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彼女は3×8メートルの範囲をモップで磨いでいる。  作者: 和田好弘


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14_【天使教】:【冒険者ギルド】


■天使教【クルーセ支部】



 私は慌てて箒を拾い、掃除用具入れに放り込んだ。


 慌てると余計に時間が掛かる。まさにそれを体現してしまった。


 いましがた少年から知らされた情報に相槌を打ち、急ぐ彼を見送った後、その内容が頭に染み入るにつれ大変な事態であることに思い至ったのだ。


 司祭様に知らせねばと、思わず手にしていた箒を放り投げて駆け出すという暴挙にでてしまったのだ。


 道具を投げ捨てるとはなんたること。いくら慌てているとはいえ、していいことと悪いことがある。


 ですが、おかげで少しばかり落ち着くことができた。えぇ。これなら多少は冷静に司祭様にお話しすることができるだろう。


 私、天使教修道女見習いミニー。清く、正しく、できることなら美しくなれたらいいなと思う11歳は、今度こそ司祭様の元へと駆け出した。






 聖堂の修繕費の割り振りに頭を悩ませていたピーターソン司祭様は、私の話を聞いたとたんに頭を抱えられた。


 どうやらこの話は、聖堂の雨漏りはともかくも、聖堂内の剥がれた漆喰と祷り台のどちらを先に修繕するかの選択よりもはるかに重大なもののようだ。


 実のところ、私はまだ懐疑的なのだ。少年の話は真実であるのだろう。だがそれが、私の考えうることと一致しているのかどうかというのはまた別だ。


 神話の再来とか、さすがにそんな馬鹿なことをしでかす輩はいないだろう。なにしろ現存する宗教すべてにおいての共通認識であるのだ


 人類粛清の黙示録は、異世界より人を攫い続けたことが原因だ。その結果、異世界の神を激怒させ……というかだ、受肉し人として自身の世界を満喫していた女神さまを攫い、害しようとした時点で詰んでいるのだ。それどころかその後、ヘネシス教が、街ひとつを巻き込んで、街に住んでいた人もろとも女神さまを害したのだ。それまでは、自身を攫った愚かな国と、それに賛同した周辺国にだけ神罰を下していただけの女神さまを。

 結果、神罰は世界全土に広がった。

 現在、神罰を落とされたものの、こうして人類が永らえているのは、女神さまのお慈悲だ。


 頭を抱えてた司祭様がやっと顔をあげた。


「ダンジョンが関わっているとなると、ギルドとも話をしなくてはいけませんね」

「少年はギルドにも知らせると云っていました」

「では、急ぎ参るとしましょう。私はランディ侍祭に留守を頼んできます。ミニーは誰かもうひとり私と向かう者を呼んでください。もちろん、ミニーも一緒にいくんですよ」

「わかりました!」


 こうして私は、司祭様とサンドラ先輩と一緒に、先ずは冒険者ギルドアビス支部へと向かうことになったのだ。



★ ☆ ★



■冒険者ギルド:クルーセ・【アビス】支部


 本来、ギルドの支部はひとつの町にひとつというのが通例だ。例外的に複数ダンジョンがある場合は、もっとも規模の大きいダンジョンを担当する事務所を支部とし、他ダンジョン担当を出張所としている。


 だがここクルーセは例外中の例外で、クルーセ近郊にある4ダンジョンを担当するすべてが支部となっている。


 というのも、この4つのダンジョン、【アビス】【カズム】【デプス】【ナラカ】のすべてが高難易度大規模ダンジョンであり、その深度もどれほどあるか不明なのだ。


 そのため、特例的に担当事務所すべてが支部とされているのである。


 一時期、それぞれのダンジョンから等距離の街中央に支部を作ればいいという案もあったが、その場合、血まみれの冒険者が魔物の死体を街中を運ぶなどという状況となるため、無駄な話し合いの末に却下されている。


 俺は冒険者ギルド【アビス】支部のギルドマスターを務めているブランドン。この日、ここ【アビス】のギルマスに就任してはじめて頭を抱えることとなった。


 事務方のリリアンからの報告。なんでも【アビス】に住んでいる人間がいるという。


 これだけならまだいい。命知らずの変わり者が住み着いた、ただそれだけだ。注意喚起しつつ。とっ捕まえて引っぱり出せばいい。


 だが続きがあった。


 性別女性。……うん。おかしい。さすがに女性でそんな馬鹿なことをするものはいない。野郎が住み着くのと女性が住み着くのとでは、危険度がまるで違う。確実にモンスターよりも冒険者のほうが危険になる。


