19_右手にモップ、左手に水の入ったバケツ
この世界にぶち込まれて1ヶ月が経過しました。私が公式? に認知されてより約2週間といったところ。
そんな私の現在はというと――
右手にモップ、左手に水の入ったバケツ(青いプラバケツ)。そして服装はというと、一般的な事務職の制服。頭は三角巾で髪をまとめています。
どこからどうみても、お茶を盛大にこぼして、清掃をするハメになった一般OL(A)です。
なんでこのような恰好であるのか? それはもちろん、掃除をするためです。
ダンジョン入り口に向かって左側。50メートルくらい離れたところに東屋を建てました。柱と屋根、簡易な塀だけの代物です。そして床はピカピカに磨き上げられた大理石。床面積は3×8メートルと、東屋としては少々広いでしょうか? いえ、こんなものでしょう。
さて、この場所がなにかというと、遺体の転移場所です。例の死亡者地上転移サービスを開始したのですが、困ったことに思っていた以上に盛況です。
……盛況って云っていいのでしょうか? 不謹慎な気がしますね、さすがに。とはいえ、日平均で2.6人死亡しているのですが。命は大事にしましょうよ、冒険者の皆さん。
大事にすれば、命は一生使えるんですから。
この【アビス】が高難易度ダンジョンであることは聞いていますが……3層では私の創ったオートマトンとリビングアーマーが無双しているんですけれどね。
私の現状の仕事は、転移してきた遺体を棺桶に入れ、保全。サービスのコースによっては、損壊、負傷部位の修復治療。
そしてその際、血で汚れたこの床面の掃除となります。
なので、いまはこんな恰好をしているのです。使い始めは真っ白だったモップも、いまはほんのりと赤くなっていますよ。
遺体を棺桶に運ぶ作業は、さすがにひとりだと大変なので、四足の脚部に頭のない人の上半身をくっつけたような作業用オートマトンを創りました。
言葉で書くと気持ち悪そうですが、単に多脚のロボットなので、見た目が不快ということはありません。気味悪くもありませんよ。
ロボットコンテストにでてくるような機体と違って、内部構造が見えたりもしませんしね。
今日もひとり亡くなり、ここに転送されてきました。すでに棺桶に安置し、傷の修復も完了しています。あとは教会が引き取りに来るのを待つだけです。
この死亡者転送サービスは天使教教会と連携していますからね。
事業を開始して既に3週間。血を洗い流す作業ももう手慣れたものです。
さて、子供たちですが、全員ではありませんが私のほうで雇っています。銭湯の従業員です。番台が2名、三助役が4名です。トイレ休憩などのことも考えてこの人数です。
計算については問題ありません。ソロバンの扱いもしっかり身に着けましたしね。
えぇ、子供たちには問題ありません。まったく。ヒューゴ君たちも三助をしっかりこなしています。【お背中流します】、【髪、洗います】と、入浴料とは別料金(双方、銅貨2枚)で始めたところ、予想外に依頼者がいるようです。 特に長髪を義務付けられているような、貴族籍持ちのまま働きにでているお嬢様方に必須に近いのでしょうか。
例えばロッティさんは伯爵令嬢でありますが、特に侍女などは連れていませんでしたからね。余りもの扱いなのに、伯爵家に政略としての必要性が出た場合のために籍が残されているの、とぼやいていました。
そういった働いている元? 貴族子女には三助はありがたいのかもしれません。
ちなみに、女湯担当はダリアちゃんとメラニーちゃんがしているようです。
では、なにが問題になったかというと、お客様の方。
ブランドンさんが国……というか王家にここのことを報告したところ、視察と称して王大使夫妻が見えられました。その際、銭湯を利用したいと要望を受けたのですが……さすがに冒険者たちと一緒に、というわけにはいかないでしょう?
致し方ないので、本来は閉めている時間である午前中に、貸し切りという形で銭湯を解放しました。警護の方々もいる物々しい状況に、ダンジョンに潜るために来た冒険者さんたちがたじろいでいた様子を見て、地味に頭が痛くなりましたよ。
まぁ、三助役は、初回以降は侍女さんたちが熟せるようになったので、いまでは事前に連絡いただければ問題なくなりました。
王大使夫妻が帰られた翌日、ブランドンさんがやたらと腰を低くして詫びに来たのは驚きましたけど。
王大使夫妻が普段詰めている王城は、ここから馬車で5日程とのことでしたから、ここと首都はさほど離れていないようです。
えーっと、大体移動に8時間に使ったとして、馬車の巡航速度は自転車くらい……時速約12キロといったところでしょうか? いえ、馬車なんてものを引いているのですし、馬の巡航速度はもっと落ちますね。8キロくらいで考えましょうか。
となると首都までの距離は320キロくらい? なるほど、東京←→仙台くらいの距離ですか?
