12_【朱の竜】
■審判執行者:朱の竜
む? なにかが来たな。なんだ?
目を開け、気配のする方向に視線を向ける。
ふむ。見慣れぬ服装の人間の娘が居るな。……人間?
人間がここの場所に到達できるとは思えん。飛翔魔術を使うにしても、ここまで上昇するのは難しかろう。風に翻弄されるはずだ。そもそもあの魔術はここまでの高さを飛ぶようにできておらんからな。
はて、なればあの娘はどうやってここに現れたのだ?
娘はこちらに来るそぶりを見せ、途中で足を止めた。そして額に手を当て、あからさまに悲壮な雰囲気で俯いている。
ふむ。なにをしておるのだ? 興味をそそられる、という気分も久々だ。
ややあって、なにかが娘のいる場所からこちらに向かってきた。さした大きさではない。草が一直線にこちらに向かい揺れているからこそわかる。
気配がない、ということは生物ではないな。ゴーレムの類か?
やがて、私の前にそれは現れた。
それは白い猫。首元には、不釣り合いに大きい玉が括りつけられてある。
これは魔道具の類か。さて――
「ニャー」
猫が鳴いた。
「お寛ぎのところ失礼します。私、モリ・オーカと申します」
猫の首に括りつけられた玉から声が聞こえてきた。なるほど。通信系の魔道具か。
「本来なれば、直接ご挨拶申し上げるところ、私は不明な事情によりダンジョンの範囲より離れることができません。どうぞこの無礼、ご容赦を願います」
なに?
「暫し待て」
猫に向かって云う。
うむ。久しぶりの発声ではあるが、問題ないようだ。
「ニャー」
猫が応えた。いや、お主に云ったわけではないのだがな。
身を起こし、羽根を広げる。
うむ、問題なく体も動くな。よし、飛べる。正確にはわからぬが、少なくとも年単位で寝ていたはずだからな。
本来なら鈍り衰えているだろうに、さすがは女神さまが設計された身体ということか。全く問題がない。……いや、だがいささか腹は減っているな。娘との話が終わったら、魚でも獲りに行くとしよう。
ほんの僅かな距離を滑空し、娘の眼前に降りる。
さて。
「娘、お主――ぅん?」
娘から不自然な魔力がでておるな。まるで蜘蛛の糸のような細さの魔力が天に向かって伸びておる。
それを追うように空を見上げる。
ふむ、彼方にまで続いているようだな。いや、これは世界を越えておるようだ。
天から娘へと視線を戻す。
「娘、お主、この世界の者ではないな?」
「あ、はい。そうです。見ただけでよくわかりますね」
「うむ。繋がっておるからな」
再度天を見上げた。娘が僅かに首を傾げ、追うように天を見ていた。
「繋がってるというのは?」
「お主の元居た場所とだ。まだ切れてはおらんということだ。術式が完了しておらん」
「では、帰ることのできる可能性はあるということですね」
予想外の娘の言葉に、我は目をそばめた。
異世界召喚術はすべて破壊したはずだ。であれば、この娘は何処かの世界からの尖兵ではないのか? まぁ、友好的であるようだし、訊くのが早かろう。
「そうだが……お主はここに送り込まれて来たのではないのか?」
「いえ、どうやら召喚魔法に掛かったようなのです。それも失敗したらしく、私はダンジョン【アビス】に放り込まれました」
は?
