第二十五話 かっけぇ
「無理! ムリ! 無理ぃぃいいい! ぎゃあああああああああああ!」
耳を劈くような悲鳴に天舞が満足気に口角を上げる。
「……始まったな」
「あはは、沙耶ちゃん逃げろ逃げろ〜」
覚は楽しそうに声を上げて笑い、猫又は「うるさぁっ」と猫耳を折りたたんだ。
女の悲鳴を聞いて狼狽えているのは、その場で唯一の人間である拓人だけだった。
あやかしってやっぱり怖い奴らだ、と拓人は思う。
下手したら、自分のせいであの人間のおねえちゃんは死ぬかもしれない。そう思うと気が気じゃなかった。
だというのにここに揃ったあやかし達はあんな悲鳴を聞いても笑っている。誰も助けようとはしない。
(なかまなんじゃないのかよ……)
金の髪の偉そうな天狗のあやかしに「ここから出るな」と言われたので律儀にそれを守る拓人は、そこで膝を抱えて座っていた。
天舞は覚にいれてもらったコーヒーを飲みながらドカッとソファで足を組み、覚もその向かい側に座ってコーヒーを飲み始める。猫又は沙耶が拓人用にと先程準備した来客用の菓子に手を伸ばし無遠慮に貪り始めた。
(なんなんだよ、こいつら……)
どこか遠く、いや、そんなには遠くない場所でまた悲鳴が響いて、拓人はびくりと体を震わせた。
堪らず問いかける。
「……あのねぇちゃん、しんぱいじゃないのかよ」
全員が拓人の方を見た。
そして笑った。
「微塵も」
「大丈夫よ!」
「なんとかなるなる」
あまりにもあっけらかんと言うので拓人は答えに困った。もう少し取り繕うと思っていたのだ。だって大人はこういう時、子供に夢を見せる。
心配でたまらないよ。出来るなら代わってあげたいくらい。可哀想に。
もしくは、彼女を信頼しているから大丈夫だよ。なんて、教育に当たり障りのないことを言う。
しかし今この瞬間、命懸けで戦っている仲間がいるというのに目の前で呑気にコーヒーを飲みながらお菓子を食べているあやかしは、揃いも揃って心配していないと言った。
拓人の周りにこういう大人はいなかった。
母親が亡くなった時でさえ、遠巻きに「可哀想」「まだ小さいのにどうするのかしら」「お母さんがいないなんてねぇ」とヒソヒソと話す癖に、拓人本人には「何かあったら頼ってね」だとか「今は泣いてもいいのよ」だとか「天国のお母さんの為にもあなたが幸せにならないと!」だとか、何かそういう薄っぺらい話ばかりされた。
子供でもわかる。
この人達の言葉はその場限りの物だということを。実際何かあったとして頼ったら困った顔をされるし、天国なんか本当にあるかもわからないし、泣いた所でお母さんは戻ってこない。
この周りの大人達は母と違い、自分を無条件に愛し、守ってはくれないのだと思い知れば知るほど拓人は母親が恋しくなった。
とはいえ人間の大人も当たり障りのないことを言って嘘はつくけど、亡くなった母に会えるとあやかしに騙されて今、自分はここにいる。
人間もあやかしも嘘ばかりだ。
そんな風に思った矢先の、これだ。
目の前にいるあやかし達は薄情で怖い。だけど嘘はつかない。
拓人は再び問いかける。
「あのねぇちゃん、しんじゃったらどうするの……?」
ぴたり、と、コーヒーを飲みかけた手が止まり、天舞はソーサーにコーヒーカップを置いた。
「死なねぇ」
低い声で、そう言い切る。
「わ、わかんねぇじゃん……だってあのねぇちゃんにんげんだし! おまえらはあやかしだからつよいのかもしれないけど、ねぇちゃんはにんげんじゃん!」
人間は弱い。
病気や事故で突然死んだりする。拓人はそれを誰よりもわかっている。あやかしはきっとそれを知らない。だからこんな風に悠長にしていられるんだ。
声を荒らげる拓人を、ぎろりと鋭い眼光で天舞が睨み付ける。その威圧感に思わず背筋が凍った。
「死なねぇっつってんだろうが!
……なんでかわかるか?」
突然問いかけられて、拓人は首を横に振る。天舞はそれを見て「はっ」と鼻で笑って言い放った。
「あいつは死なない。俺はあいつを信じているからな……
とでも言うと思ったか?」
「……え?」
「欠片も信じちゃいねぇよ、あんな小娘」
一拍置いて、天舞は拓人を真っ直ぐ見据えて言い切る。
「いいか? 俺が信じてんのは俺だけだ。そして俺は何より“無益”という言葉が嫌いなんだよ。従って、この俺がここにいて、無益な死なんか万に一つも有り得ねぇ」
拓人はすっかり圧倒され、ぽかんと口を開けたまま何度もまばたきをした。
それを横で聞いていた猫又は「自意識過剰うっざ」と鬱陶しそうに顔を歪め、覚は相変わらず面白そうに笑っていた。
天舞は猫又の態度にへそを曲げたようで「事実だろ」 と目をつり上げ怒っているが、当の猫又は素知らぬ顔でチョコレートの包み紙を開いている。
拓人は不思議ともう、そのあやかしのことを恐ろしいとは思わなかった。
(このひと、ほんとにうそついてない)
胸の奥にずっと渦巻いていた不安が少しだけ小さくなる。
「かっけぇ……」
子供らしく目を爛々とさせて天舞を見つめる拓人に気が付いた覚は、静かに笑って、またコーヒーカップに口をつけた。




