10話 作戦開始
6の月21日目。手紙を受け取った次の日のこと。
この日は休暇日であるので、アベルとコードは朝食後から行動を開始した。まずはナディアを説得しようと二人は彼女の部屋を訪ねた。
『母さん、ちょっと相談があって』
『どうしたの?』
『8の月に、村に行きたいんだ。ライナには直接会わないように配慮して。もちろん向こうの人々の許可は取れればだけどさ』
『私は応援したいわ。でも、もし会ってしまったら大変よね。ライナさんに何かあったら心配だわ』
『バレないように変装もする』
『そうね、、ちょっとアクセルにも意見を聞いてみましょう。答えはわかってるけれどね』
『?』
アベルは首をかしげた。
『エマも一緒に来てもらえる?』
『ええ。もちろんです』
エマはナディアに頭を下げた。
四人は国王の執務室に向かった。この日国王は地下通路の整備関係の書類が溜まっていたので休日返上で仕事をしていたのだ。
アベルは執務室の重い木製のドアをノックした。想像していたよりも高い音が廊下に響いた。
中から出てきたのは執事長のライモンドだった。歳はアクセルより10歳ほど年上でくせ毛のブロンドの髪をしっかりとセットし、切れ長の灰色がかった青い瞳を持っている。スラリと背が高く、執事服を見事に着こなしている。
『おはようございます、アベル様。奥様。エマさん、コードさんも。何のご用事でしょうか?』
そう言うとライモンドは優雅にお辞儀をした。
『僕から父に相談がありまして。取り合ってもらえないてしょうか?』
『ほう、アベル様から直々に。それは喜ばれましょう。少々お待ちくださいませ』
そういうとライモンドは執務室に戻った。それから十秒もしないうちにドアが開いた。
『アベル!!父さんに相談だって?!なんだい?!』
執務室のイスからすごい勢いで立ち上がった満面の笑みのアクセルが、そのままの勢いでアベルの元まで歩いてくる。その様子にアベルはたじろぐ。
『ささ、こっちに座りなさい。ライモンド、お茶の用意を』
『もう紅茶の手配をしています。しばしお待ちを』
『流石だな』
二人のそんなやり取りを聞きながら、アベルとナディアは執務室の真ん中にある席についた。
アンティーク調の洗礼されたテーブルと椅子であり、程よい反発で自身を押し返してくる座り心地であった。
エマとコードは少し離れたところで立っている。
紅茶と茶受けが用意されたところで本題に入った。
『話はなんだい?愛しのアベルよ』
『いちいちそういうのつけないでくれ。あのさ、8の月に、村に行きたい』
『それは彼女に会いたくて?』
『はい。もちろん直接は会わないように注意する。万が一のために変装もする予定だ。村長たちには俺から封書で頼む。向こうにだめだと言われたらそこまでなんだけど』
『わかった。許可しよう』
『いいのか?!』
『そりゃ可愛い息子を危険な目に合わせる可能性がある以上、行かせたくない気持ちもある。シュタイナーも捕まってないしな。でも、愛する人にひと目会いたい気持ちはわかりすぎる。わかりすぎて辛い。お前には後悔してほしくないからな』
『父、さん』
『あなた』
アベルとナディアはアクセルを見つめた。
『ただし、条件は2つだ』
アクセルは続けた。
『一つは護衛について。コードくんもついていくのだろう?とすれば少なくともあと二人くらいはいたほうがいいだろう。人選はまた相談しよう。もう一つは変装について。するなら徹底的にいこう。万が一会ってしまってもライナさんが気づかないように。リズニアの持てる技術を駆使してお前を上から下まで完璧に別人にしてみせよう。ライモンド、業者の手配を』
『承知いたしました』
そういうとライモンドはスタスタと執務室を後にした。
『ちょっと待て。まだ村の許可が』
『そこはお前が頑張るんだろ?』
アクセルはアベルにウインクした。
『あぁ、がんばる。説得してみせる』
『もう一度父さんと呼んでくれてもいいんだぞ?』
『それはイヤだ』
『ショックだ。ナディア、慰めてくれー』
『ふふふ。よしよし』
『息子の目の前でイチャつくな』
アベルは両親に少々白い目を向けた。
『夜はこんなもんじゃないぞ』
『アホか!聞きたくないわ!ほら、母さんまで赤くなるな』
アベルは顔を赤くしたナディアにもツッコミを入れた。
『冗談はここまでにして。封書は村長宛とゲルデ先生宛のものを用意したほうがいい。ウルマーには今日直接伝えたほうがいいな。鍵を握るのはゲルデ先生だ。彼女がライナさんの主治医だしここを崩せないと厳しい』
『わかった』
その後、アベルはアクセルから封書の書き方のコツなどを聞き、執務室を後にした。
二人は部屋に戻り、アベルは封書をしたためるために机に向かった。
『だいぶ、距離が近づいたのでは?』
コードが微笑みながらアベルに問う。
