょうか」
マチルダはいたずらっぽく笑うとウルマーから離れてしまい、彼は肩を落としたのだった。
「ミリーがパパに抱きつく」
「ミリーは本当にかわいいなぁ。さあ、ライナもティオもおいで」
ウルマーが両手を広げて二人も迎えようとする。
「「まだ荷物持ってるからいいよー」」
棒読みの二人の言葉が完全に一致した。
ライナとティオは笑い合った。
「父さん寂しいぞ。これだから思春期の少年少女は。どこの家庭でも変わらないんだな」
ウルマーは肩をすくめた。
アクセルとアベルの姿が蘇ったのだった。
「何のこと?」
「知り合いの話だ」
ライナの問にウルマーは曖昧に答えた。ライナとティオはふーんと言った。
「二人とも、荷物置いて早く戻っていらっしゃい。ご飯にするわよー」
こうしてイーリス家は久しぶりに家族全員で夕食を取ることになった。
◇◆◇
就寝前、ウルマーはティオの部屋を訪ねた。
「坊主から預かってきた」
ウルマーはそう言うとティオに白い封書2通と少し膨らんだ手のひらサイズの茶色い紙袋を渡した。
「父さん、ありがとう。ん、これは?」
開けてみろよ、とウルマーが促し、ティオは中身を取り出した。中には芯にぐるぐると巻かれた導線のようなものが入っていた。ティオはその正体に気づき、慌ててウルマーの顔を見上げた。
「こっちは父さんからだ。最近バタバタしててろくに研究に付き合えなかったからな。トワナ産の魔導線。多分ちゃんと魔力通るぞ。あと、これはコードさんから、カイ先生宛だ。お願いできるか?」
「わかった、明日届ける。ってか、魔導線なんて結構高かっただろ?ただでさえトワナのものは手に入りにくいのに」
「可愛い息子のためだからな。それにしても、人族のトワナで魔導線ってどういうことなんだろうな?本当に謎が多い国だ」
「本当に。何もなければいいんだけどさ。イズールとリズニアの関係が改善したことは他国からとってみれば脅威だからさ。昔のように戦争になったらどうしようとか、ちょっと考えちゃうんだよな。カイ先生も同じようなこと心配してて」
ティオは眉をひそめた。
「もうあんな過ちを繰り返しちゃいけないんだ。人族も魔族も同じ人なんだからさ」
ウルマーはそう言いながら立て膝をつきティオに目線を合わせた。
ティオは不安そうにポツリと言葉を漏らした。
「スケールは違うけどさ、将来俺が作ったものが、悪用されて人の命をうばってしまったらって。最近そればかり考えてしまうんだ。もう、研究やめたほうがいいのかな」
「そんなこと言うな。お前は人の生活をより良くするために作っているだろう?開発者はさ、安全に最大の配慮をすることまでしかできないんだよ。大切なのは使う側の心構えだ。結局使う側が正しく使わなければまずいことが起こる。そうならないように策を練ることも必要ではあるけどな」
「でもさ」
ウルマーはんーと唸りながら一つの例を考えついた。
「例えば、包丁。あれがあるからマチルダは楽に料理ができる。でも、あれを人に向けたら凶器になる。結局は使い方なんだよ。包丁で刺されたからといって包丁を作ったやつが悪いわけじゃないだろう?使う側の心構えのほうがよっぽど大切さ。もちろん包丁を使っている最中で壊れて怪我をするようなことがあるのは問題だけど」
ティオはウルマーの説明を聞き目を丸くした。
「すごく、わかりやすい例えだな」
「だろ?俺も伊達には生きてない。さぁ、坊主からの手紙を読んでやってくれ」
「わかった」
ティオは手紙に目を通すと、目を輝かせた。
無意識のうちに拳を握りガッツポーズをしていた。
「いくらでも協力してやるよ」
ティオは拳を握りしめたまま言った。ウルマーはそれに対し、だよな!と言って続けた。
「俺も協力することになったからさ。俺は明日、父さんと母さんのところに封書を持っていく」
「ありがとう。ただ、ライナに何もなければいいんだが。変装してるとはいえ、万が一接触してしまって記憶に何か起こったら、、」
「そうならないように俺たちも協力しないとな。マチルダは俺が説得する」
「ありがとう。あぁ、俺もあいつに会いたいな。うまく時間がとれればいいんだが」
「それこそライナに悟られたら大変だ。慎重にな」
ティオはわかったと答えた。
「問題はばあちゃんだ。あそこを説得するのに骨がいる」
「アベルの封書の他にも秘密兵器もあるにはあるんだが、役に立つかはわからないんだ」
「秘密兵器?」
ティオの問にウルマーはニコリと笑って、お前にも内緒だと付け加えた。
「父さんには効果があるとは思う。なぁ、明日俺休みだし、放課後にでも俺たち二人で説得しにいくか?」
「そうだな」
「あ、でもお前明日試験だったな。今日もこれから勉強か?疲れてるだろうし、俺一人で行こうか?」
「それは大丈夫だ。勉強は普段からしてるし、今日はもう寝るだけ」
「優秀だ。マチルダに似たんだな」
ウルマーはティオの頭をくしゃりと撫でた。
「父さんは、、一夜漬けタイプだよな」
息子からの冷たい目線にウルマーはニッコリとして答えた。
