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彼女は3×8メートルの範囲をモップで磨いでいる。  作者: 和田好弘


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13_【フレッド】


■フレッド


 今日の稼ぎを銭袋に入れて、足早に家路を進む。途中、塩屋の手伝いに行っていたアンディと合流した。

 アンディの仕事は塩屋で延々と岩塩を削る仕事だ。当たり前だが塩は粉にして使うものだ。そしてその作業は家庭で各々が必要なだけ行っていたのだが、塩屋の主が代替わりをしてから、塩を削って販売することもはじめた。

 そのおかげで仕事としては安定した長期のものだが、その賃金は正直微妙だ。


 ひたすら走ることになるが、俺みたいにギルド間の書簡配達の仕事の方が割がいい。とはいえ、こっちはギルドの仕事によるところが大きいため、収入が安定するとは言えない。なにしろ配達1回につき幾らとなるから、報酬は毎日まちまちだ。

 下手すると仕事がない日もある。


 塩屋も歩合だが、確実に塩を削った分だけ金になることを考えれば、非常に安定しているといえる。


 とはいえ、今の俺たちの稼ぎじゃたかが知れてる。先行きが不安だ。


 教会から送られてくるという支援金とやらはどうなっているんだろう?


 ぜんぜん届かないんだけれど。


「もしかすると、うちの孤児院、潰れたことになってんじゃないか?」


 大通りから路地に入ったところで、アンディが不機嫌そうに云った。


「は?」

「院長、廃院手続きをして、残った金を持ち逃げしたんじゃないかってこと。うちの孤児院の運営って、フォフ教だろ? 弱小宗教もいいところだ」

「弱小って、宗教に弱小も何もないだろ。云ってることはどこも一緒だし」

「そうはいうけど、一回ヘネシス教に飲まれて、そっからまた離脱したような宗教よりはマシだぞ。ヘネシス教に一度でも取り込まれたところはいまだに邪教扱いだし」


 だから俺たちは仕事にありつけてる、とアンディはつまらなそうに云った。


 ヘネシス教。千年位前に世界を席捲した宗教団体だ。女神さまを悪魔扱いして、地上に顕現していた女神さまを殺した邪教だ。

 人としての肉体を失った女神さまが天に帰った途端、世界は災厄に襲われて人類は滅亡寸前にまで陥ったんだ。


 世界はほぼヘネシス教に覆われていたから、女神さまがそれを一掃した、というのが天使教の連中の主張だ。


「マシだろうが弱小な有様な以上、持ってる金なんてたかが知れてる。できれば金なんか出したくない。でも出さないと評判は落ちる一方。そこに廃院手続きなんてくれば、本部は喜ぶ。院長は査察とかが来なくなるから、何食わぬ顔で金を持ってとんずらできるってわけだ」


 ヤケクソ気味にアンディが鼻で笑う。


 いや、笑えんって。いや、待てよ。ってことはだ。


「なぁ、孤児院、廃院手続きがされたんなら、俺たち居場所がなくなるんじゃね?」


 アンディの足が止まった。俺もそれに合わせて止まる。


 なんか、アンディの顔がヤバいことになってる。


「そうだ。あいつら貧乏だから、孤児院を絶対に売り飛ばす」

「でもそれ、そうなるって予想だよな?」

「塩屋のおかみさんが情報通でさ。いろいろ取引先から話を聞いてくるんだよ。フォフ教のことも知っててさ、今日、心配された」


 俺とアンディは顔を見合わせた。


 心配された? それって――


「「本格的にヤバくね?」」


 俺たちはなにかに追い立てられるかのよに孤児院に戻った。とにかく、セルマ姉ちゃんと相談しなくては。


 あそこを出ることを考えるなら、どこかに家を借りることも考えないといけない。でも金のことを考えると、もう廃屋のような場所くらいしか借りられないだろう。


 いや、それでも金が足りないかもしれない。






 孤児院に戻って、俺とアンディは思わず立ち尽くした。


「え、なにがあった?」


 アンディが呆然としている。


 俺は自分の頬をつねった。痛い。


「お帰りー」


 テーブルを磨いていたヒューゴが俺たちを見つけてやってきた。それに気づいたのか、チェリーがテーブルに皿を並べ始めた。


「アンディ、フレッド、お帰りなさい。丁度食事ができたところよ。早く席について」


 みんなが食堂に集まってきた。


 いや、どういうことだよ。なんでみんな小奇麗になってるんだ?


 そう思っていると、アンディがヒューゴに聞いていた。


「お姉さんに洗ってもらった!」


 は?


「今日、畑仕事をしてきたのは話しただろ。その仕事をくれたお姉さんが、泥だらけで帰るのはダメだって、風呂に入れてくれたんだ。ヒューゴは、風呂の使い方の説明のために丸洗いされた」

「洗ってもらったって、そのまんまの意味かよ」


 アンディ、“洗う”に、なにか他に違う意味があるのか?


