第二話 渡し守
――渡良瀬凌、自宅一部
「で、どうする? 後継の目処はついてんのかい?」
テーブルにどかりと脚を乗せてそいつは言った。態度と図体だけはデカいが見掛け倒し、権力者には媚びへつらい、下の者にはこの態度。昔から大嫌いな朱の盆を一瞥して烏天狗の天舞は続けた。
「後継は今すぐに決めずとも良いかと。渡し守は霊力が高ければ務まるというわけでもありますまいよ」
「なら、その間はどうすんだ? 誰が迷い子を引き受ける?」
「……我々で担いますよ」
朱の盆は鼻で笑い、どこから持ち込んだのかたばこを一本取り出し火をつけた。独特な香りが充満して、天舞は不快感を隠すことなく顔を顰める。
「……やっぱ不味いな、人間のたばこは」
「それなら吸わないでください。ここ禁煙ですよ」
「チッ……あやかしの癖にちぃせぇこと言いやがって。大体どこもかしこも禁煙、禁煙って! 人間様の真似事かい?」
「たばこは我々あやかしにも毒でしょうが」
「俺たちは簡単に死にゃあせんよ。どこぞの人間とちがってな」
その言葉に天舞は目を伏せる。
渡し守――渡良瀬凌が、身罷ったばかりだからだ。
渡良瀬凌は人間の中でも特に早世だった。齢三十四。まだ赤子レベルだ。
同時に人間の弱さ、儚さ、脆さを思い知る。
これが渡良瀬凌の元々の寿命だったのか、それとも幽世を渡り過ぎてしまったのか。
だとするなら、人間にこの役目を押し付けている三界は、なぜそのような酷なことをするのだろうか。
――コン、コン、コン
等間隔の独特なノック音が響く。そのノックだけで扉の向こうに誰がいるのか天舞にはわかった。
「獏か。入れ」
「話し中ごめん」
獏は天舞と同じように朱の盆を一瞥すると、軽く会釈をした。その視線に低い好感度が滲んでいて、思わず笑ってしまった。
「……思わぬ収穫だよ」
そのすぐ後ろから現れたのは覚だった。「ほら入って!」と覚に背中を押されて入ってきたのは――まさかの生きた人間の女だった。
「……は? おい、お前ら何考えてんだよ。こんな所に生身の人間なんか連れてきて…!」
うっかり“人間なんか”と口走ってしまった。
まずい、とは思ったが、顔には出さない。
女の反応を確かめるように、ちらりと視線を移せば、案の定その言葉に引っかかったのか、怪訝な表情を浮かべていた。
……まぁ、いい。言い訳なら何とでも言える。
「まぁまぁ天舞。落ち着いてよ」
「俺は落ち着いてる。こんな所に部外者を連れてくるお前らがどうかしてんだよ」
「酷い言い草だなぁ。そんなことより、なにか気づかない?」
「あ?」
「彼女、ボクたちのことが当たり前のように視えてる」
「は? 人間の姿なんだから当然だろ?」
『そっちの姿』とは、あやかしが人間社会に紛れる為に霊力を極限まで小さくし、人間の姿を模した状態のことだ。
「違う違う。そもそもさぁ、渡し守の葬儀自体、現世の人間には来られないでしょ。視えないんだから」
「……葬儀っつーことは、その娘は、渡良瀬の客人か?」
渡し守は特別な存在だ。表……主にあやかしや幽霊の存在がまやかしだと言われている現世に、その名が広まってはいけない。
天界と幽世と現世……三界と呼ばれる三つの主要世界の権力者が、いつからか作り出した役職だ。
だからこそ、渡し守が亡くなった時はひっそりと“こちら側”で葬儀が執り行われる。
では、現世で生きる人間の彼女は、一体どうやってここへ?
