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彼女は3×8メートルの範囲をモップで磨いでいる。  作者: 和田好弘


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20_【ナターリオ】


 アデカーナ自治領区より、東方に国ひとつまたいだ先にある王国アングリーヤ。


 国内に中深度大規模ダンジョンをはじめ複数のダンジョンを持ち、それらの恩恵により栄えている国だ。いや、その余りある資源という恩恵によってのみ栄えている、典型的なダンジョン国家だ。


 故に、アングリーヤでもっとも重要視されているのは武力。それも個人武力というかなり偏ったものだ。


 軍隊もあるにはあるが、集団戦能力は著しく低い情けの無いものだ。だが、あまりにも個体戦力が突出した者たちによって構成されているため、それが烏合の衆であっても侮る事のできない存在となっている。


 なにより、統制された軍であればある程、この軍の常識を知らない軍隊はある意味厄介であるのだ。


 突出した強さの個人がひとり突撃したところでただの的だ。だが、突出した強さの軍団が面攻撃をしてくるとなれば話は別だ。


 たちまち頭の悪い乱戦と成り、戦術も戦略もないみっともない殺し合いにしかならない。


 そのような脳筋原理主義国家であるアングリーヤにおいて、現状問題となっているのは、後継者問題だ。


 次期国王候補は3名。第一王子、第二王子、第三王子だ。もうひとり王子がいるが、彼は早々に臣籍降下することを宣言し、すでに王国軍軍司令官補として辣腕をふるっている。あと5年もすれば、彼が軍司令官となるだろう。


 熾烈な後継者、王太子レースは第一王子と第三王子が先んじており、第二王子が脱落しかけと云える状況だ。


 これは側妃腹である第二王子の後ろ盾が弱いことに起因している。


 各王子の才能、資質の差がほぼないため、後ろ盾の強さが響いているのである。


 この状況を打開するため、第二王子が暴挙にでた。


 逆転を図るため、神話の復活を目論んだのだ。


 神話の時代、神世より神人を招き、楽園を救ったという賢者の伝説。もはやおとぎ話でしかないその儀式を復活させたのだ。


 あらゆる伝説から儀式の情報を掻き集め、第二王子の、いわゆるご学友のひとりがそれを成し遂げてしまったのだ。


 彼は天賦の才能があった。だがそれは魔術、魔法に関してではない。確かに、魔法関連に関しては優秀ではあったが、それはいわゆるガリ勉故の優秀さ、即ち秀才であったに過ぎない。


 では、彼はなにが天才的であったのか? それはパズルというべきもの。


 彼はあらゆる伝承から拾い上げた召喚儀式魔法の断片を組み合わせ、それを復元してしまったのだ。


 ただ復元したわけではない。なぜなら召喚儀式魔法は、それにより召喚された最古にして最後の神人が激怒し、それらの知識をすべて破壊したからだ。もちろん、それを組み上げた魔術師も含めて。


 よって、集められた召喚儀式魔法は虫食いだらけの不完全なものにしかならなかったのだ。

 だが、そこで彼のパズルの才が役立ってしまった。


 だがそれでも魔法は完成せず、そこかしこが欠けた状態であった。


 その欠けた部分を、一般的な召喚魔法や転移魔法を用いて埋めたのだ。召喚魔法は複数存在する。魔界に生息する魔獣を一時的に召喚し使役するもの。かつての英雄の霊を呼び、魔力で形成した肉体に宿らせ使役するもの。テイムし、別所で飼育している生物を召喚するもの。他には悪魔や天使を召喚する魔法も存在する。


 彼はそれらの魔法から必要なものを切り取り、そして召喚儀式魔法の欠けた部分を埋めていく。本来ならこんな魔法式の修復方法はあり得ないものだ。魔法は非常にデリケートでシビアなものだ。下手に弄れば、魔法が発動しないだけならまだしも、予想外の効果を引き起こしたり、最悪は込められた魔力の暴発により周囲に被害を及ぼすのだ。


