23_【ブランドン】
ギルド専属部隊である【雄々しい明友】に、馬鹿どもの捕縛を任せる。
普通に冒険者たちに依頼をしてもいいが、下手をすると死体にして持って来かねないからな。
連中なら安心だ。ギルドの通達を無視したバカ者どもをしっかりと捕らえてきてくれるだろう。
それよりも心配なのはロッティだ。そしてそれ以上にモリィ嬢だ。
モリィ嬢は殺された。実際、ギルド受付カウンター前に、首のない死体が転がった。それを嘘と断ずることはできない。頭がないため、当人であるのかの確認がまともに出来なかったが――
『幸い、ダンジョンは私が死ぬことを拒否しているため、3時間ほど時間は掛かりましたが新たな肉体を得て復活しました。なんといいますか、悲しいことにこの辺りはモンスターと同じ有様みたいですね』
と、彼女は云っていた。またウルバン伯爵なる貴族が、どこの国家の貴族であるのか調べて欲しいと頼んできた。
思わず冷や汗をかいたが、俺の記憶にある限り、ウルバンなる貴族家はウチには存在していないハズだ。あとで貴族名鑑を確認しなくてはならないが、まず間違いないだろう。いくら俺の頭が凡骨でも、自国の貴族家に関しては頭に入っている。ひとまずそこは安心だ。我が国が報復先になることはないということだ。
こちらに関しては実家に調査を頼んだ。国の外れにあるアデカーナでは調べるのに時間が掛かる。兄貴も一度ここにきて、モリィ嬢の異常性は理解しているはずだ。なにをおいても最優先で調べてくれるだろう。なに、ただどの国の貴族であるのかを調べるだけだ。王城の仕事が滞ることもない。
問題なのはロッティだ。実家のリッピンコット家に働きかけて、なにかしらやらかす気満々だ。というかだ、リッピンコットが王家よりも先にウルバンがどこの国の貴族かつきとめたら、王家の面目が丸つぶれだ。
頼むぞ、諜報部隊。お前ら専門なんだから、商人一家に負けんでくれよ。リッピンコット家の情報網はまったく侮れんが、諜報が負けたとあれば面目丸つぶれだぞ。
モリィ嬢の襲来から2時間が経過した。彼女の遺体は要望通りに正しく埋葬される。場所は天使教会の墓地だ。彼女の訃報を知らせたところ、ピーターソン司教が絶叫したそうだ。
いや、無理もない。俺も血塗れのモリィ嬢を見た途端に叫びたかった。そりゃそうだろう。下手すりゃ歴史に悪名を刻むことになりかねんのだ。そんなことになったら、俺の血筋的に、絶対に王朝が変わる事態にまでなる。最悪どころの騒ぎじゃない。だが目の前に当人の死体がいる以上、叫ぶなんてできなかっただけだ。
本当に、ウルバン伯爵とやらの小倅はどれだけ馬鹿野郎なんだ!?
遺体は天使教に運ばれたわけだが、先ほどサンドラ侍祭が来て、その扱いに関して説明してくれた。
モリィ嬢は殺されたわけだが、現状は復活している。遺体があるのに生きているという、ある種、訳のわからない状態にあるわけだ。
とはいえ遺体がある以上は弔いが必要である、ということで、正しく葬儀を行い埋葬するとのことだ。その際、墓地を拡張し、あらたに聖人区画をつくりそこに埋葬するとのこだ。
「まさか無縁墓地に埋葬するなどありえませんから」
モリィ嬢の遺体を引き取りに来たサンドラ侍祭の声に、なにやら物騒な雰囲気が漂っていたのは気のせいではあるまい。
今回のことを引き起こした国は、天使教からも制裁を受けることになるだろう。既にモリィ嬢は天使教から神人認定を受けているのだ。
だがそれ以上に恐ろしいのは、モリィ嬢だ。国家として行ったのか、個人として行ったのか、それによって報復の規模を変えると云っていた。
「いったい、モリィ嬢はなにをやらかす気なんだ? 頼むから国ひとつまるごと焦土にするとかしないでくれよ……」
「ギルマス!」
いきなり執務机にバンと音を立てて両手を置かれ、俺は思わず飛び上がった。文字通り。椅子の上から。
見るとそこにはロッティが、必死に怒り顔を取り繕ったような顔で立っていた。
いや、実際に怒っているんだろうな。こういうとき、ロッティの穏やかな顔のつくりはつくづく不幸だと思う。
「ロッティ、ノックぐらいしろ」
「しました。何度も。返事が一向にないので勝手に入室しました。今回のあまりのことに、倒れているんじゃないかと心配になりましたよ。ご無事でなによりです」
「ぐぅ……」
変な音が喉の奥から漏れた。
「ご無事ってなんだよ」
「モリィさんの話を聞いた結果、今後の自身の悪名を苦にしての自害されたのかと」
「しねぇよっ! 誰が責任放棄なんざするか!」
思わず大声を上げた。
「つか、ロッティは大丈夫なのか? なんか切羽詰まった感じだが」
いつもののんびりはどこに行った?