「まぁ、そうなんだが。それに勉強ができなければマチルダが文句言いながらも教えてくれるから、それを狙ってもいた」
「下心かよ!」
ティオはすかさずツッコミを入れた。
「何度もそういう雰囲気に持っていこうとしたんだが、ガードが固くてな。何度押し倒そうとしたことか」
「息子にそんな話するなよ!」
ティオのツッコミが可愛くて、ウルマーは声を上げて笑った。
「たまにはいいだろ。男同士だしさ」
ウルマーはウィンクをした。ティオはため息をついた。
「本当にうまくいってよかったな」
「お前は、これでよかったのか?」
「いい。ライナにはあいつのほうがお似合いだ」
ウルマーの問いにティオは迷うことなく答えた。
「記憶が戻らなかったとしたら?」
「それは、、いや、それはないと思う。万が一戻らなかったとしても、あいつは何度でもライナにアタックすると思う」
そのティオの言葉にウルマーはニヤリとした。
「で、ティオはケリーとうまくやってくわけだな」
「な、なんで?!」
ティオは顔を赤くしてウルマーを見た。
「マチルダから聞いてるぞ。どうせお前のことだから乗り換えただのどうのこうのでグダグダ言ってるんだろ」
「うるさい」
ティオは少しむくれた。かわいい息子だ、とウルマーは微笑ましく思った。
「恋愛ってそういうもんだと思う。俺もさ、心当たりがあって」
ウルマーは少し困ったように笑った。
「父さんは母さんに一途じゃないか」
「俺はな。マチルダのことさ。本当は、アクセルが好きだったんじゃないかなって」
「は?!なんだって?!」
思いも寄らない人物が出てきたことでティオは思わず大声を上げてしまった。ウルマーはそんなティオを気にすることなく話を続けた。
「小さいときはさ、あいつが来ると三人でずっと遊んでたんだ。時々他のやつも混じったりするけどな。アクセルが来るときのマチルダは、なんていうか、すごく可愛かったんだ」
ウルマーから見て、小柄で可憐なマチルダと王子様のような――いや本当に王子なのだが――アクセルが並んでいるのは本当にお似合いだった。体が大きいだけが取り柄の自分が不釣り合いな気がしていた。
ウルマーはかつての自分達とティオ達をなんとなく重ね合わせていた。
「父さん」
「俺はそんな可愛いマチルダを好きになっちまったんだ。俺がいなかったら、もしかしたらアクセルとマチルダがくっついてたかもしれない」
「そんなことって」
「いや、あるさ。男と女なんてタイミングなんだよ。俺はたまたま幸運だったんだ。まぁ、掴み取ったといったほうが正しいと思うが。だからさ、ティオ。自分を責めすぎんなよ。気持ちに蓋をしすぎて開けられなくならないようにな」
「父さん。ありがとう」
「明日、頑張って説得しような」
「あぁ。協力してくれてありがとう」
「ティオと同様にあいつのことも放っておけないのさ」
◇◆◇
ウルマーはマチルダのいる寝室にきた。
「ふふ、ティオと何話してたの?」
「後で話す。なぁ、マチルダはさ、俺と一緒になってよかったのか?その、」
「アクセルが好きだったんじゃないかって?」
「げ、聞こえてたのか?!」
「やだ、本当にそんな話してたの?!恥ずかしい」
両頬に手を当てて恥ずかしがるマチルダを見て、ウルマーは少々慌てた。
「ど、どうなんだ?」
「バカね。淡い初恋みたいなものかもね」
「やっぱり。そうだよな、あいつキラキラしてるし、イケメンだし、むさ苦しくないし」
「貴方?もう、最後まで聞きなさい。でも、スカートめくりされてすごく嫌だったの。私がそういうの嫌いっていうのもあると思うけど、この人じゃないって思ったのよ」
ふふ、とマチルダは柔らかく笑った。
「でも、ずっと俺のアプローチ避け続けただろ?ずっとアクセルのこと引きずってるのかと思ってた」
「なわけないでしょ。良い関係が壊れちゃうんじゃないかって怖かったの。恋愛っていつか終わりが来そうで。もし、貴方が心変わりして離れていってしまったらって考えたら怖くて。姉弟のままでいれば壊れなくても済むし」
「マチルダ」
ウルマーはマチルダを抱きしめた。マチルダもウルマーの背中に腕を回した。
「やっぱり、落ち着くわ。本当はね、私臆病なのよ。貴方は定期的にリズニア行っちゃうし、帰ってこない日が続くし。それは仕方ないことだってわかってるけど、向こうで好きな人ができたらどうしようとか考えちゃうの」
「ありえないだろう。それは君が一番良くわかってるはずだ」
「そうなんだけど、それでも心配なの。貴方優しいし、誰にでも分け隔てなく接するから、誤解する子がいたりしないかって」
「あぁ、もう。マチルダ好きだー」
「ふふ、私も」
ウルマーはマチルダと抱き合い、今日何度目かわからない幸せを噛み締めたのだった。
"俺は掴み取ったんだ、この幸せを。少年たちもがんばれよ"
少年たちにエールを贈りながら。
外では大きな月が輝いており、夜に鳴く虫が慎ましく鳴いていた。
温かく少し湿り気のある空気が、間もなく夏が来ることを告げようとしているかのようだった。