 にも拘らず、彼を修復を成功させた。結果、魔法式は数倍に膨れ上がり、且つ歪な代物と成り果ててしまったが。


 かくして、完成した召喚儀式魔法は実行された。別所にいる使い魔を呼びだすため使われる一般召喚魔法式。それを補完のために組み込んだ結果、生贄が必要となる悍ましい代物となっていたが。


 もっともオリジナルの召喚儀式魔法も、その規模と必要とする魔力の結果、動員された魔法使いが多数命を落としたと記録にあることより、それらを“生贄”としてみればさして変わりはないのだろう。


 実際、今回の召喚儀式で使われる生贄は、山羊20頭。逃げ出したりしないように、すべての足をへし折り、魔法陣の中に収まるように無理矢理積み上げているという有様だ。


 酷い有様で今にも死にそうなメェーメェーという鳴き声も、20頭も集まればかなりうるさい。


 そんな鳴き声の満ちる中、召喚儀式魔法は行われた。


 場所は王都の西端にある離宮の庭。この宮は先々代王太后が終の棲家としていた場所で、現在は維持されててはいるものの、使われてはいない。


 予定では現国王夫妻が隠居先とするため、目につく細々とした老朽化した部分の補修工事の計画が進んでいるところだ。


 故に、少々無茶なことをしたところで、修復されるのだから問題ないと、第二王子はここを儀式場所と選んだのだ。


 そうして行われた儀式。


 消滅した山羊20頭が跡形も無くどこへと消え失せたのかは不明だ。だが、天を衝くように魔法陣から発せられた光の柱が消え失せた跡には、なにもなかった。


 本来であれば、そこに神人が降り立っているハズなのに。


「……失敗、したのか?」


 第二王子の隣りに立っている、もうひとりのご学友である騎士見習が、怪訝そうな顔で魔法使いに訊いた。


 第二王子は難しい顔のまま、腕組みをしている。


「いや、成功している。成功している筈だ。失敗していたなら、この辺り一帯が消し飛んでる」

「おまっ……」

「まぁ、そんなことは絶対に起きないと断言できるから、今回の儀式を行ったんだ。……とはいえだ、なにを間違ったんだ?」


 本来なら真円を描くはずの魔法陣。だが無理矢理矛盾を失くすように継ぎ接ぎして拵えたそれは微妙に歪んだような楕円を描いていた。


 その魔法陣を子細にあらためて確認していき――


「あぁ、これか……。やらかしたな。殿下、申し訳ありません」

「なにが起きた?」

「神人は召喚されています。本来はこの魔法陣上に召喚されるハズだったのですが、座標の数値設定を流用した魔法式のまま使ってしまったため、恐らく、ここより遥か西方に召喚されたと思われます」

「なんだと?」

「ご安心ください。神人は私であればすぐに分かります。儀式魔法の痕がありますから、捜し出して連れてまいります」


 魔法使いの言葉に、第二王子は眉をひそめた。


「ひとりで行くつもりか?」

「はい。私なら姿が見えなくとも、誰も気にしないでしょう」

「魔法狂いの面目躍如だな。魔塔に籠ってでてこねーから」

「兵は出せんぞ」

「もちろんです。それはどうにでもできます。冒険者を雇います」






 こうして魔法使いは西方へと向かった。


 そうして西へと進むこと3ヶ月。彼らはダンジョン【アビス】のある街である、クレーセと到達した。




 ダンジョン【アビス】。その正面入り口側で彼らは彼女と対峙していた。


 彼女、千世は呆れ果てていた。以前、人手不足だからと社長秘書代わりとばかり社長の仕事に連れ回された結果身についたポーカーフェイスのせいで、そうとはまるで分からないが。


