03_異世界転移とかなんの冗談ですか……
真っ暗です。真っ暗なんですが?
ついでに云えば、なんの音もしていません。えぇ、それこそ私の心音すらも聞こえません。
……かなり狼狽えていますから、心臓も騒ぎ立てそうなのですが。はて?
暗くするのはともかくも、周囲の喧騒を一切なくすというのはさすがに不可能であるはず。
……。
え、えーっと……本当になにごと?
真っ暗。無音。そしてもちろん人の気配も皆無。
まさにあり得ない事態。
このまったくの突然の状況に、ただ呆然とするしかできません。
混乱がすぎて、ただただ棒立ちしている有様です。
呆気にとられるというのは、まさにこういうことをいうのでしょうか?
そんなとりとめもないことを現実逃避するように考えていると、突然殴られました。
いえ、殴られた、というのは適当な表現ではありません。
なにしろ、どこを殴られたのか不明なのです。いえ、衝撃を受けたことで、私が異常な状態であることが判明しました。
私が自身の体を認識できていません。
完全にパニック状態です。
ですが、混乱することも許さずというように、殴られ続けている状況。
……先にもいいましたが、私は男所帯で育った娘です。そして母が元ヤンで、父はというと『俺より強い奴に会いに行く』なんてことを、学生時代に休学して丸一年間世界を放浪するような馬鹿タレです。
そんな粗暴な女と脳筋な男に育てられた娘が武闘派でないわけがないでしょう。実際、学生時代には、自衛とはいえ結構やらかしていますしね、私。
自身の手足は元より、体の認識がまったくできてはいませんが、噛みつく? ことくらは出来そうです。
えぇ、反撃しましたとも。えぇ、出来る出来ないではなく、ヤるんです!
不明の相手はまさか反撃されるなどと思っていなかったようです。明らかに怯んでいます。
現状、不利な状況どころではないのです。このチャンスを逃す訳には行きません。
殴られたからには、敵が泣いて詫びて平伏し意識を失うまで反撃の手を緩めはしません!
誰をどついとるんじゃ! くたばり晒せや!! ごるぁっ!!!
……失礼。
どれほど争っていたのかは不明ですが、突如として世界が明るくなりました。
そしてしっかりと認識できる自分の体。
思わず自身の両掌をじっと見つめてしまいました。
着ている服装は、会社の制服、事務服のまま。あれだけの争いであったのに、どこも破れたりしていないことにひと安心。
目をパチクリとさせながら辺りを見回すと、そこは周囲を森に囲まれた広場のようです。一角が途切れ、道があるのが見て取れます。幅3、4メートルほどの、地面を踏み固めただけの道。轍のようなものもみえますから、車……いえ、あの轍の感じからして自転車かリヤカーの類が通ってはいるようです。
背後には切り立った崖が立ち塞がっています。見上げると、まるで天を突くかのように非常に高いです。。
そしてそこにぽっかりと口を空けている坑道。
きちんと整備されていますから、洞穴ではなく坑道でしょう。ですが、周囲にはなんの施設もありませんから、廃坑道でしょうか?
いえ、あって当然の施設の跡も見当たりませんね。それに、坑道自体もやたらと綺麗に整っています。整い過ぎています。……無闇に綺麗ですね。
そもそも石煉瓦を積み上げて整備された坑道などあるものでしょうか?
掘った洞穴に、落盤防止のための梁を立てる程度であると思うのですが。
その入り口から見える中の通路は、床、壁、天井としっかりと造り上げられた石煉瓦、或いはタイルの敷き詰められたもの。
しかも、中は灯りの類は一切無く、代わりに天井や壁が微妙に光を発しています。
坑道なんかじゃありませんね、これ。これはまるで――
私の頭に思い浮かんだものは、ギリシア神話にあった『ミノス王の迷宮』。ミノタウロスを封じたダンジョンです。いやでもあれって、普通に灯りは壁掛けの松明で――
って。え? ダンジョン?
頭に浮かんだ単語に、私の口元が引き攣れました。
いやいやいや。どういうこと? そんなわけないでしょう。そんな荒唐無稽な――
通路でひとり頭を振り狼狽えていると、人の声が聞こえてきました。
なにごとか話しているようですが、その言葉は聞き慣れないもの。雰囲気的にはフランス語かイタリア語か。そんな風に聞こえます。
少なくとも、ここは日本ではないでしょう。
言いようのない不安が胸の内に生まれ、私は慌てて身を隠すべく外へでようとし――
カクン!
壁に当てていた右手が、その壁をすり抜けました。
そのせいで微妙にバランスを崩し、みっともなく転けて壁の中へとひっくり返りました。
転げ入った場所。そこは暗い部屋?
でも、いましがたいた通路は良く見えます。
なんというか、いわゆる3D系のゲームで、バグでポリゴンの隙間を抜けて世界の裏側に入る、なんてことがありますが、そんな感じの状態です。
壁の石煉瓦の縁がほのかにみえるため、もの凄く目の荒い網目の壁のようになっている先ほどの石壁。その向こうを――ひー、ふー、みーの……6人。やたらと背の低い厳つい髭面のおじさんを先頭に、疲れ切った20代半ばくらいの若者が3人。そして最後に長身の中年男性がふたり。
手には斧や剣を抜身のまま持っており、最後尾のふたりも手にした杖を両手で胸元でしっかりと握っています。
まさにいわゆる冒険者のコスプレといえますが、その装備のくたびれ具合や使い込み具合をみるに、どうみてもコスプレではなく、リアルです。
壁の中から彼らを見送り、すっかり姿が見えなくなってから私は盛大なため息をつきました。
「異世界転移とかなんの冗談ですか……」