 話を聞くと、身体を洗うのに複数の石鹸があるとのことだ。ヒューゴがやたらと興奮気味に話している。

 トミーに確認すると、身体を洗う石鹸と、髪を洗う石鹸と2種類あるという。そして髪を整える石鹸? を使い、今のサラサラな髪の状態になったようだ。


「……凄い汚れてたんだ」


 トミーの云いざまはまさしく絶望しているかのようだ。


「3回洗って、ようやく汚れが落ちたんだよ。お姉さんがヒューゴを洗ってた時に『なかなか頑固な汚れですね』って云ってたのがよくわかった」


 などといいつつ、ちょっと腕を擦ってみろと、トミーが左腕を突き出してきた。


 云われた通り擦ってみる。それから自分の腕を擦ってみた。


 ……うわぁ。


 感触が随分違う。というかだ、トミーの腕からは垢がでてきたりはしなかった。


 ここに来て、自分がどれだけ汚れているのか自覚してしまった。


 隣をみると、アンディがダン相手に同じことをしたらしく、顔を引き攣らせていた。






 夕食後、年少連中は疲れていたのか、皆いつもよりもおとなしく就寝した。


 油の値段も馬鹿にならない以上、暗くなったらとっとと寝るのが一番だ。


 そして今は、セルマ姉ちゃんから本日のことを聞いている。そしてその内容にアンディが難しい顔をしていた。


 いや、その気持ちはわかる。


 なんというか、話が上手すぎる……というのとは違うな。でも、なんというか、そのモリィさんの利が薄すぎて怖いのだ。


 そして率直なアンディが、当然そのことをセルマ姉ちゃんに口にした。


「お姉さんは悪い人じゃないよ。多分、こんなことになったのは俺のせいだし」


 どういうことかと詳しく聞くと、この馬鹿はひとりでダンジョンに入ろうとしたらしい。


 ここクルーセにある4つのダンジョンは、すべて高難易度のダンジョンだ。だからこそ高レベルの冒険者が集まり、町は賑わい発展しているが、同時に冒険者の死亡率も高い。


 もっとも死亡率は高くとも、金さえあれば教会で蘇生できるため、その命の価値は安い。すくなくとも高レベル冒険者からすれば。

 俺たちじゃとてもじゃないが賄えない。ほぼ確実に無駄死にする。


 とりあえず俺はトミーの頭に拳骨を落とした。


「馬鹿なことは考えるな。冒険者になった兄貴たちが町を離れたのは、ここじゃ確実に死ぬからだ。トミーが丸腰で行っても、よくて逃げ帰るだけだ」

「たいていはモンスターと遭遇したらそこで終わるな」


 俺とアンディが脅すと、トミーは青くなってしょぼくれた。


「ふたりともその辺にして。トミーはもうモリィさんに大分お説教されたみたいだから」

「……そのお姉さんは女神様かなんかか? トミーを止めて、事情を聴いて、じゃあお仕事をあげましょうとか」

「その話に終始してね、翌日……今日ね、私たちがいくまで、互いに名乗ってもいなかったみたい」


 セルマ姉ちゃんの言葉に、俺とアンディは思わず顔を見合わせた。いや、トミー、ここは照れるところじゃない。


「悪い人にはとうてい思えないな。というかだ。話を聞いてると、すごいのんびりしたお人よしにしか思えないんだが」

「うん……でもそれだけで、ここまでしてもらえるとは思えないんだが」

「目的はあるって云ってたわよ」


 あるんだ。というか姉ちゃんに話したんだ。


「ダンジョンから出られないらしくて、そのせいでモンスターと間違われて殺されたくないって云ってたわ。なんでも、魔法で攫われて【アビス】に放り込まれたんだって。多分、その攫う魔法がちょっと失敗したんじゃないかしら。で、どうもその魔法が悪さをしているみたいでダンジョンから離れられないらしいの。だからモリィさんはなんとかしてダンジョンから出て、家に帰る算段をつけたいって云ってたわ。

 あ、そうそう。フレッド、明日、ギルドに行ったらモリィさんのことを話して、誰かに【アビス】に来てもらえるようにしてもらえないかしら? ギルドに事情を話して、危害を加えられたりしないように交渉したいそうよ」


 あー、なるほど。


「そりゃ怖いわなぁ」

「そこへのこのこと、トミーがダンジョンに入るかどうかウロウロしてたら、救いの神が来たと思うな。少なくとも冒険者たちよりは安全だし」

「わかった。話しておくよ。でもどうなるかわかならいぞ。教会に云った方が……って、俺たちが行って大丈夫なのか?」

「教会って、天使教か? 天使教なら大丈夫だろ。あそこは縄張り意識みたいなのないし。というか、変なことをしでかすとマジで天使様が粛清しに来るから、ヘネシス教みたいなことはしないぞ。明日、暇見て回ってくれ。俺は塩を削るのに忙しくて動けんから」

「あと6日だっけ?」

「あぁ。とりあえずそれで塩屋の仕事は終わる。というか区切りがつく。だから明日は任せる」

「あいよー。それじゃ明日はギルドと、暇を見て天使教のほうを回ってくるよ」

「お願いね。それじゃ、私たちももう寝るとしましょうか。トミーもそろそろ限界みたいだし」


 トミーは半開きの目をして、頭をふらふらとさせている。


「一日芋掘ってたら、さすがに疲れもするか」

「ずっと屈んでるわけだしな」


 ガクリと力の抜けたトミーの額に手を当て、アンディがテーブルに頭が激突するのを防ぐ。


「それじゃ、俺はこのままトミーを寝床に連れて行って、俺も寝るわ。フレッド、戸締り確認は任せた」

「はいよ」


 アンディはトミーを抱きかかえて寝室に向かった。セルマ姉ちゃんは灯りの始末。俺は戸締り確認だ。


 明日は少しばかり早く出た方がいいかな? ギルドへ行く前に、教会に云って話をしてこよう。




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