9話 届いた手紙
ケイテによる悪意のない爆弾投下によって精神的にダメージを食らったアベルは、入浴を済ませた後濡れた髪のまま自身のベッドに倒れ込んだ。
『ほら、ちゃんと乾かしますよ。こっちに来てください』
『妹たちに誤解された。せっかくカッコいい兄でいたかったのに、台無しだ』
アベルはベッドの上から元気のない声で言った。
『まぁ、初めてのご兄弟ですからね。腹違いとはいえ』
『お前、さり気なく笑ってただろ、全部わかってるぞ。エマさんまで肩を震わせて笑ってた』
そう言うとアベルはコードのところまで歩いていく。
『おや、バレてましたか。母も俺も表情に出さないのが得意だったんですけどね。村での生活の後はすっかりできなくなってしまいました』
コードは慣れた手付きで風魔法を使ってアベルの髪を乾かしていく。これは二人にとって日常的な光景である。
『お前ら散々俺のことからかって遊んでたからな』
『それにしても、入浴まで一人でなさるようになるとは。俺も離れて待機はしてますが』
『村の生活で慣れたし、一人のほうが気が楽だ。お湯の調整とか少し面倒だけど、それでもリズニアの方がやりやすいな。魔法が発達していないだけある』
『俺がいれば楽でしょうに。ちょっと寂しいんですよ、一緒に入れなくて。俺は裸になりませんけど』
『これ以上周囲を誤解させたくないのもある』
『わかりましたよ。こうやって一人立ちされてしまうのですね。寂しいです』
『先のことはまだ全然わからないけどな。コードだってもうしばらくしたら結婚の話も出てくるだろ?そうなったら』
『そうなってもそばにいますよ。給料もちゃんといただいていますし』
『それはそうだけど。俺が独立してどこか別のところに住むことになって、給料もあんまり出せなくなるかもしれないぞ?』
『まぁ、家族を養えないほどの額なら考えるかもしれませんが。俺が貴方のそばに居るのはお金の問題じゃないですからね』
コードは温かく微笑んだ。あ、でもとコードは続ける。
『家庭を持たせていただけたとすれば、もう一人専属の従者をつけることになりますかね』
『もはや今でも働きすぎなんだからさ。母さんたちに相談しようか?』
『お構いなく。アベル様のお世話は趣味の一環ですから。それに、アベル様が学校にいる間は自由に勉強させていただいてますので』
『ほんと、物好きだよな』
『貴方には恩があるんですよ』
『俺は、友だちだとも思ってる。コードは違うのか?』
『ありがとうございます。もったいないお言葉ですね。まぁ、俺がもしそう思ってなければ、あんな事件おこしませんよ』
『そ、そうか。ありがとう。いや、ありがとうなのか?!』
『ふふ。成長されましたね』
そう言うとコードは微笑みながらアベルの頭をくしゃくしゃとなでた。
アベルは顔を赤くしてコードの手を軽く払った。
『やめろよ。恥ずかしいだろ?子供じゃないんだから』
『おや、また少し背が伸びましたか。もう俺とそんなに変わらないですね。成長期の少年は羨ましいです』
『話をそらしながら撫でようとするのやめろ』
二人は気づいていなかった。会話に夢中になりすぎて、ドアがノックされていることに。
『おい、アベルの坊主、入るぞー。って、、、』
突然入ってきた男に二人は固まった。
そこに立っていたのは、宮廷文官用の宮廷服を身に纏ったウルマーだった。
◇◆◇
ウルマーとアベルは部屋の中のテーブルについた。コードはさっと慣れた手付きでお茶を用意している。魔法でお湯を用意できるのでわざわざ水回りに行かなくていいのである。
『いやー、遅くにすまない。仕事がつまっててこの時間しか来れなくてよ。何度ノックしても返事がなくてさ。話し声は聞こえたから入ってみたら、なんかイチャイチャしてるしな』
そう言いながらウルマーはコードが用意した紅茶に口をつけた。
『してません。誤解です、お父さん』
『前にも言ったが、まだお前のお父さんではない』
ウルマーは割と本気でアベルを睨んだ。アベルはのらりくらりと躱した。
『文官用の制服も似合ってます、お父さん。どちらかというと武官用のほうが似合うかもしれませんが』
