第二十七話 三界
――幽世某所
「――以上の点から、渡し守の後任については慎重になるべきです」
モニターにはいくつもの顔が浮かんでいる。
幽世と、現世、そして天界という三拠点で離れていてもこうして会議が出来るようになるなんて長生きはするもんだな、と唯一思ったりもした。
そうでなければ、こんな退屈な奴らと顔を合わせてクソ退屈な会議をしに行く為だけに遥々出張をしなくてはならないのだから。
相も変わらず退屈な顔しかいないな、と天舞は小さくため息をついた。
「いやね、烏丸くん。そうも言っていられないだろう。迷い子は今も増加傾向にあるし、それも元より渡し守が果たしていた結界が綻んでいるからじゃあないか!」
一人の退屈代表の男がそう言い募れば、同様に退屈を顔面に張り付けた男達もそうだそうだと捲し立てる。
「前任の渡良瀬凌の姪が自ら志願しているんだろう? 霊力も資質もなんの問題もない。何より渡し守の鍵は彼女に呼応したというじゃないか」
――確かに。
確かに渡し守の鍵は渡良瀬沙耶の声に、想いに反応を示して熱を帯びた。そして対象者である浅田健二の記憶を彼女の中に流し込んだ。
それは間違いなく鍵が渡し守の素質ありだと認めたという証拠に他ならない。
何より渡し守の鍵は“普通の人間”には目視することすら不可能だ。
極めつけに前任の渡し守である渡良瀬凌が自らの意思で渡し守の鍵を彼女へ預けた。
これらの条件がすべて揃った逸材を、この“お偉いさん”達がみすみす逃すわけがなかった。
天舞はマイクに乗らない程度に小さく舌打ちをして、ブラックコーヒーを流し込んだ。
近くに控えていた覚はそれを見逃さない。
「……わかりました」
天舞が低い声で承諾すると「おお! やっと理解してくれたか烏丸くん!」とお偉いさんは嬉々として声を上げた。
天舞は淡々と続ける。
「渡良瀬沙耶を一時的に渡し守のポジションに配置します。しかし扱いはあくまで渡し守見習いということで。引き続き彼女に渡し守としての権限はほぼないと思ってください」
「……なんだって?」
「連名でそこに私の名を置かせて頂きます。結界云々の話はやや引っかかる所がありますので現在調査中です。ですから、こちらが明瞭になるまでは私共天狗が代用の結界を張らせていただきます。
渡し守の結界に比べると心もとないですが、どうかご容赦ください」
反論は許さないと言わんばかりに息継ぎもほぼなく言い切る。お偉いさん達は騒然とした。
なぜ素直に渡し守の座を渡さない!? そんなに渡し守の役職が欲しいか? 欲に目が眩んだか!? などと好き勝手言いたい放題だ。
覚も冷めた目で三界の誰かが決めた役員という名のお偉いさん達を眺めていた。地位と権力に胡座をかき、臭い物に蓋をすることが当たり前の給料泥棒達だ。
天狗一族である天舞ならいざ知らず、ただの天舞の腰巾着扱いをされている覚が彼らに意見することなど到底許されない。だからこそ、何も言わず、すべてを見透かしながらも冷めた瞳で見つめていた。
どいつもこいつも似たような、つまらない顔だ、と天舞はいつも言う。
覚は、まったく同感だ、と静かに息を吐いた。
実際、渡し守の立場は別にそんなに強くもない。こういった公の場での発言権は与えられるが、あくまでこのお偉いさん達が動かす“社会”の歯車の一つでしかないのだから。
そもそも天舞はあやかし界でも位の高い天狗だ。
そんな天狗が、つまらないお偉いさん方が作った役職になど執着するわけがないのだ。
なにより渡し守はあやかしには務まらない。霊力が高く、魂が澄んでいる限られた人間にしか本当の意味でなり得ないというのは、あやかしなら誰もが知っている常識だった。
「……とにかく、渡し守の守護あやかし筆頭であるこの私の認めがない限り、渡し守は正式には決まらない。あなた方がどんなにお偉いさんでも、です。
それだけはお忘れなきよう」
失礼します、と言い天舞は通話を強制終了して、パソコンの電源も落とした。
はぁぁぁぁ……と深い息を吐いた天舞の前に「お疲れ様」と覚は新しく入れ直したコーヒーを置いた。
天舞は苛立つとブラックコーヒーを飲む速度が異様に早くなる。
覚はそれを知っている。