疲れ切ったような顔の娘に、詳しく事情を訊いた。
……。
……。
……。
なんということだ。情報として得ている召喚とは若干異なっているが、おそらくは欠けた部分を転移魔法などでごまかしたのだろう。似て非なる魔術を混ぜ合わせるとは、なんと無謀なことを。
それを行った術師に怒りを覚えつつ、我は娘に推測されることを話した。
「異世界召喚関連の情報に関しては、現物の魔法陣は元より、あらゆる情報媒体をも我ら審判執行者がすべて破壊したのだが、どうやらその断片を掻き集めて、不完全ながらも再構築したようだな。女神の意思に反逆しようとは、馬鹿者どもが」
こんなことが二度と起きぬように、女神さまが罰を下したというのに、それでも行うか。
いや人の生を鑑みれば、もはや遠い昔の出来事というわけか。
これは審判者に確認を取らねばならんな。
「元の世界に帰る算段を探すというのであれば、ダンジョン【ジッグラト】へ行くがよい。いや、お主はここから離れられんのだったな。どうしたものか……」
「いえ、大丈夫です。代理をたてます。オートマトンでも問題ありませんよね」
「問題ない。我も天使共に連絡しておこう。おぉ、そうだ。我の鱗を持っていくがよい。それが敵ではない証となろう。そうだな、サイズ的には尻尾の先のものがよかろう」
娘に尻尾の鱗を剥がさせる。
よし。これでよかろう。あとは連絡がてら、他の執行者に会いに行くとしよう。場合によっては、また地上を焼き尽くさねばならん。
「さて娘。お主はここになにをしに来たのだ?」
「はい。このあたりに発電施設を設置しようと思いまして」
「発電施設?」
「はい。私自身の生活に必要な電力くらいは、ダンジョン外から得ようと思いまして。現状、私はこちらのダンジョンの中枢から、ダンジョン1層から3層までの管理権限を掠め盗っただけですので、ダンジョン管理に伴うエネルギー量に不安を覚える状況なのですよ。枯渇しようものなら、即死亡となりますから。ですので、少しでも節約するための施設です」
握りこぶしを胸元に掲げ、覚悟を決めたような表情で語る娘。
少々心配ではあるな。このような異常な状況に放り込まれ、半ば現実逃避をしてはいないか?
そういえばダンジョンを一部とはいえ支配下にしているわけだな。この場所もその力でダンジョン領域としたということだし。
であるなら――
「娘、この頂上を広範囲にダンジョンの領域とするがよい」
「はい?」
「我はここを居としておる。生物が生命活動をするにあたり、余剰に垂れ流して居るいろいろなモノを、ダンジョンはエネルギーとして吸収しておるのだろう? であるのならば、我からもソレを得るがいい。どうせ雲散霧消してしまうものだ。無駄にすることもあるまい」
「それは助かります。ありがとうございます」
娘は礼を云うや、懐から黒い板を取り出した。
あれはなんだ? む、表面になにか――なるほど、あれがダンジョン管理用のデバイスか。確か、本来であれば中空に表示されるのであったか。
【ジッグラト】のダンジョン中枢は、女神さまがそのように改造したと審判者が云っていたな。……いや、改造されたと云ったのか。審判者自身のことだからな。
「ドラゴンさん、なにか要望はありませんか?」
「む? なんの話だ?」
「ダンジョンの領域を広げましたので、せっかくですし、私の目的のモノ以外のものも設置しようかと。なにか食べたいものとかありませんか?」
思わず娘を凝視した。まさかそんな申し出をするとは思わなかった。
「では果実の類を頼もう。なにぶんこの図体なのでな。気軽には採れんのだ」
「あー……。ぽつんと一本だけが生えているのならともかく、森や林だと木をなぎ倒すことになるでしょうしね。
少々お待ちください」
娘がデバイスを操作する。するとやがて、数本の樹が出現した。
「ひとまず桃の木を6本と、大玉のスイカを植えました。スイカは桃の木の近くに、かぼちゃみたいに地面に這うように生っています。
リポップ……いえ、リスポーン? のスパンは確認していないので不明ですが、おそらくは丸一日か二日くらいでまた実ると思います」
「すまぬな。これで容易く果実にありつけるというものだ。あぁ、そうだ、自己紹介をしてなかったな。我はヴァーミリオン。審判執行者たる竜の一体だ」
「私は森桜花と申します。よろしくお願いします」
その後、娘、モリィは設置するという施設を構築し、ダンジョンへと帰っていった。
建造物は、なにやら骨組みのような台座に乗った黒い板を幾つも並べたものだった。あれで電力とやらを生み出せるのか。
異世界の技術の賜物なのだろうが、こちらの技術とは違いすぎてさっぱりわからんな。
そういえば、女神様の故郷もそうだと審判者がいっておったな。もしかすると、あの娘と女神様は同郷なのやもしれん。女神様も、かつての愚か者共に異世界よりさらわれて来たのだからな。
まぁ、それらに関しては置いておいてよかろう。
まずは、他の審判執行者たちを集め、【ジッグラト】へと向かわねば。
だがその前に、せっかく創ってもらったのだ、スイカとやらを食べてから行くとするか。