『うるさい。武官用だとなんだか物騒だろ。ただでさえデカいから威圧感あるのによ。というか、父さんだなんて俺じゃなくてアクセルに言ってやれよ。さっき会ったがなかなか父さんって呼んでもらえないと嘆いてたぞ』
『あの人はあの人ですから』
『素直じゃねぇな。ちなみにコードさんの抱きつき事件も聞いた。最高だな。さっきのもあったし、まさか本当に!』
『お褒めいただきありがとうございます。ありませんからご安心を。長旅お疲れ様です。どうぞゆっくりされてください』
コードは茶菓子を勧めた。
『お願いなので、村の人たちには言わないでください。恥ずかしくて死にそうです』
アベルが口をはさんだ。ウルマーはニヤリと笑っただけだったのでアベルは顔を青くした。
『言わねぇよ。娘の相手が両方いける、なんて誰が好きこのんで広めるか。あ、コードさん、ありがとう。でもそんなに長居はできないんだ。今日はこれを届けに来たんだ』
そう言うと、ウルマーはアベルに白い封筒を手渡した。
『ティオからだ。急で申し訳ないが、もし返事をもらえるなら、明日の昼頃までにお願いしたい。寄れるのがそこくらいしかなくて』
『わかりました。本当にありがとうございます。あの、ライナたちは元気ですか?』
『あぁ。基本は以前と変わんないな。だが、やっぱりシュタイナーの件を引きずってるのか家族に対しても殻に籠もってる感じはあるな。まぁ、それは前からなんだが。あとマチルダが悲しがっててな。あれだけライナからお前の名前が出てたのにそれがさっぱりなくなったって。お前どんだけ娘に好かれてたんだよ』
『でも、彼女から直接好きと言われたことはないんです。だからもしかしたら俺の一人芝居なのかもしれないです』
アベルはそう言いながら目を伏せた。
『コードさん、こいつ、アレか?』
『ええ、アレです』
『アレって何だ?』
『まぁ、頑張れ少年。ライナの記憶次第だが、戻りそうになったらガンガン行けよ。俺もマチルダに何度もアタックし続けて、成人してからようやく付き合えたんだ』
『そう、なんですか?』
『ガードが固くてな。大きな弟にしか見えない、無理ってずっと言われ続けたんだ』
『今じゃあんなに好きそうにしてるのに』
『嬉しい限りさ。大好きな人と一緒に居られて、可愛いこどもたちにも恵まれてな。だから、アベルにも諦めてほしくない。ライナがお前かティオ以外のやつ連れてきたら多分殴るな、そいつを』
『うわ』
『俺はお前に感謝してるんだ。娘の心を開いてくれて。それが俺のいない間のことだったとしても、彼女が忘れてしまっているとしても。まぁ、手紙にもいろいろ書いてあると思うからさ』
『お父さん』
『調子に乗るなよ、がきんちょ』
そういうとウルマーはワシャワシャとアベルの頭をなで、部屋を後にした。
『なぁ、コード。さっきのアレってなんだ?』
『調子に乗るので教えません。それよりも早く手紙を読んでください』
『ケチ。わかったよ』
手紙には彼女の近況が書かれていた。いくつかの事実にアベルは目頭を押さえた。アベルはその状態でコードに手紙を渡す。
『読ませていただきますね。なるほど。よかったじゃないですか。一歩前進ですね』
『ライナに会いたい。抱きしめたい』
アベルは腕で目を押さえていた。
『記憶が戻ったら思う存分してあげてください』
『学年末の長期休業中、こっそり村に行ってみようかな。もちろん村長とか関係者には許可をとった上で、彼女には会わないようにして。遠くからでもいいからライナを眺めたい』
『万が一にそなえて変装すれば可能かもしれないですね。その頃には村では地下迷路の整備のため部外者も来始めてるでしょうしそれに紛れれば怪しまれません。俺もお供しますよ』
『意外だ。反対するかと思ってたんだけど』
アベルは目を見開きコードを見つめた。その瞳は涙で潤んでいた。
『俺にも利がありますから』
『そういうことか。さっそく準備を始めよう。まぁ、いろんな人の許可が必要だから大変だと思うけど』
『ふふ、やる気が出てきました。俺もがんばりますよ』
『完全に便乗してるよな。まぁ、いいけどさ』
こうして二人の8の月に村に行く計画が始動した。
これがどう彼女の記憶に影響するのか、このときはまだ誰も知る由もなかった。




