第三十話 五人目?
「はぁ。今日も働いた……」
渡し守見習いとなって早くも一週間。本日も無事労働を終え、前払いで頂いたお給料で買った栄養ドリンクのキャップを捻る。
結局、濡れ女を捕まえた懸賞金は私達へは支払われなかった。
厳密に言えば、実際は三界名義から即日振り込まれたそうだが、先日とある守護あやかしが幽世で乱闘騒ぎを起こした際、破損したオブジェや店の修理費という形で、先ほど幽世から丸々差し引かれてしまったというのだ。
「にゃあああああ!!!!」
猫又は怒り狂い、テーブルに積み上げたスイーツカタログを全てひっくり返し、獏も眺めていたカタログを無言で丸めてゴミ箱に捨てた。覚はというと「他人様に迷惑を掛けたなら仕方ないなぁ」といつもの調子でヘラヘラはしていたものの、目の奥はしっかりと笑っていなかった。
天舞は――無言でパソコンのキーボードを叩き続けている。
強い指圧で叩かれるキーボードからは、未だかつて聞いたことのない音が鳴り響いていた。私がキーボードなら、三打撃目くらいで死んでいると思う。
「そういえば、幽世で乱闘騒ぎを起こした守護あやかしって誰なんです?」
一人ずつ指をさす。
「……猫又?」
「はぁ!? 違うわよ! アタシは知性と品性あふれる猫又よ? 乱闘なんかするわけないでしょ!?」
「知性と品性……」
さっき見た鬼の形相でスイーツカタログをひっくり返していた猫のあやかしは、一体誰だったのだろうか。
「じゃあ獏さん?」
「そんなわけないでしょ」
「まぁ確かに。面倒くさ……とか言ってわざわざ乱闘するタイプには見えないですもんねぇ……。あ、覚さんは意外としそう」
「ん? ボクが?」
「案外と短気な所ありますよね」
猫又がバレてらぁとけらけら笑う。
「おかしいな。沙耶ちゃんの前で怒ったことなんかないはずなんだけど」
「というよりいつもほんのり怖いですよ。今も目の奥が笑ってないんですよね……」
「ええ?」
「ほら」
メガネのレンズで上手い具合に誤魔化されているが、ニコニコしているようで大抵目が笑っていない。
例えるなら詐欺師だ。以前、結婚式場のスタッフをした時に偶然見かけた結婚詐欺師と似た目をしている。あの時は警察沙汰になって大変だった。
「今、すごい失礼なこと思ってるよね」
「……いえ」
「ボクが結婚詐欺師に似てるって?」
「ちょっ……私の心を読みましたね!? 酷いですよ! エッチ! どスケベ!!」
「はいはい褒め言葉」
覚は私の罵詈雑言も意に介さず、点けていたテレビを観始めた。ここはどうやら現世の番組も幽世の番組も受信できるようで、ちなみに今放送されているのは『ろくろ首の居酒屋探訪記』という番組だ。
「お、いい女だねぇ」
「覚……アンタ、ああいう首の長い女が好みなの?」
「色っぽいだろ?」
「長すぎでしょ」
「それもそうか。そういう獏はどんな女が好みなんだ?」
「はぁ。いいよ俺はそういうの」
「出た! スカシの獏!」
「変な通り名つけないでくれる?」
「あのね……そんなんじゃ一生独り身よ?」
「別にいいよ。ていうかあんたらだってそれは同じじゃん」
「ははっ、それはそう」
「はぁ? 一緒にしないでくれる!? アタシは別にモテないわけじゃないから!」
居酒屋探訪記そっちのけであまりにも普通に恋バナを始めるあやかし達。
なんというか、かなり普通だ。
というか、長命なあやかしにも誰かと添い遂げるとかそういう概念があるのか。
(意外だけど……まぁ、長い人生の中で好きな人の一人や二人くらい出来るか)
あやかしが住む町で暮らし始めた私が感じるのは、案外あやかしと人間に大きな差異はないということだ。
あやかしは人間よりも寿命が長く、人には扱えない能力をそれぞれが持っている。
特筆して差異を挙げるのならそれくらいだろう。それ以外は殆ど何も変わらない。
見た目だって、例え同じ人間同士であろうと国が違えば目や髪の色が違うのは当たり前だし、あやかしだって同じだ。
考え方が違うのも生まれた場所、流れる時間、触れる文化が違うのだから合わなくて当然だし、そんな中で彼らも普通に金銭を支払って買い物をする。
ご飯を食べるし、仕事をしている。行列にも並ぶし面倒な手続きだって踏む。
人間とあやかしは同じように一所懸命、日々の生活を営んでいる。
私がすんなりあやかしという存在を受け入れられて、こうして溶け込めているのは、良くも悪くも彼らが普通の人だったからだろう。
「沙耶だってどうせ恋人いないわよね!? ここにいる奴らはみんな同じよ! みんな同じ穴の狢!!」
猫又に突然腕を組まれたかと思ったらすごく失礼なことを言われて、私のエモーショナルな時間は強制終了となった。
「ちょっ……私、恋人いないなんて言いました?」
「何よ、じゃあいるの?」
(いないけど。いたことないけど!)
