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彼女は3×8メートルの範囲をモップで磨いでいる。  作者: 和田好弘


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10_本日の作業は終了です


 時刻は午後の5時。


 本日の作業は終了です。


 私の方も、目的の前段階的な事が完了しました。冒険者ギルドとの伝手ができそうです。

 孤児院の年長の子が、ギルドの雑用……いわゆる社内便のようなことをしているそうです。この町……そうえいば町の名前を知りませんね。ダンジョンの名前は確認しましたが。


 ともかく、4つの大規模ダンジョンが四方にあるため、それぞれを管理……というよりは、そこへと潜る探索者のバックアップをしている冒険者ギルド支部があるため、そことの連絡役を担っているそうです。


 まさに社内便のようなもの。……社内便ですか、私の務めていた会社ではまったく無用でしたね。必要なほど大きくありませんでしたから。そもそも私が社長秘書と経理と溶接を兼任していましたからね。


 ……改めて並べると、溶接が異様に異質ですね。どこで私の人生はおかしな方向にいったのでしょうね?


 それはさておいて、セルマさんに、そこの子にギルドの誰かに私のことを知らせてもらうこととしました。いえ、できればその子を介して、セルマさんに知らせてほしいとお願いしました。


 私と直接会っていない人物を介した結果、即討伐なんてことになったらたまったものではありませんからね。


 近日中に話をすることができればいいのですが。


 もし私を討伐に来るのであればどうするか――?


 死なない程度に再起不能にしてさしあげましょう。実際のところ、ゲームのボスムーブをする騎士など、初見でどうにかできるものではないのです。再現をするためにちょっとした特殊能力も付与しましたからね。


 いえ、大したものではありません。単なる【踏みつけ】です。それも相手を踏んづけるのではなく、地面を思い切り踏みつけるタイプのもの。そう、周囲にちょっとした衝撃波を出すことで、相手をひるませるアレです。実にゲームらしく、そして現実ではあり得ないものです。


 それにまともに対処できるものなどいないでしょう。持たせる得物も斧槍という長物ですからね。バックステップなどで衝撃波を躱したところで、追撃の斧槍を躱すのは不可能というものです。


 その上で再度交渉すればいいでしょう。


 怪我をさせたところで問題ないでしょうしね。いわゆる回復魔法なるものが存在しているですから。きっと再起不能となっても元通りに治ることでしょう。冒険者さんのパーティには神官だか侍祭だかが大抵ひとりはいましたからね。きっとヒーラー枠です。であるならば――


 ……教会への寄進額は大変なことになるやもしれませんね。


 畑エリアに入ると、私はみんなに声を掛けました。


「みなさん、本日の作業は終了です。ご苦労様でした」


 見たところ、ふたつめの畑の収穫もほぼ終了というところです。この分なら、明後日にはすべての畑の収穫が完了するでしょう。


 明日は10時まではお勉強の時間とする予定ですから、本日よりも作業時間は短くなりますが、今日一日の作業で慣れたでしょうから、本日と同程度の結果は出せるはずです。


「お姉さん、まだ明るいよ?」


 トミー君が仕事上がりには早すぎると云ってきました。


 う~ん……これがこっちの常識なんでしょうか? なかなかにハードですね。まぁ、地球でも昔は休日などほぼなかったわけですし、似たようなことなのでしょう。


「えぇ。でももう1刻もすれば真っ暗になりますよ」


 1刻は約2時間。地球でも昔はこんな感じだったはずです。2時間も余裕があるなら、あと1時間くらいは――と思いたいですが、やらねばならない事がありますからね。

 えぇ、汗と汚れを落とさなくてはなりません。


「はい。まだ明るいですが作業はおしまいです。あとは、みんな着替えて帰るだけ、なのですが、その前にお風呂に入りましょう」


 あ、あれ? なぜみなさんきょとんとしているのです?


「おふろ?」


 ケイトちゃんの首が傾きました。


 あ、もしやお風呂を知らない?


 確認してみたところ、その通りでした。やはりお風呂は貴族や金持ちでもなければ、使うことなどないのでしょう。


 そもそもそれだけのお湯の準備が大変ですからね。薪だってタダじゃありませんし、森で拾い集めるにしても、魔物なんてものが存在している以上、簡単に集めあれるものでもないでしょう。


 とりあえずお風呂について説明し、みんなを銭湯へと先導します。


「左側が男湯、右側が女湯となっています。みなさん普段は男女問わずに川で水浴びをしているようですが、ここでは男女に別れてもらいます。

 理由は……云わなくてもわかりますよね、セルマさん」

「は、はい。大丈夫です。ある程度の年齢になったら、タライに水を張って体を拭くようにしていますから」


 あぁ……。いけませんね。どうしても現代日本での常識で動いてしまいます。日本も昔はお風呂なんてありませんでしたしね。


 タライに水……となると行水みたいなものでしょうか? それとも清拭の方でしょうかね? いえ、それはどうでもよろしい。お風呂の使い方を説明しましょう。


 ひとまず皆に男湯の方に来てもらい、設備の使い方を説明します。お湯の温度の調整の仕方とシャワーの使い方。石鹸、シャンプー、リンスについて説明。あとはこういった公衆浴場でのマナー。こんなところでしょうか。


 石鹸の類に関しては実演もしておきましょう。男子最年少のヒューゴ君7歳に実演してもらいます。……まぁ、私が丸洗いするのですが。


 スポンジに石鹸をこすりつけて泡立て、ごしごしとヒューゴ君を洗っていきます。恥ずかしいかもしれませんが、我慢してくださいね。


 ……泡立ちがすさまじく悪いですね。なかなかに長年の汚れは強敵です。これはシャンプーをするのが怖いですね。一度、通り一遍に洗ってから、もう一度洗うことになりそうです。泡立てた石鹸の泡がたちどころに消えるとかびっくりですよ。


