21_【ナターリオ】:【千世&五右衛門】
ナタ―リオは護衛に雇った冒険者たちの始末をつけた。目的を果たしてしまえば、もはや彼らは用済みだ。
とはいえ殺害したわけではない。そんなことをすれば面倒ごとが増える。死体の処理には手間がかかるのだ。故に彼が行ったことは実に魔法使いらしいこと。
彼らの記憶を破壊したのだ。そう、消去したわけではない。破壊だ。これも彼の魔法研究結果のひとつではあるが、褒められる類のものではない。
簡単にいえば「記憶を失えーっ!」と云って、ハンマーで頭を殴りつけるのと同じことを魔力でしただけなのだ。多少違いがあるとすれば、無作為に殴ったのではなく、記憶の格納された脳の部分をおおざっぱに壊す、という点だけだ。
結果、冒険者たちは皆、ここで起きた出来事はもとより、ナターリオのことも忘れた。それどころか、日常生活にも問題を起こすレベルで記憶を失った。
残りの人生、介助なくしては生きていくことは難しいだろう。そしてこの世界の社会レベルにおいては、それはまず不可能だ。
ふらふらと森の奥へと彷徨い行く彼らは、誰かに保護されなければ、このまま森の奥で野垂れ死ぬことになるだろう。
ナターリオは手の首を見、嫌らしい笑みを浮かべた。
なにより、神人の首さえあれば問題はない。ここより情報を抜きだし、知識を入手さえできれば良いのだ。
ナタ―リオは斬り落とされた女の首を、腰にぶらさげたアイテム袋へと放り込んだ。
アイテム袋。見た目以上の容積を持つ魔法の袋だ。掌サイズの小袋であるが、その要領は物置小屋ひとつぶん程度の容積を持ち、また、容れた物品の絶対的な保持もできるという優れモノだ。つまり、氷を放り込めば、それは中にあるかぎり溶けないのだ。
さぁ、あとは帰るだけだ。
ダンジョン入り口から離れ、人目のつかない森の中でナターリオは周囲を見回した。
人気はない。よし。
魔力を集中し、転移の魔法陣を展開し――
足元に浮かび上がった魔法陣は、途上で砕け散った。
思いがけない失敗に、ナターリオは目を見開く。だがすぐに気を取り直して、再度魔法を発動させる。
だが2度目も失敗した。そして3度目、4度目も。
「なにかが阻害している?」
長距離転移ではなく、最長でもしっかりと視覚で捕らえ明確に判別できる範囲にのみ転移できる、短距離転移魔法をナターリオは使ってみる。これも失敗。
アイテム袋を外し、少し離れてから短距離転移を使う。今度は成功した。
ナターリオはあからさまに顔を顰め舌打ちした。
「なるほど。神人の首が原因のようですね。面倒ですが、またひと月掛けて戻ることになるとは。時期的には……かろうじて間に合いそうですね。急がなくては」
樹に引っ掛けたアイテム袋を回収し、ナターリオは急いで街へと向かった。
少々時間は遅いが、まだ駅馬車はあるだろう。いや、それよりも馬を買った方が速いだろうか? その場合、問題は自身の乗馬技術になるが。
ナターリオは顔をしかめつつ、腰の財布を確認する。まだコインは十分ある。問題ない。
足元に気を付けつつ、足早に森を進んでいく。
その魔法使いの姿を、錆色の猫は静かに見つめていた。
★ ☆ ★
備えあれば憂いなし。その考えで作り上げたリスポーン施設が初めての仕事をした。
千世が首を刎ねられてから3時間。本来なら、肉体の構成に12時間くらい掛かる工程だ。だが千世はリスポーン時間を9時間も短縮することに成功していた。
当人には時短の意識などなかったが。
SF的な人体再生施設、よくある謎な液体の満たされた円筒形のカプセル型の施設を千世は創ったのだ。そしてその液体は、いわゆる生命のスープと呼ばれるものだ。
聞きかじっただけのテキトーな知識が役立ったということだ。
カプセルから這い出し、気怠い体に嘆くように、千世は深く息をついた。
思い出されるのはあの忌々しい魔法使いだ。
戦士共だけなら、なんとかあしらえそうであったのにと、不機嫌な表情を浮かべる。
「まったく思った通りの行動をしてくれましたね。本当につまらない。少しは意外性と云うものを見せてほしいものです。貴族というものは言葉遊びを嗜んでいるものなんじゃないんですかね?」
リスポーンした千世は軽く体を動かし強張りを解すと、再度ため息をついた。
「さて、アレは想定通りに動いていますか?」
「はい。転移魔法どころか、他の魔法もまともに使えずに難儀しているようです。現在、四之助が追跡しています」
試験的に会話機能を実装された五右衛門が答えた。
「上手くいったみたいですね。このまま苦労しながら帰ってもらいたいものです」
千世のつけていたピアス。あれは魔法の発動を補助するアイテムである。だが所有者登録をしてある者以外が所持していると、その所持者(盗人)はあらゆる魔法発動に妨害を受けるようになるという優れモノだ。なにしろ、アイテムボックス的な異空間倉庫にはいっていようとも、その効果は発揮されるのだ。
もう、ほとんど呪いといっていい。
「時間としては、最短でも1ヶ月といったところでしょうか。私の召喚直後に捜索に出たのだとしたら、ですが。それまでにこちらもいろいろと準備しましょう」
「ご主人、その前にしなければならないことがあります」
五右衛門の声に、千世は目をぱちくりとさせた。
「なにか忘れていることがありましたか?」