「ええ!? 沙耶ちゃん、恋人できたことないの? それは……寂しいね。可哀想」
結婚詐欺師に似ていると言われた仕返しだろうか。覚がわざとらしくメガネを外して、涙を拭く真似をした。
ええ、何この人。
「ちょっと沙耶、アンタ、渡し守の仕事も大事だけどリアルもちゃんと充実させなさいよ。アタシらと違ってアンタは寿命が短いんだから。まばたきしてる間におばあちゃんになっちゃうわよ!」
「あはは、そんな馬鹿な」
猫又に脅かされ軽く笑い飛ばすも、長命のあやかしからしたら人間の一生なんてまばたきくらいの体感なのかもしれない。
このままあやかし社会で生きたら、周りが歳を取らないのを良いことに己の老化にも気付かず適齢期をとうに過ぎていた、なんてことも大いにあり得る。
「……いつか独り身が心細くなった時は、誰かいい人を紹介してください」
「あやかしでもいいの?」
「それは考えさせてください」
そんなやりとりを騒がしくしていると、突然ダンッッッ!! という鈍い音が響き渡る。
その場にいる全員が音の発信源を見た。
「テメェら……うるせぇぞ……」
あの鈍い音は天舞がエンターキーを押す音だった。エンターキーもまさか、自分からそんな声が出るとは思ってもいなかっただろう。
「天舞、物に当たるのは良くないよ。パソコンも高価なんだからね?」
「チッ」
覚に宥められるも天舞の舌打ちは止まらない。
「……覚、猫又」
低い声で名を呼ばれて、二人は顔を見合せてから天舞の前へ渋々立った。
天舞のこの威圧感を前にしても渋々、という感情を少しも隠そうとしないのはさすがだと思う。
「“あいつ”を今すぐ連れ戻してこい」
「げぇ」
猫又はすぐに顔を顰め、覚も渋い顔をした。
「連れ戻すのはいいけど、そもそも“あいつ”って天舞の指示で潜入捜査中じゃなかった?」
「ああ、そういえばそうだったな。だよなぁ。やっぱり俺の記憶違いじゃないよなぁ?」
「あ、やば」
覚が気付いた時にはもう遅い。
その目はバッキバキに血走っており、背後にはもはや業火すら見える。エフェクトいらずのセルフ業火だ。
「俺は“潜入”捜査しろっつったよなぁ?! 派手に暴れていい許可なんざ出した覚えはねぇ!!」
だんっ! と天舞はテーブルを殴った。
未だかつてないほど怒り狂っている天舞の迫力にさすがに萎縮しそうになるが、渡し守見習いとなったのだから、なるべく傍観者ではいたくない。
「……あのぉ、すみません」
私は恐る恐る挙手をして聞いた。
「“あいつ”って……誰ですか?」
「ああ?!」
「ひぃっ」
まぁまぁ落ち着いて、と覚が天舞を宥める。
モノホンの天狗の、ガチモンの威圧感はやはりレベチで恐ろしいものがある。
「あ、そっか。沙耶は“あいつ”にまだ会ってないのね!」
「そう、なるのかな……?」
その“あいつ”が誰なのかすらわからない私は曖昧に頷いた。
「“あいつ”もね、アタシらと同じ守護あやかしなの」
「えっ、まだいるの?」
「えぇ! とりあえず渡良瀬が守護あやかしに任命したのは五名。天舞、覚、獏、アタシ、そしてもう一人。で、そのもう一人が」
「幽世で乱闘騒ぎを起こして器物破損」
猫又の説明に被せるように天舞が言葉を重ねた。
「……えっ、あ、じゃあ、懸賞金がすべて補填に回されたっていうのは」
「そいつのせいだね」
さすがの覚もため息混じりで肩を落としている。
しかし幽世で乱闘騒ぎとは、もしかしてなかなかに荒くれ者なのではないか……?