 最後にシャワーで泡を洗い流し、レクチャーは完了です。


 あとは男子陣まとめ役のトミー君に任せましょう。


 そして女子陣。こちらにはシャンプー、リンスの仕方について詳しく説明しなくてはなりません。髪は女の命といいますからね。妥協はしませんよ。


 男子はよいのかと? いいのですよ。某マジシャンの方は全身を歯磨き粉で洗っていると聞きます。男性はそれくらい大雑把なのですから、問題ありません。ありませんとも! ……なにかしら大いに間違って得た偏見かもしれませんが。でも父も似たようなものですしね……。


 さて、こちらも後はセルマさんに任せて、私はみんなの服を運んでおきましょう。



 ★ ☆ ★



■トミー


 脱衣所、という部屋に戻って、借りた作業着を脱ぐ。こうして服をみると、今日一日の作業でどれだけ汚れたのかがよくわかる。


 浴場へと入り、お姉さんがヒューゴを洗っていた時のようにして体を洗う。


 ……この黄色いふかふかの塊はなんなんだろう? そういえば、これが使いにくかったらタオル? ……手ぬぐいに石鹸をこすりつけて泡立てて体を磨けって云ってたっけ。


 云われたように泡立て、まずは左腕を磨く。たちまち白い泡が茶色く濁り、泡立ちがなくなる。

 再度泡立て、磨く。そんなことを繰り返し、ついに泡立ちが急に消えることがなくなった。


「すげぇ汚れてたんだな、俺たち」

「にいちゃん、こするとキュッキュする。すげぇ」


 ダンが洗い終わった手を指先でこすり興奮していた。自分もやってみる。あきらかに違う。


 いつもは垢がこそげて出てくるのに。


 俺はダンに視線を向けた。ダンも俺を見ていた。ヒューゴは首を傾げた。


 俺たちは全身を徹底的に洗った。手の届かない背中は互いに洗いあった。髪の毛も、シャンプーっていう液体の石鹸で洗う。こっちもなかなか泡立たない。そういえば、お姉さんもヒューゴの髪を洗っていた時に泡立たないと驚いていたっけ。


 一度シャンプーでざっと洗って流し、もう一度シャンプーをつけて洗う。お姉さんがヒューゴにやっていたように。


 今度は面白いように泡立った。泡立ちすぎて目に入った。痛い!


 慌てて目に入った泡を洗い流す。びっくりした。


 髪も洗い終わり、俺たちはお姉さんが云っていた通り、湯の張られた――お姉さんはなんて云っていたっけ? そうだ、湯舟だ。湯舟に入った。


 体を磨きすぎたせいか、お湯がちょっとピリピリする。おっかなびっくりゆっくりと入り、腰を落ち着けた。


 あたたかい。


「あー……」


 自然と声がでた。


「はー……」


 ダンは大きく息を吐いていた。


 そしてヒューゴは体をこわばらせていた。もしかしたら、ヒューゴにはちょっと熱いのかもしれない。






 風呂から出て、用意されていた大きな手ぬぐいで体を拭く。そして今日着てきた服を――あれ?


「にいちゃん、奇麗になってる」


 ヒューゴが下着を広げている。


 自分のを見てみる。奇麗になっていた。なにより――


「ゴワゴワしてない」

「なんかいい匂いする」

「にいちゃん、お姉ちゃんにお礼いう!」


 ヒューゴの言葉に、俺とダンは顔を見合わせた。


「ダン、どうしよう?」

「ど、どうしようって?」

「だって俺たち、芋をもらうために畑仕事をしたんだぞ」

「うん」

「それが、こんなに服を奇麗にしてもらって、それに繕いもしてあるんだぞ」

「あ、ほんとだ」

「礼、云うだけでいいのか?」

「え、ど、どうしよう?」

「にいちゃん、お礼いう!」


 俺とダンはヒューゴを見た。


 うん。ヒューゴの云う通りだ。






「あぁ、気にしなくていいですよ。商売でしていることではありませんから、報酬のお芋を減らすなんてことはしません。安心してください」


 お姉さん、そういうつもりで云ったわけじゃないよ。


 お礼を云って、お風呂に洗濯まで、報酬が多すぎないかと云ってみたら、お姉さんはまったく気にもしていなかった。


「そんなことよりもこれをお飲みなさい。お風呂から出た後の水分補給は必須ですよ」


 それどころか、そんなこと扱いでお姉さんは瓶入りのミルクを渡してきた。


 どうしよう、お姉さんがいい人過ぎて怖いよ。大丈夫なのか? さらわれたりしない? 無茶してダンジョンに入ろうとしてた俺が心配するのもなんだろうけどさ。


「いいですか、お風呂上がりの牛乳は、腰に手を当てて、ぐいーっと飲むのが作法です」

「「「なにそれ!?」」」


 なんだかわからないけど、そうやって飲んでみた。


 ぷはー。


 凄い。なんだかやたらと気分がいい。なんだこれ!?


 それから少し待って、セルマ姉ちゃんたちが飲んだ後、俺たちはダンジョンから帰った。


 お日様は沈みかけだけど、まだ空は明るかった。


「それじゃ、また明日もお願いしますね」


 手を振って見送ってくれるお姉さんに、俺たちも手を振った。


 よし。明日も頑張ろう。



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