「まず風呂にてその薬液を落としてください。それから、ギルドへの連絡をしなくてはなりません。アレにつき従っていた冒険者は、ここを拠点に活動していたソロの底辺冒険者でしたから。もっとも、底辺といっても、この街で活動している冒険者は皆、他所であれば一線級の実力者ですが」
「あー。一応、一流といえる実力はあるものの、【アビス】【デプス】【カズン】【ナラカ】に潜るには足らずに、蓄えを食いつぶして落ちぶれた連中ですか」
身の丈に合ったダンジョンで稼げばよいのに。ゲームでいうところの、RTAみたいに無茶な――いえ、RTAだと自力、ステータスだけはしっかりと無理やりあげて、あとはプレイヤースキルで殴りつける感じですね。彼らをRTA走者と同一視するのはおこがましいというもの。
よくよく考えれば、私に半ば制圧されたあの連中が一流というのが可笑しいのですよ。私、町道場を開いている無名のおじいいちゃん先生に鍛えられただけですよ。なんで現役バリバリの冒険者集団が私ごときにあしらわれますかね。
そう考え至り、千世は呆れた。
「それじゃ、身だしなみを整えて冒険者ギルドに――って、私はいけませんね。子供たちに頼むのも問題ですし、どうしましょうか?」
「代理を立てるしかありません。私が行きましょうか?」
「さすがにオートマトンとはいえ、猫の姿ですとあしらわれそうです」
千世は併設してある浴室へと向かう。その後をトコトコとついていく五右衛門は脱衣所で彼女を見送り、そこでちょこんと座って待っていた。
その間、良い案はないかと思案するものの、現状の状態のままでとすると、良い案はなにひとつ浮かばない。
もっとも無難な案は、こういった場合のための者を作り上げておくということくらいだろう。
そう進言しようと五右衛門が決めたとき、浴場の扉がバンと開いた。
そこには全裸で仁王立ちとなっている千世。
あまりにも堂々とした立ち姿に、五右衛門はどう言葉を掛けるべきかと悩み始めた。だが千世はそんな五右衛門の苦悩などお構いなしに、湯を滴らせながら云った。
「決めました。私も行きます」
五右衛門は思わず遠い目をした。同時に、オートマトンの自分でも、こんな感情じみたものをもてるのだと、おかしな方向に感動していた。
「……ダンジョンから離れることはできませんよ? ご主人」
「正確には、私だった者が行きます。私の死体はあるでしょう?」
五右衛門は千世を見上げた。問題しかないのではないだろうか?
「首はありませんが」
「そう。首はないんですね! ……は? なんで首がないんですか!? 私の首は何処!?」
「あのナターリオとかいう若造が持っていきました」
「あぁ、そうでした! なんたること! あの野郎、変なことに使ってないでしょうね!?」
千世の剣幕に気圧されつつも、五右衛門は首を傾げた。
「まぁ、常識的に考えれば、私の頭の中身に用があるのでしょうけれど。いまは誰が追跡しているのです?」
「四之助がついています」
「なるほど。では位置は特定できますね。後ほど、相手方へのお仕置き要員を送るとしましょう。そうだ、ウルバン伯爵とか云っていましたね。どこの国の貴族か調べてもらいましょう。あのサマーソルトキックを放ちそうな第3王子様なら調べられるでしょうからね。まずはギルドに行きましょう」
「説明方法はどのようになさるのでしょう?」
「そこは五右衛門にお願いします。頭が無くてはさすがに喋れませんからね」
五右衛門は目をまんまるに見開いた。
「体の方は魔法を使って遠隔操作します。ダンジョンを使えば簡単に処理できるのでしょうが、なんとなくそれは嫌ですからね。無縁墓地で構わないので、きちんと埋葬してもらいましょう。……首はありませんけど。
ですので、私の死体には自分で歩いてギルドにまで行かせます。五右衛門は私の首の代わりに、肩の上に乗ってください。サイズの大きいフード付きローブでも被っていれば、頭が猫でも見えないでしょう。なんなら頭部だけ認識疎外の魔法を掛けてもいいですしね」
千世は腕組みして、うんうんとひとり頷いている。
五右衛門は『問題しかないのでは?』と、不安でいっぱいだ。
それに、そろそろ体を拭いて服を着てもらわないと、風邪を引かれそうだ。さすがの五右衛門も心配になってきた。
「ということで、五右衛門、よろしくお願いします。死体は【アニメーテッドオブジェクト】……いえ、死体ですから【アニメーテッドボディ】ですね。それで動かしますから」
「かしこまりました。ですがその前に――」
「その前に……なんです?」
「きちんと体を拭いて、服を着てください。風邪をひいてしまいます」
目を瞬くと、千世はあらためて自身の姿を確認した。
「Oh...。これはいけませんね。あやうくこのまま外に出るところでした」
千世は用意しておいたバスタオルを引っ掴むと、無造作にごしごしと頭から体を拭き始めた
このあたりの大雑把さは、男所帯で暮らしてきたことの弊害であるのかもしれない。なにより致命的なのは、母もまた同様の有様なのだ。
五右衛門はかすかに呆れたような顔をすると、脱衣所を後にした。千世が復活したことを四之助に伝えなくては。
あれはあまり辛抱強くはない。きちんと釘を刺しておかなくては。ついうっかりなどと云って、あの魔法使いを寝首を掻いて殺してしまっては、大元の元凶を始末し損ねかねないのだから。




