25_【宮城歳三】
呼び出し音に応じ、スマホを見る。
発信者の指名は――
「千世……」
目を擦り、もう一度見る。画面にはまごうことなく妹の名前。
俺は慌てて電話に出た。
待て、第一声はどうする? いや、落ち着け、慌てるな。
目の前で忽然と消えるなどという、おかしな状況で行方不明となった妹からの連絡だ。慌てるなというのは無茶な話だ。
「……千世か?」
我ながら間抜けな問いだ。
『歳三兄ちゃん?』
千世だ。千世の声だ。間違いない。
『え、本当に繋がった……」
呆けたような声が聞こえてきた。
「千世か? 千世なんだな? いまどこ――」
『兄ちゃん、動かないで。じっとして、できたら息もしないで』
酷いな!
「無茶云うな! 1分程度ならともかく、止め続けたら普通に死ぬわ!」
『正直こうして繋がったの奇蹟なの! いま絶対に大丈夫なようにするからそこでじっとしてて。っていうか、いま家のどこにいるの!?』
「洗面所のそば。電話のところだ」
傍らの黒電話をみる。アナログな電話だが、きちんと中身はデジタル仕様にされているものだ。我らが母上は、なぜかこの黒電話にこだわっている。
『とにかく、そこでじっとしてて』
「お、おう。なんだかわからんが、待ってる」
黒電話の隣で、ひとり突っ立っているこの状況は、まるで電話を待ちわびているようだ。だがその手にはスマホ。
……滑稽以外のなにものでもないな。
耳を澄ますと、千世はなにやらぼそぼそと云いながらなにかしら作業をしているようだ。
……そういや、バッテリーは大丈夫か?
心配になってスマホの画面を覗く。76%。まぁ、これだけあれば大丈夫だろう。
『ではドゥ、よろしくお願いしますよ』
『かしこまりました!』
ん? 他に誰かいるのか? 子供みたいな声がしたが。
「千世――」
『兄ちゃん!』
うぉ、びっくりした。声がでけぇ。
『スマホの位置をそのままにして、ちょっと離れて! ――こう、手を伸ばして遠のけるみたいな感じで。でもスマホはその場所のまま。だから兄ちゃんが離れて。あ、スマホは画面を上にしといて!!』
「おい千世、いったいなにを。説明を――」
『説明するより結果を見るほうが早い! 5秒後にこっちは始めるから!
5、4――』
カウントダウン始めやがった。
よくわからんが、云う通りにしよう。
スマホは黒電話の隣の位置のまま、俺は手を伸ばすようにして体を離した。
『――1、0!』
カウントダウン終了と同時に、スマホの画面がサーチライトの様に光を発した。
天井に四角い形に光が当たる。
そしてスマホ画面から這い出してきた小さな手。
「はっ!?」
上ずった声が勝手に出た。
いやいやいや、なんだよこれ。貞子か!? いや、このサイズ感だと、大分昔に流行った貞子たんの方か! 「呪まーす」の。
上半身が現れる。トンボの羽根。上はスウェット?
俺は目を瞬いた。
スウェット妖精はスマホをもつ俺の手の傍でホバリングしている。
そして妖精に続き、またなにかスマホの画面から飛び出してきた。
……俺のスマホはどうなっちまったんだ?
なにか、白い円柱状のもの。どんどん伸びて行って、急にくたりと折れた。
布か?
妖精が難儀して押さえようとしているが、直後に引きずりだされるように床に落ちた。
光が消える。
呆然としていると、スマホから千世が騒ぐ声が聞こえてきた。
慌てて黒電話の脇に移動し、スマホを耳に当てる。
「……すまん千世。理解が追いつかん」
『あぁ、うん。私もそうだったから。で、無事届いた?」
「あぁ。妖精と丸めた布か? 届いたぞ」
そういうと、本当に安堵したような声で「よかった」と聞こえてきた。そして気を取り直したように、どこにいるのかを千世は話し始めた。
『えっと、ドゥをみたから分かると思うけど、私、いままさにファンタジーな世界にいるの』
「メリーさんみたいな云い方はやめないか?」
『いまあなたの後ろにいるの、なんて云わな――ちくしょう! 云いたいわよそんなセリフ! 私、こっから帰れないのよ!』
あ、やべぇ、余計なことを云った。千世が騒ぎ出した。こりゃ相当参ってるな。精神状態がギリギリじゃねぇか。こういうときの千世は容赦ないんだ。
千世が落ち着くのを見計らい、どういうことかを聞いた
あー、うん。なんか、異世界転移物のお約束な状況になってんのか。しかもダンジョンに捕まってて逃げられないと。これまたお約束の、ダンジョンマスターはダンジョンからでられないというやつみたいだ。
「え、なに? 千世、ダンジョンマスターになっちまったのか?」
『ちょっと違うけど似たような感じ? とりあえず、これをどうにかしないと帰れないと思う』
「目途は?」
『こうして繋がったから大丈夫。あとはダンジョンからなんとか離れられるようにするだけかな。でもこの回線だといつ繋がらなくなるかわかんないから、ドゥ……送った妖精ね。その子にこっちとの繋がりを確固たるものにしてもらうから。いま作業してんじゃない?』
「なんか、テーブルクロスみたいなのを床に敷いてる。魔法陣がとんでもなく酷い雰囲気をだしているんだが」
ドゥなるスウェットの妖精は、やや苦労しながら魔法陣を広げている。手伝おうとしたら「回線が切断されては困ります。繋がっているこの状態が奇蹟ですので、どうかそのままマスターとお話ください」と云われてしまった。
『そろそろドゥの準備は終わったかな? 魔法陣は設置できてる?』
「あぁ、大丈夫……なのか? いましわを伸ばしてる」
『それなら大丈夫かな。ドゥに魔法陣から退くように行ってくれる?』
スピーカーにしとけばよかったな。
「ドゥちゃん。千世が魔法陣から離れるように指示がきてるぞ」
「了解です!」
ドゥちゃんが羽根を羽ばたかせて魔法陣から離れる。
すげぇ解釈違いの妖精だな。スウェットを着た妖精って……。
魔法陣が輝きだし、その中央になにか現れた。
えーっと派手な三角錐? いや、四角錐か。なんだっけ? こんなのネットでみたぞ。胡散臭いスピリチュアルなインテリアじゃなかったか?
