第四十話 終わっちゃう
ホットプレートでじゅうじゅうと焼かれるカルビを全員が黙って眺めていた。カルビの他に、鶏のせせり、ピーマン、キャベツ、かぼちゃなども綺麗に乗っている。
なぜ私達が呑気に焼肉をしているかというと、どうやら天舞なりの労い、らしい。
夢魔の件で幽世警察から事情聴取を受けた獏と私が解放されたのは、空が暮れなずむ頃だった。
二人で天舞へと報告をしに緊急対応室へ向かうと、そこで待ちかまえていた天舞が言ったのだ。
「今夜は焼肉だ」
カルビの表面がじんわりと汗をかいてくる。
中でも真剣な眼差しで肉を監視していた天舞は、最後の仕上げにカルビを裏返した瞬間「今だ!」と戦闘さながら……いや、むしろそれよりも遥かに鋭い声で叫んだ。
私はその声に合わせて素早く箸を持つ。躊躇なく肉を掴みタレに潜らせてから、カルビを口に放り込んだ。
「ん〜〜!」
ほっぺが落ちるとはこのことか。
口内に広がる甘い脂、数回噛めば事足りる肉の柔らかさにご機嫌で舌鼓を打っていた。
獏はというと、全然乗り気じゃないのか、やや焦げたかぼちゃをずっと箸でつついている。
天舞はそんな獏を見て舌打ちをしながら、ぽいぽいと程よく焼けたカルビを獏の皿へと投げていく。
「……ちょっと。俺、別にこういうの食べなくても問題ないんだけど」
獏の主食が悪夢。
私がそれを知ったのはつい昨日の話だ。
獏は今もカルビには目もくれず、箸の先でかぼちゃをちょんちょんとしている。
天舞は空いたホットプレートの隙間に牛タンを乗せた。
テーブルには天舞お手製の刻みねぎ塩レモンだれもしっかりと準備されている。
天舞はスプーンでねぎ塩レモンだれをすくうと、牛タンの半分側に器用に置いていく。肉の色がほんのり変わった頃、くるっと折りたたんでネギを蒸し焼きにするらしい。
「食わなくて問題ないなら、食っても問題ないだろ」
肉の焼ける音だけが室内に響く。
牛タンにさっと火が入ると天舞は物凄い剣幕で「お前ら、かかれ!」と叫んだ。
私は箸を持ち、すかさず牛タンをすくう。
包まれたねぎ塩レモンだれを落とさないように慎重に皿まで運んで、数回ふぅふぅしてから口に入れた。
「ん〜〜! これまた……最高でひゅ……」
「当然だ」
天舞はお得意のドヤ顔を披露してから、ネギ塩レモンだれを自分の分の牛タンに乗せた。
「………」
獏はその間も口を一文字にして、皿に積まれたカルビを黙って眺めていた。
「ちっ……焦げんだろうが」
言いながらやや端が焦げ、天舞的食べ頃を過ぎてしまった牛タンをぽいっと獏の皿へと追加した。
獏は顔を顰めて、カルビの上に積まれた牛タンを見つめている。
数秒、牛タンを眺めた後、何か覚悟を決めたような面持ちで箸を持ち直し恐る恐る口に運ぶ。
手に汗握りながら、それをじっと見守る私の皿に天舞は、ぽいと牛タンを追加した。
……獏の反応は気になるが、牛タンもあつあつで食べたい。私は獏から目を離さずノールックで牛タンを口に運ぶ。
獏はしばらく咀嚼をしていた。
「…………」
ごくん、と獏の喉が動く。
絶えず肉の焼けるいい音が聞こえていた。
獏はホットプレートの上に乗った肉をじっと見つめる。
「……美味い。なんで……」
自然と出た言葉に、自分でも戸惑っているようだった。違和感を確かめるようにそのまま箸を伸ばし、ホットプレートから何も乗っていない牛タンをもう一枚取った。
「――待て」
そのまま口に運ぼうとした獏を制止して、天舞はネギ塩レモンだれをそっと獏の牛タンの上にスプーンで落とした。
獏はオシャレした牛タンをまたしばらく数秒ほど見つめると、くるっと箸で器用に包んで恐る恐る口に運ぶ。
「……美味い」
そして更に、二枚、三枚と皿に乗っていたカルビを掴み、タレにつけてから頬張る。
天舞は、ちらりと横目で確認しながら「ちゃんと噛んで食えよ」と言って追加の肉をホットプレートに乗せた。
肉の焼ける、じゅう、という音は、心なしかさっきよりもご機嫌に聞こえた。
「ほら」
私の皿にも良い焼き加減のカルビが置かれる。
「天舞さんも食べてくださいよ」
「食ってるよ」
「うそだぁ」
私は取り分け用のトングを掴んで、天舞の皿にもカルビを乗せる。
「あ、おいっ……」
天舞は慌てて制止するも、今回ばかりは私の方が早かった。
皿に乗ったカルビを眺めながら眉間に深い皺を寄せる。
「……ちょっと焦げてんじゃねぇか」
「あはは」
「あははじゃねぇ! 大体な、俺は自分の好きな焼き加減があんだよ。勝手なことすんな!」
「わぁ。焼肉奉行ですね……」
「ちょっと引いてんじゃねぇよ」
文句を言いながらもちょい焦げカルビを口に運ぶ。
「……三十点だな」
「ええ?! 言うほど焦げてないですよ!」
「焦げてんだろうが!」
なんて小声を言いながらもしっかり食べてくれるあたり、意外と優しい所もあるもんだと思ってしまうくらいには、私もすっかりここの生活に慣れてしまったようだ。
その横からそろりとホットプレートの鶏せせりに箸を伸ばす獏。
ぱしん!
すかさず天舞に手を叩かれる。
「鶏、豚はしっかり火を通せ」
「……ん」
獏は大人しく箸を置いて、天舞が焼いてくれるのを待っていた。
(ちょっと可愛い……)
「……いただきます」
皿の上の鶏せせりを頬張る獏は、さっきまでとはまるで違う顔をしていた。
誰かと食べるご飯って、おいしい。
私も昔から食事は一人で済ませることが多かった。
だからこそ叔父と食べたあの夏のご飯の味は今でも忘れられないし、ずっと幸せな記憶として残っている。
獏にとっても、今日食べた焼肉の味が、誰かとご飯を食べた幸せな記憶として残るといいなぁ。
そんなことを思ったりした。
獏は皿の上の最後のカルビを見つめて、小さく呟いた。
「……終わっちゃう」
多分。
食べ終わるのが惜しいわけじゃない。
この時間が終わってしまうことへの「終わっちゃう」だった。
私は自分の皿から獏の皿の上へカルビを乗せた。
獏は驚いたように目を丸くして私を見る。
「……また一緒に食べましょうね、ご飯」
うん、と獏は頷いてカルビを箸で掴んだ。




