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彼女は3×8メートルの範囲をモップで磨いでいる。  作者: 和田好弘


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07_仕事を引き受けては貰えませんか?


 自室からダンジョン入り口通路に面した部屋へと移動し、少年を確認しましょう。


 先ほどのはダンジョン化した私の感覚で視ただけですからね。やはり実際の目で見ないことには落ち着きません。細かいところまでは分かりませんでしたし。


 こちら側からは透過してみる石煉瓦越しに、へっぴり腰でダンジョンを覗いている少年を見ます。


 無地のシャツにズボン。履いているのは草履。いずれも擦れてヨレヨレな有様。


 見るからに貧乏というのが分かりますね。となると、ダンジョンにこうしているということは、お金をなんとかして稼ごう、ということでしょう。


 とはいえあまりにも無謀です。


 なにせ本職の方も大怪我をしたり、時には命を落としているような場所です。私がここにいついてからさして経っていないというのに、そういった冒険者を幾人も見ています。


 そこへ丸腰で挑むというのは無謀どころか自殺行為といえます。


 さすがに見過ごせませんね。ここまでヘタレ根性が発揮して現地人に声を掛けることはできませんでしたが、子供相手であればなんとかなるでしょう。


 私は壁をツンとつつきます。するとそれに合わせ、まるで場末の映画館の受付のように窓が開きました。


 少年は四つん這いで覗き込むように奥を見ていますから、真上の状況には一切気付いていないようです。


「こんにちは」

「――っ!?」


 声も出ないほどの驚きようで、少年は転げるようにひっくり返り、あたふたとしながら立ち上がろうともがき始めました。


 あぁ、これは可哀想なことをしていしまいましたね。


「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。怪我とかはしていませんか?」


 腰を抜かしたように座り込んでいる少年に声を掛けると、少年は慌てたように自身の体を確認しています。


「だ、大丈夫――です。お姉さん」

「まぁ、お姉さんだなんて。お世辞でもうれしいですね。おばさんなどと呼ばれるような歳ですのに」


 本当に子供は残酷ですよね。25歳はおばさんなのですから。


 ……なにやら少年はブンブンを首を振っていますが。はて?


 それはさておき。


「キミはダンジョンに入りたいようですが、その恰好では危ない……いえ、それどころかただ自殺をしに行くようなものですよ」


 少年が困ったような表情を浮かべました。


 ふむ。やはり思っていた通りなのでしょうか? とにかく聞いてみましょう。






 なるほど。予想していた通りです。


 この少年は孤児で、孤児院が現状、経済的に傾きつつあるようです。孤児と云えば、こういった時代、時世では運営しているのは教会なのですが、少年のいる孤児院は弱小な教会とのことです。


 そういえば宗教に関しては調べていませんでしたね。なるほど、この国は一神教を国教としているわけではないようです。このあたりについては、後程調べるとしましょう。


 さて、そんなわけで、少年は健気にもお金を稼ごうとダンジョンにまで来たようです。


 他の子供たちは、町に出ていろいろと雑用を受けて日銭を稼ごうと頑張っているみたいですが、状況は芳しくないと……。


 ふむ。これもなにかの縁ですし、ちょっと手助けをしてみましょうか。


「なるほど。事情は分かりました。ところで、ひとつ確認をしますが、欲しいものはお金ですか? それとも食糧とかでしょうか?」


 私が問うと、少年は目をぱちくりと瞬かせました。


「ぱ、パンを買うのに、お金がいる」


 まるで叱られているような調子で、少年が答えます。


 そんなに私が怖いのでしょうか? まぁ、胡散臭い女であるのは確かでしょうが。……正直、少しばかりショックです。


 いえ、私の気持は脇に置いておきましょう。とにかく、この子を通して、現地民との交流を試みるとしましょう。なに、失敗したらダンジョンに引き籠ればいいのです。


「なるほど。では、ひとつ仕事を引き受けては貰えませんか?」

「え?」

「ちょっと待っててくださいね」


 私は開いていた――窓? を閉じると、すぐにスマホを出してダンジョンの改築をします。


 もはや私のスマホはダンジョン制御端末となっていますからね。


 通話などどこにも通じませんし……ははは。


 よし、完了。


 確認し、そして壁を蹴っ飛ばします。途端、ガコンと音を立てて壁が扉サイズに開きました。


 わざわざこんな演出は不要なのですが、そこは私のこだわりです。


「ついてきてください」


 少年を促し、私はテクテクとダンジョンの入り口を挟んだ反対側へと進みます。


 えーっと……この辺りですかね。


 がすっ!


