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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第2章 忘れたものを探して
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8話 朗読と団欒と

「さぁ、アベル様、コード様。レッスンを始めましょうか」

アベルの自室にて、男が二人にそう声をかけた。



6の月20日目。

コードの抱きつき騒動から3日後のことであった。

アベルはこの日早めに帰宅していた。理由は家庭教師によるリズニア語のレッスンがあるからであった。レッスンは週に4回程のペースで行われ、これには従者であるコードも共に参加している。


実は冒頭に登場したこの男講師、トーマン・ハイデローゼはアジール村の出身であり、幼き日にはアクセルやウルマー、マチルダなどと共に遊んでいた仲であった。元リズニア出身のコンバーターで体術も魔法も卒なくこなすことから、村を出たあと王宮でアクセルの親衛隊として働いていた。もちろんリズニアては表立って魔法を使うことはなかったが不測の事態に備えて配置されているのであった。ちなみにトーマンは趣味で劇団にも顔を出しており、そこで奥方と出会い結婚した。それと同時に親衛隊から退き、今は劇団員の指導や妻の仕事の手伝いをしているのだ。



そういう元村人が王宮や王国立の施設にはチラホラと存在していた。人族としては魔族や魔法は好まないが、味方としているならば心強い、そう前国王は考えていたのであった。村を出た人間にとって王宮や王国立の施設は最高就職先とも言えた。ある者は通訳者として、ある者は護衛として、ある者は教育者としてリズニアに馴染みながら生活している。魔法を使えることをうまく隠しながら。それが可能なのは村の教育でしっかりと基礎を身に着けているからでもあった。


ちなみに、普通の平民は苗字を持っていないけれど、アジール村は、村民になったときに苗字が与えられる仕組みになっており、リズニアの国立施設で働く時にうまく周りに溶け込むことができる。周りは勝手にどこかの地域の貴族なのだろうと判断するらしい。



トーマンはアクセルと旧知の仲であることもあり国王直々にアベルの家庭教師をお願いされたという経緯があった。ちなみに歳はアクセルの二歳下である。

「今日はこの本の朗読ですよ」

そういうとトーマンはそれぞれの目の前に同じ本を置き、淡い緑の瞳を輝かせた。彼はダークブラウンの長いくせ毛を後ろで束ねており、ダンディでいい声をしている。

「先生、何度も言ってますが、僕に様は不要かと」

コードがそう言うとトーマンはとんでもない、と返した。

「貴方もいいところの貴族なんですから当然です。シュトラント家といえば代々魔法研究の一任者として有名なんですよね?ロドルフ校長に聞いたことがあります」

「さすが校長先生。まぁ、父は僕が幼い頃に亡くなってますからほぼ関係ないですが」

「それでもシュトラント家の跡継ぎという扱いになるのでしょう?」

「いや、その当主の座は叔父のほうに譲っているので、僕は名ばかりシュトラント家っていう感じですね。母がどこかの貴族の後妻に入らなくてよかったのはガリオン様のおかげなので感謝してるんです」

「左様でございましたか。それでも様はつけさせていただきますよ」

「わかりました。くすぐったいですが、がんばります」

「トーマンさん。ところで、この本って、、」

アベルはやけに簡易に作られた茶色の本を指さした。表紙も厚みがなく、題名も書いておらず不自然なものであった。

「ええ。書き下ろしたてホヤホヤのものです。まだ修正を加える前のものを特別に用意させていただきました。その名も『アクセルとナディアの物語』です。題名はまだ仮のものですが」

ジャーンという効果音が聞こえてきそうな様子でトーマンが本を紹介した。

「こんなもの朗読できるか!!恥ずかしいわ!」

アベルはすかさずツッコミを入れた。

「大丈夫ですよ。初等部の子でも読めるような文法になってますから。描写も子供向けにしてありますので決して恥ずかしいことは」

「そういう問題じゃないですよね?!両親の物語を朗読する息子の気持ちを考えてください!」

「ここは人族と魔族が存在する世界」

「コード!お前も淡々と読み始めないでくれ。本当に恥ずかしい」

アベルがそういうとトーマンは大げさにため息をついた。

「せっかく劇団から頂いてきたのに。妻もアベル様に読んでもらえるなら幸せだわ、と言っていましたよ。彼女はリアリティを追求するために国王様とナディア様にインタビューもしてますからね。読んだ感想もお願いします。それを参考に修正して売り出す予定ですので」

「最悪だ。トーマンさんの奥さん、有名な作家さんですもんね。この前母さんたちがインタビュー受けたって言ってた」

げっそりとしたアベルがそう言うと、トーマンは顔をほころばせた。

『私は幸せ者です。良き妻にも子供たちにも恵まれて。全ては村に拾ってもらったことから始まったんです。村がなければ今の私は存在していません。私はアジール村のためにも恩返ししたい。シュタイナーのことは聞きました。貴方の恋人のことも。だからこそ、アベル様。貴方に協力したいと切に願っているのです』