「だから、ギルマスが自殺でもしたんじゃないかと心配したんですよ! ピーターソン司教が殉教しようとしたとも聞きましたし。真偽は不明ですが」
「はっ!?」
おいおいおい、冗談だろ? いや、あり得るか。神罰を止められなかったことの責任を感じてってことか。
「無事、なんだよな?」
「それは大丈夫かと。ダンジョンでサンドラさんと顔を合わせた際に聞いた話ですから。酷く疲れ切っていましたよ」
あぁ、よかった。ここで殉職騒ぎま起きたら、確実に天使教が怒り狂うぞ。
「【アビス】へ行ってきたのか?」
「はい。ギルマスはここから動けないでしょうから、私が行ってきました。実家に情報収取するように云いに行ったついでです」
「いや、方向が真反対だろうがよ」
「気にしてはいけませんよぉ」
お、口調が普段通りに戻ったな。
「えーっと、現状分かっている情報としては、下手人は南門から街をでていますねぇ。スマイス商会から馬車馬を、金貨を置いて強引に奪っていることが確認されています」
「ひでぇな。ちゃんとバナード爺さんとこで買えよ」
「まともな人格の持ち主なら、モリィさんの首を刎ねたりしませんよぉ」
もっともだ。
「で、こちらが下手人です」
ロッティが持っていた紙束を机の上に置いた。若い男の……肖像画? といっていいのか? これ。以前、周知用にもらったモリィさんの肖像と同じものか?
「モリィさんか?」
「はい。きちんと記録したものを印刷したといっていましたねぇ。先ほど来られた際に、うっかり忘れていたとのことですよ。
全部で50枚あります。これを使って手配しておきましょう。とはいえですがぁ、先にも云いましたが、すでにこの小僧はクレーセを出て東へ向かっているんですよねぇ」
ん?
「東? 南門から出たのにか? 確認はできているのか?」
「南門から出たのは、なけなしの知恵を搾った工作でしょうかねぇ」
ちょこちょこ毒が入るな。相当頭にきてんな。
「スマイス商会は馬は売っていないんですよぉ。いくら金貨を置いていったからといって、売り物ではないものを持っていくのはいけません。しかも魔法麻痺を馬丁に掛けて勝手に乗っていきましたからねぇ」
「強盗じゃねぇか。金を置いてったからって、許されるもんじゃねぇぞ」
「金貨も3枚でしたから、まるで足りませんしねぇ」
「馬鹿にしてやがんな、このクソガキ」
俺は薄ら笑いを浮かべている肖像を睨みつけた。
「まぁ、南門からでて、さして離れもしないで左に進み始めたそうですから、ただの阿呆ですねぇ。それとも、クレーセの門番を馬鹿にしているんでしょうかねぇ」
……ん?
「聞き込みもしてきたのか?」
「当然ですよぉ。まぁ、確認だけですけどねぇ。モリィさんの使い魔の一体が、追跡をしているそうですから」
「は? 使い魔?」
「はい。使い魔ですねぇ」
「詳細はわかるか?」
「教えて貰えませんでしたぁ。あー、でも、オートマトンということは教えてもらえましたよぉ」
オートマトン?
「オートマトンっていうのは……」
「【ナラカ】に出現する機械人形のことのようですぅ。同じように質問したところ、3層でモンスターを討伐しているフルプレートの騎士がそうだと教えてもらえましたぁ」
は?
「あの、不明の冒険者のことか? どこの誰だかわからないと報告のあった」
「そうですぅ。何者かを聞くと、修験者だと答えた方々のことですねぇ。あれが機械人形とは、誰も思いませんよねぇ」
「なるほど、アレが、モリィさんが自身をダンジョンの攻撃を防いでいる兵隊ってことか」
「そうですねぇ。攻撃されない限りは、冒険者に敵対することはないそうですよぉ」
……。
馬鹿をやらかす奴はいないよな?