その場にいる全員が女を見る。
「……あの、なんですか? さっきから何を言っているんですか?」
女は持っていたバッグをぎゅっと掴みながらこちらを睨みつけてきた。
余程警戒しているのだろう。無意識に後退って、後ろにいる覚にぶつかる。
「おっと――大丈夫?」
「ぎゃっ……」
覚に支えられ、女は勢いよく距離を取った。
そりゃあそうか。突然得体の知れない男達によく知らない密室へ連れて来られたのだから。
(面倒くせぇが、仕方がねぇ……)
天舞は一つ息を吐き、女の警戒心を少しでも解くために、努めて優しい声色で告げた。
「初めまして、俺は烏丸天舞と申します。よろしければ、君の名前も教えてくれませんか?」
女は強くバッグを握り締めたまま、しばらく天舞を見つめる。
数秒経ってから、小さな声で名乗った。
「渡良瀬沙耶です」
「……渡良瀬?」
天舞が覚と獏を見ると、二人は静かに頷いた。
「君、渡良瀬凌さんの血縁の方?」
「……はい。姪です」
「姪……」
渡良瀬は未婚だ。
しかし、なぜか若い女向けの現世の雑誌を読んで、ああでもないこうでもないと独り言を言いながらペンで丸をつけていたのを思い出す。
(嫁も子供もいねぇし……若い女でもできたか? いや、それにしたって気味が悪ぃ。犯罪じゃねぇだろうな……)
人間年齢でいえばいい歳をした男が、若い女向けの雑誌を読みながらブツブツ言ってる姿は気味が悪くて、耐えきれずに何をしているのかと聞けば「姪っ子の誕生日プレゼントを選んでるんだよ」と答えた。
(あー……あん時言ってた姪か)
一気に記憶が蘇ってきた。
しかし、あの時、何気なく、姪にもあやかしや幽霊が見えるのかと聞いた。だが確か渡良瀬は、姪には自分のような霊感はないと答えたと記憶している。
(……チッ、あいつ、騙したな)
なぜ渡良瀬が姪に霊感がないと答えたのか。
理由はなんとなく、察するものがある。
血縁者に同等の霊力があると三界に目をつけられれば、前任の渡し守に何かあった時、後任として都合よくピックアップされかねないからだ。
「……渡良瀬、鍵を預けてた」
獏が女の胸元に手を伸ばして、何かを引っ張り上げた。
「ちょっ……やめてください!」
女は突然のことに抵抗するも、胸元に光るそれは容易に眼前に晒された。
薄暗い室内でもきらきらと光を反射して輝くそれは間違いなく――
「渡し守の鍵………」
間違いない。上等なガラス細工と特別な霊力で作られたそれは、代々渡し守に受け継がれた鍵だった。
「……渡良瀬、あいつ鍵なくしたって言ってなかったか?」
朱の盆が顎に指を置きながら訝しげに言う。
そうだ。確かに数年前、渡良瀬凌は渡し守の鍵を失くしたと申請を出し、それはそれは酷く叱責を受けていた。
鍵自体は無くても業務上問題はないが、渡し守の証として代々受け継がれたそれを失くすというのは決してあってはならないことだった。
だからこそ何がなんでも……少なくとも次世代への引き継ぎまでには必ず探し出せと天界からお達しが来ていた。
「姪っ子さん、これはいつ、誰から受け取りましたか?」
「……五年ほど前、叔父……渡良瀬凌本人から受け取りました。このペンダントを叔父が文机から出してきて、綺麗と言ったら、くれたんです……」
女……姪の証言に恐らく嘘はないだろう。
対象者の真意が視える覚に目配せしても首を縦に振った。
それはつまり、真実だということだ。
彼女の言葉には嘘はないし、渡良瀬凌が鍵を失くしたと言った年月とも凡そ合致する。
「……それは、渡良瀬の意思なんじゃねぇか?」
朱の盆は背もたれに深く腰かけながら、少しだけ天を仰いだ。
「朱の盆に同意するのは不本意だけど、俺もそう思うよ」
「……まぁ、これだけの霊力のある姪に渡し守の鍵を渡してるんじゃねぇ」
獏に続いて、覚も頷いた。
うしろでは「不本意だけど? あいつ今、不本意だけどって言った?」と朱の盆が何やら騒いでいるが誰も振り返らない。
天舞だけは、ずっと腑に落ちないといった顔をしていた。
渡良瀬は自分に、姪には霊力がない、と嘘をついたからだ。
それは、姪を、この世界に引き入れたくなかったのではないか、と天舞は考えていた。
「あの……本当にさっきから、なにを言っているんですか? 渡し守ってなんですか? このペンダントはやっぱり……大切な物なんですか? ……あなた達は、誰なんですか?」
天舞は目を見張る。
女は動揺はしている。恐怖も感じている。
それでもこちらを睨み付けてくる勢いで、目は逸らさない。
逃げ出さず、蓋をせず、真実を知ろうとしている。
歳もまだ若い、人間風情が。
生意気な目だ。
しかし、嫌いじゃないと思った。
「………叔父は……渡良瀬凌は、何者なんですか?」
迷わず、真実に手を伸ばす。
知らない方が幸せなことの方が多い現世で、真実を知ろうと立ち向かう。
それはまさに“渡し守”の素質として必要な物だった。
渡し守はこの町で一番、お節介でなくてはならないのだから。
天舞は、面白い、と思った。
「本来は伏せなければならないのですが……君がその鍵を持っているのなら、話した方がいいかもしれない。
今からここで聞くこと、黙っておけますか?」
女はやはり目を逸らさない。
実に、良い目をしている。
女は、覚悟を決めたのか、ゆっくりと頷いた。
「……では、今から渡し守――
君の叔父さんの“秘密”について教えましょう」
読んで頂きありがとうございます!
続きが気になると思って下さった方は、反応を頂けると大変嬉しいです!