その証拠に会議中に一度入れ直したにも関わらず、今下げたばかりのコーヒーカップの中はすでに空っぽだった。
「今日もクソつまらなかったな」
目頭を押さえながら天舞は呟く。
覚はずっと不思議に思っていたことがある。
天舞はなぜ、渡良瀬沙耶を正式な渡し守に据えないのだろうか。
正直、こればかりは覚もお偉いさん方に賛成だった。
渡し守がいれば結界は強固な物となる。迷い子も減る。仮に迷い子が現れたとしても、渡し守がいれば在るべき魂は在るべき場所へと迅速に送り届けることが出来る。
それが長い間、この三界の秩序を守ってきたのだ。
だというのに、天舞は渡良瀬沙耶を渡し守にすることを初めから渋っていた。
覚にはわからなかった。
「……ねぇ、天舞」
「あ?」
「なんで、沙耶ちゃんを渡し守にしたくないの?」
天舞は何も答えない。
覚は畳み掛けるように言葉を重ねた。
「実際あの子自身はやる気だし、あの子の性質的にも向いてると思うんだよね。何より結界問題は早めになんとかしないとだろ」
天舞がじっと覚を見つめる。
覚は珍しくその目を逸らした。
覚は天舞の心の内は絶対に視ないと決めているからだ。
天舞もそれをわかっているからこそ、覚には嘘をつかない。誤魔化したりもしない。
「……俺達が渡し守の守護あやかしになって大体四年だ」
「まだそんなもんか」
「そうだ。まだ四年だ。
ずっと不思議だった。渡し守――渡良瀬凌とは特別懇意にしていたわけでもない。ましてや偶に顔を合わせる程度だった俺やお前、獏をわざわざ守護あやかしに任命した。それが四年前だ」
――四年前。
渡良瀬凌は突然、自分が渡し守に就任した当初から渡し守の守護と補佐を役目とする守護あやかし達を全員解任した。理由は循環が目的とされていたが、解任されたあやかし達も詳細は不明と語った。
実際、守護あやかし五名の内の四名は渡良瀬凌が渡し守に就任する何代も前から守護あやかしを務めていたこともあり、その理由は妥当ではあったものの、突然の一斉解任に違和感は拭えなかった。
そして後任として渡良瀬凌が直々に指名したのが、以前から交流があった猫又、そして顔見知り程度の天舞、覚、獏ともう一人のあやかしの計五名だった。
「突然の守護あやかしの交代、早すぎる渡し守の死、都合良く現れた霊力の高い姪、そして渡良瀬凌がその姪――渡良瀬沙耶に渡し守の鍵を預けたのが五年前……」
「……タイミングが良すぎる、か」
天舞はずっと怪しんでいた。
大体、渡良瀬が自分に守護あやかしになってくれと頭を下げにきた日から、何かがおかしいと感じていた。
実際、三度は断ったのだが、渡良瀬凌はそれでも天舞の元へ通った。
「天舞くん、君にしか……君たちにしか頼めないんだ。頼むよ」
そう言って何度も頭を下げた。
烏天狗の頭領として渡し守とは定例会や町のちょっとしたトラブルがあった際に顔を合わせてはいたが、“君にしか頼めない”と言われるほど親密になった記憶はない。秘密を分かちあったこともない。
だからこそ四度目で天舞は頷いた。
(何もなけりゃそれでいい。だが、もし何か意味があるとしたら……)
そして、渡良瀬凌は突然死んだ。
遺体はすぐに回収されてしまい詳しく調べることは出来なかったが、天舞はまだ渡良瀬凌の突然死について釈然としないままだった。
「沙耶ちゃんは、渡良瀬の死因について調べようとしている」
覚がメガネを外し、目薬をさしながら雑談のノリで話す。
「……だろうな」
「あ、やっぱ気付いてた?」
「渡し守やりたいってのもまぁ、叔父のことが知りたいっていうので嘘じゃねぇと思うが、本当の目的はこっちだろ」
「さすが天舞。しかもあの子、ボクらがそれに気付いていないと思ってる。あれで騙しているつもりだよ。ボクに隠し事なんかそう簡単にできるはずないのにねぇ」
けらけらと覚が笑う。
自分も相当だが、こいつもイイ性格してるよなぁと天舞は内心思うのだった。
「……とりあえず上がうるせぇから渡良瀬沙耶は本日付で渡し守見習いという扱いにしておく。正式な渡し守が決まるまで、俺も渡し守と同等のポジションでやらせてもらうつもりだ」
「へぇ。まぁ、いいんじゃない? 天舞がそうしたいなら」
覚は意味ありげに笑って、再びメガネをかけ直した。