大切な話だからか、トーマンはイズール語で話した。アベルはじんと温まる言葉にうまく返せないでいた。



「ということで、早く読みましょう」

トーマンはそう言うと満面の笑みでアベルに本を渡そうとした。

「台無しだ!ちょっとうるっと来てたのに!」

アベルはその手を払い、光の速さでツッコミを入れた。

「ははは。本当に面白い方だ」

「そうでしょう?僕は幸せ者です。アベル様の近くにいられて」

「お前はからかいたいだけだろ?!」

「アクセルは馬を走らせた」

「やめろ、読むなー!!!」



その声は部屋中に響き渡った。



◇◆◇



『アベル様、いつまで泣いてるんですか?夕食の準備ができたそうですよ』

コードは学習机で泣きながら復習をしているアベルに声をかけた。

『だって、こんな話読んだらさ。泣くなと言われるほうが無理だ』

アベルはハンカチで涙を拭いながら答えた。

『あんなに読むのを嫌がってたのに』

『仕方ないだろ無理やり読まされたんだから。それにしても作家ってすごいんだな。あいつがすごくカッコよく描かれてた。途中の抜け殻のようになったあたりはもう涙が止まらなくて。両親の話でなければもっと感動してたと思う』

『その割にはちゃんとアドバイスもされてましたね。アベル様が助けられたシーンは相手を銀髪の妖精にしたいなんて』

『そこは少しでもぼかしたほうがいいんだ。回復魔法が使える人間がいるなんておおっぴらにするのはまずい。これから村に行き来しやすくなるということは、彼女に危険が及ぶ可能性も高まるかもしれないからな。だから妖精という表現にしておいたほうがいいかなって』

アベルはコードの問いに大真面目に答えた。

『その割には銀髪にこだわるんですね?』

コードは少し苦笑いを浮かべて言った。

『そこはほら、彼女だってことがわからなくなると悲しいし』

アベルは少し気まずそうにした。自分の言ってることのちぐはぐさをここに来て初めて理解したからであった。二人は会話を続けていく。

『大きく矛盾してますね。まぁ、ちょっと観光へ☆みたいなノリで行ける場所ではないですから大丈夫だと思いたいですけどね』

『馬の暴走のシーンとかシュタイナーにまつわる部分はカットされててよかった』

『彼はリズニア全土で指名手配されてますからね。さすがに配慮しないと。それにしても、アベル様は意外と涙脆いんですね。イズールでは全然泣かなかったのに』

『弱みを見せたら相手がつけあがるだけだったからな。というかコードは冷静だよな。見習いたい』

『俺も貴方の前でなければ号泣してますよ』

『絶対嘘だ。っていうかさ、この前あんなことしておいて大丈夫だったのか?』

アベルは話題を変えた。その表情は真面目なものであった。

『なんのことでしょう?』

『抱きつき事件。あれのせいで、その、将来コードの結婚とかに差し支えが出たらどうしようかと思ってて。結構心配してるんだ』

アベルの言葉にコードはふふっと小さく吹き出した。

『貴方はまず自分の心配をしてくださいね。自分で言うのもあれですけど。それに俺はノーダメージです。あの方に知られることはないでしょうから』

『え、誰だ?母さんとかではないよな』

『そこには当日のうちにバレてますよ。宮中大騒ぎだったようで、俺なんて国王様に直々に尋問にかけられましたから』

『うそ?!そんなこと知らないぞ?!』

『そりゃ貴方のプライベートに関することですからナイーブに扱われたんですよ。もちろん、虫よけだと話しておきました。ちなみにナディア様もヨハナ様も知ってます』

アベルは顔面蒼白になった。

『最悪だ。だからこの前からヨハナ様に憐れみの目で見られる気がしたのか。じゃあ、誰だ?』

『秘密です。今回は本気になれるかもしれません』

『リズニアではないとするとイズールか村か。イズールではなさそうだし。まさか、村の生徒?!』

アベルは少し顔を青くした。

『ないですね。年上が好きだと言っているでしょう』

『じゃあゲルd』

『却下』

『見当もつかないな。誰かいたか?』

『いましたよ。あんなに所作が美しい方はそうそういませんね。もっとお近づきになりたかった』

『ダメだ、わからない。でもコードが本気になれそうって相当なんだな』

アベルの真面目な発言に、コードは眉をひそめた。

『嫌な言い方ですね。俺は来るもの拒まず去るもの追わずなだけですからね。あ、自分より少し年上に限りますが』

『うわ。最低だ』

『それにいろいろな経験は必要でしょう。その時が来ればアベル様にちゃんとアドバイスしなければなりませんしね』

『やめろ。お前が言うと生々しい。まぁ、一生必要ないかもしれないけどな』

『弱気になってはダメですよ。押せ押せの貴方はどこに行ったんですか』

『だって、記憶が』

『もしも、ですよ。もしも仮に記憶が戻らなくても、また積み重ねればいいんです。貴方は十分に魅力的です。彼女が何度忘れてしまったとしても、貴方ならば必ず振り向かせることができると俺は信じてますよ』