 9名の武装集団、恐らくはソロの戦士系の冒険者たちの寄せ集めであろう連中を従えた魔法使い。二十歳前後といったところだろうか。


 いえ、この辺りの人種は、地球でいえば西洋的ですからね。日本人の感覚よりはもっと若いと見ていいでしょう。


 わずかに目をそばめながら、千世はそんなことを考えていた。


 その千世の様子を警戒と受け取った彼は、微笑みながら「失礼」といい、言葉を紡ぎ始めた。


「私はウルバノ伯爵家次男ナタ―リオと申します。貴女は?」

「森桜花といいます」

「モリー・オーカ……」


 幾度も名を反芻するナターリオの様子に、千世は内心ほくそ笑んだ。


 自分の心配は間違いではなかったと、彼女は半ば確信した。


「……失礼。モリ―・オーカ嬢。貴女をこの地に召喚したのは、ほかならぬ私だ。事故があり、予定していた召喚場所より離れた地へと、貴女を放り出すこととなってしまった。いまここに、そのことを詫びよう」


 詫びる……謝罪というものを、根本から理解していないのでしょうね。まぁ、お貴族様でしょうから、身分を持たない者にはそんなものなのでしょう。


 というか、身分ある高位の者には媚び諂い、平民等には居丈高。こうして言い換えると、下衆にしか思えませんね。


 これを標準と考えると、ブランドンさんはあまりにも貴族らしくありませんね。第3王子だというのに。まぁ、冒険者なんて言う荒くれ連中のとりまとめですし、傲慢であるわけにはいきませんか。誰でも命のストックはひとつですからね。例え、教会で復活できる可能性があるとしても。


 そんなことを思いつつ、千世はほんのりと笑みを深めた。


「いえ、お詫びなど結構ですよ」

「おぉ、なんと心の広い方だ。ですが私もウルバン家の者。ただ言葉だけという訳にも参りません。どうか、我が家においでいただけないでしょうか」

「お断りします。既にここに生活基盤を築いておりますので。いまここを離れ、せっかく築いたものを壊すつもりはありませんので」


 笑みを欠片も変えずに答える千世に、ナターリオは口元を引き攣らせた。


「貴方、家名をそれだけ前面に押し出すということは、貴族の小倅でしょう? 顔に出しすぎです。腹芸のひとつもできなくては、すぐに足元を掬われてしまいますよ。欲が顔にですぎです」


 千世が面白半分に煽る。そもそも千世の性格は両親と兄たちの影響が大きいため、実際の所かなりロクでもない。言葉遣いがそれなりに丁寧なのは、その苛烈さを誤魔化すために身につけさせられたものだ。


 一歩間違えればならず者一家であるのが宮城家だ。


「召喚者の命ぞ。モリ―・オーカ。召喚者ナタ―リオ・ウルバン名に於いて命ず。我が意に従え!」


 ナタ―リオが尊大に千世を指差し宣う。


 その様子に、遂に千世が不愉快そうに顔を顰めた。


 ありがちな展開ですねぇ。馬脚を露すにしても早すぎませんか? というよりも勝ち誇りすぎです。


「さぁ、私に連いてくるのだ」

「いえ。お断りしますが」


 その答えにナタ―リオは顔を強張らせた。


 それを見て、森桜花と名乗った千世はため息をついた。


「はぁ……。ここまでありきたりだと、逆に興覚めしますねぇ」

「なに?」

「無差別に誘拐拉致し、奴隷の如く、いえ、それ以下の扱いで使い潰そうと考える輩に、誰がまともに名を名乗ると? 礼儀知らずと思うのならば勝手にそう思いなさい。私は誘拐犯の罪人などに礼儀なぞ不要と考えていますので」


 千世は表情を一切変えずにそう云った。


「誘拐犯だと? 私が貴様を我が主に仕えさせてやろうというのにか!」

「誰がそれを頼みましたか? それに、名を聞いてからのその変わり様。召喚の魔法に、隷属の魔法も混ぜ込んでいたのでしょう?」


 そう。だからこそ彼女はこれまで一切本名を名乗らなかったのだ。


 ちなみに。偽名を『森 桜花』とした理由は、自身の名である『宮城千世』はあやうく『宮城千代』となるところだったからだ。そこでポンと頭に浮かんだのが『岩手盛岡』。


 『盛岡』 → 『森桜花』である。


 呆れ果てた様子の千世に、ナターリオは表情を歪めた。そして――


「やれ」


 彼が命じた暫しのち、冒険者のひとりがやっと抵抗する彼女の首を刎ねた。



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