15_算数を嘗めていました
私は算数を嘗めていました。
いえ、嘗めるどころか侮っていたと云っていいでしょう。
まさか、ここまで子供たちに算数を教えることが困難であったとは。
さて、私、宮城千世は、昨日、セルマさんと子供たちといろいろと話をしました。休憩時間のお茶の席での話です。
そこで気が付いたのが教育に関して。なんということでしょう。かつての日本以下です。いえ、日本の教育に対する……熱意? が異常であることは知っています。
えぇ。宣教師が思想侵略をしようとして断念したくらいですからね。
当時の、いわゆる平民階層が文盲でないことが異常なのです。でもそのおかげで思想侵略を退けることができたのですから、素晴らしいことです。そこら辺の農民に宣教師が一蹴され、宣教師が己の信仰に疑問符をつけさせた話は有名です。寺子屋万歳!
ということで、子供たちを教育することにしました。文字に関しては、集中的に教えることはしません。こっちは各自どうにかしてもらいましょう。付け焼刃の私では、教えるとなるとかなり怪しいですからね。ズルをして言語知識を頭にぶち込んだだけですもの。
ですので、私が教えるのは算術。それも数学ではなく算数です。四則演算ができるようになりさえすれば問題ないでしょう。
計算ができれば、今後考えている私の商売の方で雇えますからね。それで現金が手に入れば、子供たちに現物支給ではなく、きちんとお給金が払えるというものです。
そんな打算を持ちつつも、やってきた子供たちの前でこう宣ったことを少しばかり後悔しているのが現状です。
「みんなには、お仕事の前にお勉強をしてもらいます!」
もう少し下準備をしてからいうべきでしたね。まぁ、云ってしまったことは仕方ありません。どうにかしましょう。
算数を教えようとした私の前に立ちふさがった問題はふたつ。
ひとつ。数字。
簡単にいいますと、この世界――というか、このあたりの文化圏で使われている数字が厄介でした。地球でいえば、ローマ数字が一番近いでしょうか。
I、II、III、IV、V、 VI、VII、VIII、IX、X
と表記するコレです。これで普通に計算をしようとすると、とんでもなく難解になります。
いえ、もしかすると慣れさえすればどうにかなるかもしれませんが、私はテーブルを殴りつけたくなりました。あり得ません。面倒くさい。
アラビア数字万歳!
あ、アラビア数字はご存じですよね。我々が慣れ親しんでいるアノ数字です。えぇ、電卓や電話に堂々と記されているアレです。
0、1、2、3、4、5、6、7、8、9
もう面倒なので、この数字を子供たちに覚えてもらうことにしました。なぜと聞かれましたが、こっちの方が計算をやりやすくなるとからと、ただそれだけを熱弁しましたよ。
……なにをしているんでしょうね、私。……まぁ、いいでしょう。
ふたつ目。
0の概念。
この世界の人類社会の数字も、10進法です。えぇ、指の数が基本となっています。ここはもう地球と同じですね。数を数えるときは指折り数えていくわけです。左右で計10本。ですから10進法というわけです。
ただ、これにより問題がひとつ。えぇ、数字の起点が1なのです。0が存在しません。
昔、数学の先生が云っていました。「インド人の最大の発明は“0”だ」と。
そう。0の概念です。
0というものを、理解してもらえないというか、なんといいましょう、納得してもらえないような感じになってしまった感じです。
1-1=?
なんて問題をだすと、みんな微妙に混乱する有様になります。なにもない状態を0とする。
無=0
ということを、「こういうものと考えて」と、無理やり納得してもらっての授業となりました。
このふたつを“そういうもの”として強引に覚えて、納得してもらっての算数授業です。
あ、もちろん1+1≠2と言い出す子もいましたが。
子供に算数を教える時には、りんごが1個と――というように、身近なもので教えるでしょう? それをする場合、りんごの大きさの違いを持ち出してあれやこれや面倒なことを云いだすアレです。
ここはきっちり説明しましたよ。りんごではなく、銅貨で説明を切り替え、こういった計算は金勘定で使うのがほとんどと言いくるめました。
その上で大きさの違い、すなわち重さの差はどうするのかという、商品の点に関しては、ひと山幾らという、いわゆる目方売りをするという説明をしました。
……なんとかこれでヒューゴ君とダン君は納得してくれましたよ。よかった。本当によかった。
教師というのは大変ですね。これなら無理難題を云ってくるクライアントを相手にする方がはるかに簡単というものです。
でも歴史の坂乃上、テメーはダメだ。中学生相手にセクハラなんぞしやがってクソが。
……落ち着きましょう。この有様では子供たちを怖がらせてしまいます。
とりあえず、今日は0の概念と数字を覚えてもらえましたし、あとは二桁以上の足し算引き算のやり方を教えて終わりましょう。あの数字を縦に並べてやるやつを教えて。
本当にアラビア数字は素晴らしい。
「トミーくーん!」
おや? 誰かがトミー君を呼んでいますね。
視線をトミー君に向けると、解いている途中の計算問題から顔をあげ、外に目を向けています。
もっとも、そこから見えるのは出入り口だけですが。
「お姉さん、ギルドの人たちが来たみたい」
なるほど。トミー君をまず呼ぶ手筈にでもなっていたのでしょうか? いきなり私を呼ぶにしても、あまりにも得体が知れませんしね。
……あ、そういえばこの場所、関係者以外には元の崖にしか見えないんでしたっけ。
席を立ったトミー君が外に出ていきます。本来なら現孤児院責任者であるセルマさんもいるべきなのでしょうが、あいにく彼女は不在です。
どうやら孤児院の建物の利権が不明であるらしく、それら土地の管理をしている場所(お役所でしょうか?)に、確認に云っているそうです。
もし立ち退きをせざるを得ない状況で、それがお金で解決するのであればなんとか援助をしたくはあるのですが……働いて貰うにしても、私には現金がありませんからねぇ。
せっかく作ったのですから、なんとかしてこの銭湯でお金を稼ぎたいところです。
さて、私ものんびりしていないで、外に出るとしましょう。
外にでると、思ったよりも大人数が集まっていました。
えーと、いかにも聖職者な恰好をしたものが3人。小太りっぽい男性がひとりと女性がひとり、少女がひとり。男性は太っているというよりも骨太で下半身がしっかりしているためにそう見えるだけのようです。
そして190センチくらいある上半身の発達した強面の男性。アラサーくらいでしょうか? 金髪の角刈りっぽい髪型の強面。どこぞの軍人格ゲーキャラを彷彿とさせますね。
そして傍らにいるのんきそうな女性。顔立ちからしてニコニコしています。
その5人の後ろに、いかにもな冒険者の一団。人数は5名。全員男性。
冒険者らしい軽装の金属鎧、いわゆる戦士が2名、革鎧に小ぶりの弓を持っている……レンジャー? 盗賊枠でしょうか? がひとり。そして魔法使いと神官がひとりづつ。
多分、彼らは護衛でしょう。
なにせ、得体のしれない女に会いに行くわけですからね。当然のことです。
さて、私の身の安全のため、お話をすることとしましょう。できれば商売に関してもどうにかできるといいのですが。
「おはようございます。本来、私がそちらに出向くべきところをご足労頂き、ありがとうございます」
さてと、うまいこと構想していることが実現できればいいのですが。
そんなことを思いつつ、私は客人たちに笑顔を向けたのです。