問題を起こしそうな連中を頭の中で羅列する。
「やらかす者がいても、ギルドに責任は問わないとのことですぅ。ただ、モンスターに敗れて命を落としただけだから問題ないでしょうとのことですねぇ」
……。
遺体運搬サービスを受けている奴がやらかしたらどうなるんだ?
そんな疑問が浮かぶ。だが考えない方がいいだろう。
とにかく、現状は静観だ。再度、モリィ嬢を害することのないように公示するとしよう。
実行犯が連行された。どいつもこいつも自失の状態だ。一瞬、モリィ嬢がやったのかと思ったが、状況を考えるならモリィ嬢はこいつらがこうなった時には死亡していたハズだ。そもそもこんなことができるなら、殺されることもないだろう。
襲われた時点で実行すればいいだけのことだ。
ということは、これをしたのは例の貴族の小倅ということか。
随分とギルドを馬鹿にしてくれる。
モリィ嬢のしたことといえば、4名の腕の外傷だけとのことだ。
外傷について確認したところ、肘をくじかれていたそうだ。恐らくは肘の腱が千切れていると。
また面倒な壊され方をしたな。教会でも治すのに手間取るやつだ。それこそ、腕を斬り落として再生した方が簡単だというくらいに。
まてよ。ということはだ。モリィ嬢は無手で武器を持った冒険者8人相手に立ち回ってこれだけのことをしたってことか? 最終的に首を落とされたとはいえ、ひとりで半分を無力化したっていうのか?
……とんでもないな。徒手格闘の指南役を願いたくなるな。
「どう思う?」
それらのことをロッティに聞いてみた。
なぜか汚物を見るような目を向けられた。
いや、なんでだよ!
「ギルマス、いまいちどモリィさんの容姿を思い浮かべてください」
「お、おぅ」
目をつむり、彼女の姿を思い浮かべる。ロッティがハキハキしだした。言うことをきいておくのが得策だ。
「そこに、屈強な冒険者が格闘術の指南を受けるわけです。当然、、密着することもあるわけです。というより、拳術ではなく、組討術の類ですからそうならざるを得ません」
……いかんな。いかん。まったくもって。
「わかった。よくわかった。ダメだ。ロクなことにならん」
「理解していただけてなによりです」
そうだ。彼女の容姿は……なんだ、煽情的? いや、違うな。話した際にはそんな感じはまったくなかったな。あー。あれだ。言葉にするなら、蠱惑的、というのが適当か。とにかく、男を勘違いさせかねん容姿をしている。
そういえば、ロッティが従弟に、そのことについて云い含めていたな。モリィ嬢に変なことをするなと。
「……女性冒険者とかならどうだ?」
「モリィさんは道場を開くことはないと思いますよ」
「道場とか大げさ……いや、有用と分かれば、押しかけるのが増えるか」
「一応、聞くだけ聞いてみます。というかですね、ギルマス。話がズレています」
ロッティが俺をじっとりと睨んだ。
「あぁ、分かってる。だが現状できることはできん。実行犯の連中を教会にあずけて、どう処するかはそれからだ。生きてるのに、なんだかゾンビみたいな有様になってるしな。教会の治療で頭が治るのを祈るのみだ。
ウルバン伯爵とやらについては情報待ちだしな」
「それもそうですねぇ。受付には、モリィさんに関して改めて公示するよう申し送りしましたし、現状、できることはしましたねぇ」
そういうことだ。
「では、私はもう一度モリィさんのところに行ってきますねぇ」
「は? いや、なにをしに行くんだ?」
「どんな報復を考えているのか、なんとか聞き出せないかなぁと。こっちにもなにか影響があるかもしれませんしねぇ」
……そういえば、個人か、国家ぐるみかで報復を変えると云っていたな。もし国家であったばあい、国を潰すということか。
「国がひとつ消えるとかヤバすぎるな。潰れる原因が原因だから領土の取り合いにはならんだろうが……物流やらなんやらにどれだけ影響がでるかわからんぞ。もうこうなると、国ぐるみじゃないことを祈るしかないな」
「えぇ。商売をしているウチには大問題ですからねぇ。ですので、お話してきますねぇ」
そういってロッティは軽い足取りで部屋を出て行った。
……軽い足取り? スキップじみた?
思わず乾いた笑いが漏れた。
そうか、そういうことか。商機ってことか。
「あぁ、なんてこった。諜報の連中、リッピンコットに負けやがった……」