なんでそんなことを知っているのかと? 私の名前が千代(仙台)になりかけたからですよ。子供というのはこういうところから色々と興味を持つのです。
そして畑。
こっちは閉鎖するつもりであったのですが、少々予定と変わってしまいました。
とりあえず、最初の約束通りに畑一面分の収穫物を報酬として渡しました。ついでにサツマイモのレシピとして干し芋の作り方を教えました。
簡易の保存食としては優秀でしょう。蒸かした芋の皮をむいて、適当なサイズに切り分けたものを干すだけです。簡単で、なによりおいしい。
そうしたところ、トミー君からお願いをされました。あのダンジョン畑で、またサツマイモを栽培させてくれないかと。
サツマイモは当然のことながら外来植物となるので、ダンジョン外では育成ができないようにしてあります。これは子供たちに伝えてあることです。なので、報酬のサツマイモを種芋として利用するには、ダンジョン畑を利用する以外他ありません。
実際には芽が出ないように加工済みなので、あれらは種芋にならないのですが。こちらで栽培したいというのであれば、別途種芋を用意してすり替えなくてはなりません。まぁ、大した手間ではありませんね。作付けされたものをすり替えればいいだけですから。
それはさておいて、畑の貸し出しは問題ありません。また5面ほど芋畑を作りましょう。その内の1面はこちらとして、世話と収穫をお願いします。そして4面が子供たちの収穫としましょうか。1面の畑が、畑の賃貸料ということです。
ひとまず、これで子供たちの生活はなんとかなるでしょう。
あ、孤児院の建物のことですが、懸念していた通り、孤児院を経営管理していたフォフ教のシスターが勝手に閉鎖。賃貸契約を切って、とんずらしていたそうです。本部から送られてきた維持費を数か月分持ち逃げした模様。
この状況を知ってしまったために、天使教が代わって半年分の未払い賃貸料を払い、現状は非公式に天使教が管理する孤児院となっています。
とはいえ、セルマさんはそれを由とはせず、独立する方向で考えているようです。
救済されたとはいえ、フォフ教の孤児院が天使教に組み込まれるというのは、天使教としても外聞が悪いだろう、と彼女は云っていました。
そこまで気にすることはないと思うのですけれどねぇ。
セルマさんは本来なら、もう孤児院を出て自立しているはずだったらしいですが、現状の有様のために、いわゆる孤児院の先生、代表をしています。
まだ15歳だというのに……。
私がその歳のころは何をしていたかというと、花の女子高生になったどー! とばかりに、友人たちと浮かれ遊んでいた記憶しかありません。
いまは天使教に借金を返すんだと、みんな張り切っています。天使教としてはフォフ教と揉めることは望んでいないので、借金返済完了後、一度個人による孤児院として独立してもらい、その後、天使教の管理下に入ることをセルマさんに提案しています。
私個人としては、それを受け入れた方がいいと思っていますが、子供たちはどう考えるでしょうね。
とりあえず天使教は、現状この世界で最大宗教であるということですから、その傘下に入るのは悪いことではないでしょう。
なにしろ天使が実在し、過去に神罰を下しているのです。さすがにそんな存在を崇めている宗教が私欲に走った阿呆なことをするとは思えません。
誰だって自分の命は惜しいものです。他人の命は勝手に売り飛ばす癖に。
その点、天使教はその首に絶えず天使の刃が当てられているような宗教ですから、信じられるというものです。その教義もゆるいですし。
ざぶざぶとモップをバケツに突っ込み濡らします。そしてバシャっと大理石の上に降ろし、軽く押し込みながら歩き磨いていきます。
表面を汚していた血や泥がモップで磨かれ、大理石端に彫られた溝に落ちていく様を見るのは、非常に気分がよろしい。
この溝は廃水用の溝です。といっても、雨どい程度の幅と浅い窪みであるため、少しばかり大理石の外へとモップで拭いてできた汚水は飛んでしまうのが欠点です。
だからといって、用水路のようにするわけには行きませんからね。
鼻歌交じりに端から端へと磨き、最後に乾いたモップに持ち替えてしっかりと乾拭きをしていきます。
ふふふ。大理石らしい白地に黒のマーブル模様が美しいですね。いまは白いこの大理石も、いずれ血によってほんのりと赤み掛かるのでしょうか?
できうることなら、そんな風に変色したことが確認できる前に、日本に帰りたいものです。
その時には、私の後継を残していかなくてはならないでしょうが。
……ほぼ人間と変わらないレベルの人型オートマトンでも拵えた方がいいかもしれませんね。まぁ、現状でそんなものを拵えようものなら、コストが枯渇しそうです。創るにしてももう少し先ですね。
よし。お掃除完了です。
さて、それじゃお茶でも淹れて少しのんびりとしましょうか。
バケツの水を排水路へと流したあと、掃除用具をすべてダンジョンのストレージへと放り込みます。
東屋からでると、なんとも珍しい構成の冒険者パーティがいました。
人数は9人。標準パーティとしては人数が多い。基本は6~8名。バックアップ要員がいる場合は、別パーティとして後からついていくものです。
そしてそのパーティ構成。近接銭湯職8名+魔法職1名。
さすがにピーキー過ぎませんか、この構成。こんなパーティ初めて見ましたよ。
奇抜なパーティ構成が流行らないのは、その死亡率が高いからです。ギルドが推奨する基本構成が、パーティとしてもっとも生存率が高く、損耗率が低いからこそ推奨されているのです。いわゆる“王道に外れ無し”ということです。
私がそのことで訝しげな顔をしていたところ、魔法職と思われるひとりが張り付けたような友好的な笑みを浮かべて歩み出ました。
「失礼。驚かせたみたいですね」
どうやら勘違いされたようです。私の怪訝な顔は恐怖からではなく、あなたがたのそのピーキー構成への戸惑いです。死ぬ気なのかな? という。
「私はウルバノ伯爵家次男ナタ―リオと申します。貴女は?」
彼の問いに、私はますます困惑しました。
なぜ、ギルドにより周知されているはずの私を知らないのかと。