コードは柔らかく微笑んだ。

『ありがとう。なんかゲスい話からキレイに持っていったな』

『得意分野ですから。さぁ、行きますよ』

『わかった。あぁ、母さんたちやヨハナさんとどう顔を合わせていいかわからない』

二人は王宮内を歩きながら話を続けた。

『もう開き直ってください。ちゃんと説明してありますから大丈夫ですよ』

『そもそもコードのせいだからな。まさか、ケイテとウィルバーには知られてないよな?』

『ヨハナ様から聞いていなければ大丈夫じゃないですか?』

『まだ8歳と5歳なんだ。腹違いの兄が男好きだなんて他の奴らから言われたらダメージを受けてしまう。阻止しなければ』

『まぁ、一番ダメージを受けてるのは貴方なんですがね』




二人は食堂についた。王宮は全体的に華やかであるが、この食堂は他の部屋に比べて特に豪勢につくられていた。それは国賓なども利用するからというだけでなく、数代前の国王が食に対する思い入れが強かったからとも言われている。



リズニアの王宮では、国王は国賓などがいない限りは家族とともに食卓を囲むことが当たり前とされている。なので、今までのメンバーにナディアとアベルが加わり食卓はにぎやかになった。最初こそ皆ぎこちなかったものの、ナディアとアベルの人柄もあり最近では会話も弾むようになってきた。テーブルマナーは必要最低限守り、家族団らんの時間としての役割に重きを置いているのである。ちなみにイズールでは会話などほとんどなく黙々と食べ続けるだけだったので二人は最初とても戸惑っていた。しかし二人はそれに慣れ、特にアベルは腹違いの妹にあたるケイテや弟にあたるウィルバーとも打ち解けてきたところだった。ちなみにコードやエマなどの従者は時間をずらしてほかの従者たちとともに食事を取ることになっている。従者たちは国王たちの声がぎりぎり届くところで待機していた。


テーブルには栄養のバランスに気をつけられた食事が並ぶ。王族だからといって豪華なものを食べるというわけではないのであった。それはアクセルが国王になってから提案したもので、彼のベースとなっているのは幼い頃から慣れ親しんだ村の食事なのであった。



食後のデザートにレモンのシャーベットを食べていた頃であった。

「ねぇ、アベルお兄様?」

ケイテがもじもじとしながらアベルに声をかけた。少し癖のある赤毛に深い緑色の瞳をした妹は、普段は白い頬をピンクに染めていた。

「なんだい、ケイテ」

アベルは笑顔で返事をした。


「あの、その、コード様とは、恋人同士ですの?」

ケイテは先程よりもさらに頬を赤らめて言った。その瞬間、アベルは手に持っていたスプーンをテーブルの上に落としてしまい、カチャンという音が室内に響いた。

他の者は大きく咳き込んだり、目を見開いたり、手に持っていたシャーベットの器を床に落としたりと散々なことになっていた。


「コホコホ、ケイテ!なんてこと聞くの?!」

ヨハナはむせながらケイテをたしなめた。


「ち、ちがうよ。なんでそれを?!」

アベルは全力で否定した。ケイテが簡単なリズニア語で言ってくれて良かったとアベルは思っていた。

「初等部のお友達がおっしゃってたの。だから本当かどうか気になってしまって」

ケイテは大真面目に答えた。

「そうなの?アベル兄様?」

ウィルバーも目を見開いて聞いてきた。ウィルバーは黒いストレートな短髪にアベルと同じターコイズブルーの瞳をしている。その瞳は驚きの色に満ちていた。

「違うんだ。あれにはいろいろわけがあって」

アベルは顔を赤くしながら必死に弁解する。

その姿を見てアクセルとナディアが耐えられなくなり肩を震わせ始めた。

『ちょっと、母さん?!笑わないで!ほらそこの人も!』

『無理だわ。耐えられない』

『そこの人とはひどい。そろそろこういう場面でも父さんと呼んでくれてもいいんだぞ。この前呼んでくれて嬉しかったのに』

『絶対に嫌だ。笑うようなやつにはもう二度と呼ばない!』

『そんな?!』

「ほら、貴方たち、リズニア語で話しなさい?」

ヨハナが三人をたしなめた。




そんな様子をコードは少し離れたところからニヤニヤとしながら眺めていた。

エマはそんなコードの様子を見かね、彼の左足を思いっきり踏んだ。

『母さん、ひどい!』

『元はというと貴方が余計なことをしたからでしょう?アベル様が、あんなに、困って』

アベルたちのワタワタとしている様子に耐えられなくなったエマも肩を震わせ始めた。彼女は今までであればポーカーフェイスを貫けたのだろうが、村での生活の中でアベルが慌てふためく場面を幾度となく見てしまったので耐えることができなくなっていたのだった。



他の従者や使用人たちも顔には出していなかったが、国王たちのことを微笑ましく眺めていたのだった。




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