『まぁ、計画は順調だな』
『違いますよ。父上との距離です』
『アホか』
『いいですね。少し、羨ましいです』
コードの言葉の意味を悟ったアベルはさっと顔色を変えた。
『コード。すまない。そうだよな、もっと仲良くするべきだよな』
アベルはコードの父親のことを思い出したのだった。コードの父親は彼が5歳のときに流行り病で亡くなっているのだ。
『息子に大人の夜の事情を話せるとは。さすがです』
『やめろ。そんなところ羨ましがるな』
心配していた自分がアホだったよとアベルは付け加えた。コードはふふっと笑った。
『あぁ、うちの母さんも再婚してくれないかな。結婚だけが幸せへの道ではないけれど、あの人にも幸せになってもらいたい』
『心当たりはあるのか?』
『ええ。ぴったりな人がいます。でも、なかなか難しいでしょうね、物理的に』
『あぁ。あのライナと話してたやつか。カイ先生、だよな』
『おや、盗み聞きとは嫌ですね。ふふ、あの人を父さんなんて呼べたら俺、泣くな』
『そんなに好きなのか?!』
『貴方も感謝すべきです、彼にね。私が彼に会っていなければ貴方は今でも青あざだらけでしょうね』
『村に行けたら全力で感謝の意を伝えます』
『よろしい。では、俺は少し席を外します』
『わかった。またあとで』
アベルは封書づくりの作業にとりかかった。
◇◆◇
その日の昼過ぎ。アベルの部屋にノックの音が響いた。
『受け取りに来たぞ』
そこに現れたのはウルマーだった。
『わざわざありがとうございます。これをお願いします』
『わかった。次は多分2週間後に来る。今回はスパンが短くなりそうで』
『あの、ウルマーさん、俺達から相談があるのですが』
アベルとコードが8の月の計画をウルマーに話した。
ウルマーは最初は渋ったような顔をしていたが、最後は笑みを浮かべていた。
『ったく、わかったよ。坊主たちに協力してやる。ただし、ライナに何もないようにだけはお願いしたい。大切な娘だ』
『わかりました。同じようなことが書かれている封書です。これをヘルムート村長とゲルデ先生にお願いしたいのですが』
『わかった。ライナも愛されてるな。本人も早く気づけばいいんだが』
『いいんです。俺が好きでやってることなので。彼女の心が何よりも大切ですから』
『アクセルもいい息子を持ったな。うちのティオも負けてないがな』
『ティオ達にも会いたいです。マチルダさんにも』
『そういえば、マチルダ、お前のこと蹴りたいとか言ってなかったか?』
その言葉にアベルは大きく頷いた。
『言ってましたね。あの人、マチルダさんになにやらかしたんですか?』
『スカートめくりだ。俺だってみたかったのに。あれは11歳頃のことだな』
『うわ』
想像の斜め上を行く答えにアベルはドン引きした。
文字通りのドン引きである。
『マチルダはそういうの本当に嫌いだから、それはそれは激怒して。それからはアクセルが村に来るとその度にルーやベスと遊ぶようになった。ルーは文具屋、ベスは服屋のな。まぁ、15にもなるとアクセルも忙しくなってこれなくなっちまったんだがな』
『よっぽど嫌だったんですね』
『まぁ、そんなわけよ』
『あ、ウルマーさん、もしも、もしもお手数でなければなんですが、これをお願いできないでしょうか。従者がでしゃばって申し訳ないのですが』
コードがそういうと封書を一つ手渡した。
『お、全然いいぞ、気にするな!宛先は、、カイ先生か。じゃあティオに頼むとするよ』
『ありがとうございます。最後しっかりとお別れの挨拶ができませんでしたので。今までのお礼にしたためました』
『事情は聞いてる。恩師なんだってな?』
『ええ。また会えるなんて思ってもいませんでした』
コードは少し照れた様子ではにかんだ。
『そんなめぐり合わせもあるんだな。すごいよな、縁ってさ。じゃあ、そろそろいくな』
『お気をつけて』
二人はウルマーに頭を下げた。
――
―
ティオ
手紙ありがとう。ウルマーさんからも聞いた。みんな元気そうで何よりだ。俺達も元気にやってる。俺が魔法を使えず瞳の色もリズニアに近いからか人々は好意的に接してくれる。ライナのこと、ありがとう。おかげで元気が出た。そのリボンは俺からライナに贈ったものだ。村の古い習わしも知った上でプレゼントした。彼女は受け取ってから習わしを思い出したようだ。そういうところも可愛い。
8の月に、そちらに行こうかと計画をしている。この手紙と同時にウルマーさんに村長やゲルデ先生にも封書を渡してもらう。極秘で、かつ変装して向かう予定だ。万が一ライナに遭遇してしまってもバレないように。遠くから眺めるだけでいいんだ。協力願えないだろうか?ティオたちにも会えたらなお嬉しいが。
ちなみに浮気などするわけがない。俺の瞳にはライナしか映らない。 アベル
―
――