果たしてこんな貧弱な人間の小娘と仲良くしてくれるのだろうか。一抹の不安が過ぎる。
「裏から手ぇ回してなんとか大事になるのだけは防げたが、金はふっかけられ、あいつの面は無事割れて潜入捜査は打ち切り……。こんな不利益ばかりを被ったまま大人しく引き下がれるか!? 答えは否だ!」
天舞は熱弁の末、再びテーブルを強く叩く。その前にテーブルに置かれたコーヒーをさっと下げた覚はさすがだ。
何より、裏から手を回したとかなんとか、限りなく黒側の言葉を聞いた気がしたが、そこには誰も突っ込まないので聞かなかったことにした。長いものに巻かれることも時には大事だ。
「だというのに“あいつ”はいつまでもふらふらとほっつき歩いて帰って来やしねぇ。普通は報告書まとめて即謝罪だろ? ああ?!」
「まぁまぁまぁ。ほら、天舞、一旦コーヒーでも飲んで」
覚がコーヒーを差し出すと天舞は大人しく受け取り、口を付ける。コーヒーを三口程飲むと、覚が持っているソーサーの上にコーヒーカップを置いた。
「……まずは言い訳の一つでも聞いてやる心づもりではある。お前らは今すぐ“あいつ”を連れ戻してこい。うちの天狗も好きに使っていい」
「え〜〜……アタシ、三日後にお取り寄せスイーツが届くんだけどぉ」
口を尖らせた猫又を天舞がギロリと睨みつける。
「じゃあ三日で帰れるようにすればいいじゃねぇか。それが出来ねぇならお前の仕事が遅いだけ。違うか?」
猫又はぷくぅっと口をいっぱいに膨らませて「ほんとこいつ嫌い!」と叫びながら部屋を出ていった。
「あやかし界では未だにパワハラが罷り通っているから仕方ないね……」
覚も肩を竦めながら、ヒラヒラと手を振って出て行ってしまう。
緊急対応室に残されたのは天舞、獏、私のみ。
なんとなく沈黙が気まずくなり、とりあえず質問をしてみる。
「……天舞さん。私と獏さんは探しに行かなくていいんですか?」
「は? お前は渡し守だろうが。人探ししてる暇なんかねぇよ」
「で、ですよねぇ」
それはそう。
でも、じゃあ、獏さんは?
ちらりと横顔を盗み見ると、相変わらず怠そうに猫背で欠伸をしている。
「――獏」
天舞に呼ばれて、ぴくりと体を動かした。背筋はさっきと比べてもさほど伸びてはいない。
「お前は明日からしばらく渡良瀬沙耶の補佐に回れ」
「……は?」
「見ろ、この溜まりに溜まった書類の山を。俺は今からこいつらをさばく。忙しいんだよ。
従って、俺が今そいつについて回ることは不可能だ。そして手が空いている守護あやかしは現状、お前しかいないだろう」
「…………」
獏は二十秒程、無言で私を見ていた。
穴があくほど、とはこういうことを言うのだろう。
あやかしとはいえ、現世でもなかなかお目にかかれない綺麗な顔面に見つめられ続けて、そういったことに疎い私もさすがに照れる。
「え、えへへへ……」
「ヘラヘラすんな、気色悪い」
そして、ようやく芽生えた乙女心は間髪入れずパワハラ毒舌上司によってへし折られるのだった。
「……まぁ、いいや。あくまで補佐だもんね。うん、わかった」
この数十秒、色々と葛藤をして、なんとか折り合いを付けたのだろう。獏は私の補佐を務めることを承諾した。
そもそも、上司から仕事を言い渡されて、目の前で渋りながらそんなに熟考する部下、見たことないけどな。
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げる私を、獏はちらりと横目で見た。
「ん」
それだけ言うと適当な雑誌を手に取り、ソファへ寝転んだ。
そして雑誌を開いて顔に乗せ――数秒後には、規則正しい寝息が聞こえてくる。
「……」
今も忙しなくキーボードを叩き続けている天舞は何も言わない。
慣れているのだろう。
「え、ええ……?」
どうやら私が知ってる補佐、とは少し意味が違うのかもしれない。
(って、そんなわけあるかぁ!)
虚しくノリツッコミをした所で返ってくるのは寝息とキーボードの音だけ。
そんなカオスの中で、私だけが一人立ち尽くしていた。
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