 冒険者というのは、高レベルになればなるほどまともな者が増えるが、それでも平気で犯罪を侵すような粗忽者もいるのだ。


 だがさらに続きがあった。


 どこぞの魔法使い? によって、魔法でダンジョンに放り込まれた結果、ダンジョンから出ることができなくなったというのだ。


 この時点で頭を抱えた。


 どう考えても、1000年前の【ジッグラト】の件と同じではないか。この【アビス】が起点となって、千年前の再来など考えたくもない。


 確実に俺の名前が悪い意味で歴史に残ること請け合いだ。


 とにかく、状況を確認しなくては。


 【アビス】に出向くのは決定だ。なにせ相手が動けないのだから仕方ない。向かうのは俺と――


「ギルマス、準備整いました。丁度【栄光なき騎士隊】のみなさんが見えたので、依頼しました」

「あぁ、あいつらなら問題ないな」


 【栄光なき騎士隊】。ここクレーセでは中堅どころの冒険者パーティだ。もっとも、中堅となっているのは、クレーセであるからであって、他所では確実に上位の上澄みに入るだけの実力と常識、良識をもったパーティだ。


 連中なら、短絡的な馬鹿な真似はしないな。


 ひとまずは安心だ。あとは――そうだな、ロッティあたりに同行してもらおう。


 事務勤めをしている、のんびりとした雰囲気の娘だ。計算には非常に強いが、受付をさせるには少しばかりおっとりし過ぎている娘だ。もう少しテキパキしていれば、看板受付嬢になれただろう。


 件の相手は女性だ。いくらギルド支部の責任者とはいえ、俺みたいな強面の大男では話し合いをするにも上手くいかないに違いない。これまでの経験が俺にそう云っている。ロッティのような当たりの優しい女性を間に挟むのが正解だろう。


「よし」


 微妙に重い気持ちを抱えながら、俺は声を出して立ち上がった。


 ぐずぐずして時間を掛けるべきではない。


 ひとまず必要となりそうなもの……メモをとるための筆記具だけでいいか。なにかしら書類を作るにしても、正式なものはここで書くことになるだろう。


 鞄に無造作にそれらを詰め込んだところで、ノックが響いた。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは事務長であるチェスター。


「天使教会のピーターソン司教がお見えです。【アビス】のことで話があると」


 思わず顔に手を当て、俺は天を仰いだ。


「天使教が出張ってきたのか……ガチじゃねぇかよ。え、もしかして神罰回避が俺の肩に掛かってるわけ?」


 思わず愚痴った。


 チェスターが目に見えて気の毒そうな顔を俺に向けた。


 勘弁してくれ。


 とにかく、ピーターソン司教に会わねば。




 司祭と話をした。これを幸いと言って――いや、幸いではないな。先送りにしただけだ。


 天使教会も、【アビス】に住んでいる……というか、【アビス】から出られないという女性の正体については把握していないそうだ。

 だが、彼女はそのような状況にありながらも善業を積んでいるとのことだ。建前として、我々ギルドと繋ぎを取り、殺されたりしないように交渉すると云っているとのことだ。


 その善業とやらについて確認したところ、フォフ教の孤児院の子供たちへの施しをしているという。それも、ただ施すのではなく、簡単な仕事を与え、それに対する過剰な報酬という形で。


 あかん。完全に神話そのものじゃないか。千年前の女神さまも、施しをしながら旅をしたという記録がある。そしてそれに対し、人間がしたことは女神さまに石を投げつけることだったという。


 だから人間は見限られて、ほんの一部のまともな者を除いて滅ぼされたのだ。


 これは……絶対に失敗は許されない。


 俺はピーターソン司祭とがっちりと握手をした。なんで握手をしたのかはわからないが、とにかくそうすべきと互いに思ったのだろう。


「失敗はできませんな」

「えぇ」

「彼女がなにを望んでいるのか、確認しなくては」

「身の安全とのことですが、それだけではないでしょうからね」


 司祭と俺は頷き合うと、ならんで【アビス】に向かって歩き始めた。


 ロッティと神官の娘ふたりが呆れたような目をしていたようだが、きっと気のせいだ。






 【アビス】へと到着した。見たところ、以前来た時となんら変わりがないように見える。

 ダンジョンに住んでいるというが、実際のところどこに住んでいるんだ? 地表部……というか、この一階部分は、地下一層へと下る階段までの、直線通路しかないはずだ。


「えっと、確かトミー君を呼べばいいんですよ。知らせてくれたフレッド君はそう云っていました」


 ミニーという神官見習いの少女が、半ば途方に暮れたような俺たちを見ていった。


「そういえば、話を聞いたのはミニーでしたね。ではミニー、呼んでください。我々が呼んだのでは、警戒されるかもしれませんから」


 ピーターソン司教がそういうと、ミニーは露骨に俺に視線を向けた。


 ……なぜ俺を見る。いや、強面であるのは自覚しているが、さすがにその視線は少しばかり傷つく。


 だがミニーはそんな俺の気持などお構いなしに、そのトミーなる少年の名を大きな声で呼んだ。



「トミーくーん!」



 そして待つこと僅か、ひとりの少年が岩肌を通り抜けるかのように、崖から姿を表した。




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