「千世、なんか派手なピラミッドが届いたんだが」
『オルガナイト! でもまぁ、ピラミッドでいいや。電話の脇にでもおいておいて。それがあれば、こっちと繋がるから』
「は? いや、これなんなんだよ」
『……通信機? ルーターとかWi-Fi的な?』
「は?」
『魔法の力ってすげー。ってことで』
「……魔法の力ってすげー」
うわ、マジか。
『じゃ、兄ちゃん。いったん切るね。そっちに正式に送る子を作るから』
「は? え? ちょっとまて」
『さすがにピクシーは目立ちすぎてダメでしょ。ちゃんと人間サイズのを送るよ。……完全に人と見間違えるようなのは問題しかないから、アンドロイド的なデザインにしとく』
「いや、それはそれで目立つだろ!」
『大丈夫だよ。ウチの社長のメカフェチっぷりは知ってるでしょ。パワードスーツも作ってるのも知られてるし』
『……社長さん、うちに来て土下座してったぞ。お前が行方不明になった件で』
「え、社長なにも悪くないのに。原因は伯爵家の馬鹿な魔法小僧のせいだし」
なんか声色が不穏だな。
「なにやらかすつもりだ?」
『国を一個潰す』
……は?
「すまん。聞き間違いだと思いたい。なんだって?」
『国を一個潰す』
おいおいおい。
「いや、お前。国なんてそう簡単に潰れんだろ」
『いや、産業がさ、ダンジョンに100%依存してるのよ。だから、財源となるダンジョンを使えなくする』
ん? 潰すじゃなく、使えなくする?
「ロクでもないことを考えてないか?」
『立て看板を立てるよ。【命惜しくば攻略するべからず】って』
やべぇな。これ、俺の影響だろ。仕事上、いろんなネタは入ってくるからな。時々、翻訳した日本語がおかしくないか見てもらってたし。毒ガスか? 放射性物質か? 絶対ロクなことを考えてないだろ。母さんのせいで、容赦なんて言葉をどっかに落っことしてきちまったんだから。
「その、なんだ。やり過ぎるなよ」
『注意書きを無視する阿呆まで面倒見切れないよ。ま、そんな感じで産業を完全に破壊しちゃえば、国なんて潰れるでしょ。なにせ売り物がなくなって、お金が入らなくなるんだもん。だいたいさ、私、その小僧に2回殺されたんだよ。ダンジョンのリスポーン機能のおかげでこうして生き返ったけどさ』
……は?
殺された? 千世が? あ? ふざけんなよ……。
「千世……」
『な、なに?』
あぁ、うろたえてんな。失言したのに気付いたか。
「俺、そっちに行けね?」
『……呼ばないよ。ダメだかんね。絶対ダメだかんね。間違ってもみんなに云っちゃダメだかんね。うっかり云っちゃった私がいうのもなんだけど』
ぬぅ。
「入用な物があるなら教えろ。毒でも火薬でもなんでも揃えてやる」
『大丈夫だから、大丈夫。ダンジョン、大抵のものを作れるから。いや、兄ちゃん、落ち着いてね。報復は、私が、気のすむまで、やるから』
「おう。さっきは加減しろって云ったが、やっちまえ。徹底的に」
『う、うん。それじゃちょっと切るね。気になることがひとつあるから』
「ちょっ、千世!?」
通話が切れた。
手のスマホをじっと見つめる。
夢とかじゃないよな? 妄想とか。ちゃんと千世からの電話だったよな。
周囲をみる。魔法陣。ピラミッド、そして妖精。……うん。あからさまにファンタジーだが現実だ。
急に魔法陣が光った。そしてそこに現れたのは……スマホ?
魔法陣から出てきたスマホに電話が掛かってきた。
『もしもし。兄ちゃん?』
「千世、どうしたんだ? 急に切って」
『いやさ、そっちのスマホでこっちと通話すると、通話料とかどうなるのかと思って。なんだか怖いから、私との専用のを作って送った。今後はそっちで連絡するね。あと、私もいろいろとやることがあるから、出られない時もあるからね。それじゃ!』
切れた。
いや、それじゃ! じゃねぇよ。え、父さんや母さん、兄貴たちになんて云やいいんだ?
あぁ、いや、妖精ちゃんがいるからどうにかなるか。あまりにも非現実的過ぎて、却って信用されそうだし。
俺は妖精ちゃんに向き直った。
「あー……えーと……」
「はい、ドゥです。マスターのお兄様」
「あぁ、うん。歳三って呼んでね」
「わかりました! 歳三様!」
元気いっぱいだなぁ。
とりあえず、この子から色々聞くか。あー時間もそろそろ昼時か。飯を喰いながらでいいな。
妖精ちゃん……ドゥちゃんは、食事になにをあげればいいんだろう?




