第五話 似ている二人
ビー玉のような瞳とは良く言った物だ。それに加えふわふわと手に優しく馴染む毛並み、こてんと首を傾げる仕草、ちょいちょいと前足で何かを要求してくる小悪魔加減――
「「猫かわいい」」
「はは、ハモってる」
獏はハモったことに少し居心地悪そうにしながらも、猫じゃらしを動かし続けている。反対側で私ももう一本の猫じゃらしを動かし、なんとか気を引こうとしていた。
「にゃあ、にゃ、にゃあ!」
それなのに、さっきからどうも私の猫じゃらしへの食いつきが悪い。獏の方の猫じゃらしにばかり興味津々だった。
「……猫に好かれるコツとかあるんですか」
「ない」
「ぐっ」
私は唇を噛みながら、断腸の思いで猫じゃらしを置いた。戦力外通告だ。昔から動物は好きだったが、なぜか好かれることは少なかった。きっとそういう宿命なのだろう。
猫と戯れる獏に羨望のまなざしを向けることしか出来ない。
「しっかし沙耶ちゃん、よくあの子が迷い子ってわかったねぇ」
「あぁ……瓶から出てきたんで」
「瓶?」
さすがにあの小瓶から突如として現れなければ普通の迷い猫だと見逃していたに違いない。あんな登場のされ方をすれば、いくらカンが悪くたって当然、普通の猫ではないとわかる。
「――なるほどねぇ。
でもさ、沙耶ちゃんは掃除をしていて、その本棚と壁の隙間に挟まっていた小瓶の正体が気になって気になって仕方なかったんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「それ、ちゃんと渡し守の素質あるよ」
覚の形のいい唇が弧を描く。
初めて会った時から今も、メガネのレンズの奥の瞳は笑っていない。だから私は覚と話すのは、少しだけ緊張する。
「迷い子に引き寄せられたのか、或いは呼び寄せたのかはわからないけど、渡し守はこの地において、迷い子を見つけやすいように出来てるんだ」
「えっ、でもそんな特異体質、私にはないと思うんですけど……」
思い返してみても、特にこれといった不思議体験や怪異などに遭遇したことがなかった。特別カンがいい方でもないし、運だってどちらかといえば悪い。
「いやいや、そんなわけないでしょ」
ちょっと待ってな、と言い、覚はメガネを外しテーブルに置いた。そして、じっと私の瞳を覗き込む。
「っ」
覚の灰色の双眸に見入られ、一切の身動きが取れなくなる。
心なしか呼吸も浅くしか出来なくなり、見られているはずなのに、覚は私を見てはいない。なぜかそんな感覚に陥った。
私ではなく、もっと奥の――先の――別の何かを視ているような。指一本すら自分の意思では上手く動かせない。ただふわふわとどこかに身体ごと浮かされているような感覚。
「……沙耶ちゃんは自分が思っているよりだいぶ、霊力が高いよ」
「……え」
「長年、うまぁい具合に隠されていたね。守られていたと言ってもいいのかな」
守られていた。
その言葉に思い当たる人物は、一人だけだった。
「叔父さん……」
またあの柔らかな叔父の微笑みを、まなざしを、温かな手のひらを思い出してしまった。
叔父は私の知らない所でも、私を守り続けてくれていた。
優しさがじんわりと波紋のように胸に広がる。あまくて、せつなくて、いとおしい痛みに鼻の奥がツンとなった。
「渡良瀬は本当に沙耶ちゃんを大切に思っていたんだねぇ。
……となると、ますます渡し守の鍵を渡した理由がわからないな」
「……そう、ですね」
覚の言う通りだった。本当に私をこちら側から遠ざけたかったとすれば、易々と渡し守の鍵を渡すことなんてないのではないか。
悲しいかな、辿り着くのは結局いつもそこだ。
「……今は」
「うん?」
「叔父の真意はわからないし、この少ない判断材料では決めたくもないんです。叔父が私を渡し守にしたかったのか、それとも遠ざけたかったのか……どちらかを判断するには私は何も知らな過ぎる。叔父のことも、渡し守のことも、幽世や、あなた達のことも。
だから、自分がどんな決断をして、どう折り合いをつけていくかは、しっかりと自分の目で見て、感じてから決めたいんです」
叔父が生きたこの町で、軌跡を辿りながら、渡良瀬凌を拾い集めていく。そうすれば少しは何かが見えてくるかも知れない。
「……君は、想像以上に、渡良瀬凌に似ているね」
覚がぽつりと呟いた。
どこが似ている、とは言わなかった。
けれど、私には十分すぎる褒め言葉だった。
「……光栄です」
読んで頂きありがとうございます!
猫は正義です。犬も正義です。