 切り立っている崖を蹴っ飛ばします。すると岩壁がズズズと奥にスライドし、次いで左側へと移動しました。


 そこに広がるのは、縦2、横3の6面の畑。ただし、出入り口に隣接する手前中央の1面は更地となっています。


 他5面は青々とした葉が繁り、地面が見えないほどです。


 さらに言えば、ここは屋内ではありますが、燦燦と陽が降り注いでいます。


 えぇ。ちょっと頑張って、このテーブルマウンテンの天辺にまでダンジョンを細ーく繋いで、その天辺をそれなりにダンジョン化しました。そしてそこから見える空をここの天井に投影することで、日光を屋内に取り込んでいます。


 まさに力技です。


「こちらの畑5面分の芋の収穫をお願いします。報酬は、1面分の収穫物でどうでしょう?」

「芋!?」

「はい。現物での報酬となりますが、いかがですか? あ、これをどうぞ」


 そういって私はポケットから干し芋をひとつ取り出しました。もちろん、剥き出しではありません。かといって、現代日本で売られているような梱包をしているもの問題ですので、ハンカチに包んだ状態となっています。


 こっちでは商品の梱包は葉っぱが基本ですからね。ハンカチで包んでいたところで問題視はされないでしょう。


 日本でも昔は、大きな笹の葉でおにぎりを包んでいたわけですからね。


「ここに植わっているお芋を加工したものです。報酬として得るモノがどんなものか知らなくては、仕事を受けるべきかどうかも判断できないでしょうからね。どうぞ食べて見てください」


 あ。


 渡してからしくじったと思ったのですが、少年はなんの疑いも無く食べていますね。

 正直、こんな得体の知れない女の寄越すモノなど、警戒して然るべきでしょうに。しかも食べる物ですからね。この警戒心の無さは少々心配になりますね。


「お姉さん、これ、もの凄く美味しいよ!」

「それはよかった。お仕事を受けてもらえますか? もちろん、あなたひとりでとは云いません。孤児院の他の子たちと一緒で構いませんよ。それと、収穫につかう道具はお貸ししますから安心してください。道具の貸し賃なども取りませんから。 どうしますか?」

「やるっ!」


 即答ですね。


 さすがはサツマイモといったところでしょうか。


 ジャガイモとどちらにしようか悩んだところですが、ジャガイモは毒がありますからね。毒性部分は簡単に除外できるとはいえ、やらかして食中毒を起こす事例が毎年ありますからね。リスクは避けるべきでしょう。


「では、明日からでも……と云いたいのですが、さすがに保護者の方の了承を得ないと問題でしょう」

「ほごしゃ?」

「えーっと、あなたは孤児院の子なのでしょう? それなら孤児院の……院長先生がいると思うのですが」


 さすがに勝手に雇用するのは問題かもしれませんしね。


 ……あれ? 男の子の表情が曇りましたね。


「どうしました?」

「その、院長先生はもういないんだ。先月、なにも云わずにいなくなった。いまはセルマ姉ちゃんが……」


 えぇ……。どういう状況ですか? 院長、金策にでも出たのでしょうか? まさかと思いますが、見捨てて逃げた? 仮にも宗教の信徒であるのですから、それはないと思いたいですが。まぁ、どうでもよろしい。


「そうですか。では、明日にでも、そのセルマさんを一緒に来ていただけますか? 仕事の内容と報酬などの説明をして、了承を得られたら、ということで。

 あ、他の子供たちも手が空いているのでしたら、一緒に仕事をして戴いてかまいませんよ。報酬のお芋は増えませんが」


 少年は芋畑に目を向けました。


 なにか考えているようですね。ひとりで畑5面の収穫は大変ですよ。ひとりでやるとなると、4、5日は掛かるんじゃないでしょうか?


「みんなで来てもいい?」

「みんなというと、孤児院の子たち全員ということですか?」

「うん」

「何人くらいです?」

「8」

「8名ですか。えぇ。大丈夫ですよ。それなら、1日で十分余裕をもって収穫できそうですね。あ、収穫用に必要な、土を掘る道具はお貸ししますから、手ぶらで来ても大丈夫ですよ」

「わかった! ありがとう、お姉さん。明日、みんなで来るよ!」

「はい。では、気を付けて帰ってくださいね。明日、お待ちしています。セルマさんにお話しすることを忘れないでくださいね」

「わかった!」


 少年は手をブンブンと振ると、町へと走って行きました。


 ……そういえば、少年の名前を聞いていませんね、私。さらに云えば私、名乗っていませんよね、確か。


 お、おぉう、なんたる失態。


 ま、まぁ、大丈夫でしょう。明日、しくじらなければいいだけです。


 さてと、ひとまず現地人と接触できましたね。話から察するに、残されてひとりで子供たちの面倒を見ているセルマさんとやらは、きっと善人に類する人でしょう。あの子も信頼しているのは話していて分かりましたしね。


 これで大人との接触も出来るというものです。警戒はされるでしょうが、問答無用で襲い掛かって来ることもないでしょう。


 ……。


 とはいえ心配ですから、猫たちに監視だけさせておきましょうか。用心は身を助ける一助となるものですから。




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