第十八話 猫が嫌いなもの
「アタシはあっちに行くから、アンタは向こう側ね」
「一緒に巡回しなくていいんですか?」
「いいの! 迷い子を見つけたら保護しとくから」
「でも」
じゃあね! と猫又は強引に私の話をぶった切り、早々に踵を返した。
どんどん小さくなる背中を見送り、一つため息をつく。
あれから何度も距離を縮められないものかと試行錯誤した。
好きだと言っていた甘い物の話や当たり障りのない天気の話、天舞や獏、覚の話を振ってみても猫又は話すことはないと言わんばかりに分かりやすくそっぽを向いた。
「猫又ルートに入れない……」
会話の継続が無理でも、接点を増やし、それこそ今日の巡回をチャンスに変えられればと前向きに捉えていたが、まさか速攻で別行動を取られてしまうとは想定外だった。
とはいえ仕事は仕事。
切り替えて、しっかり巡回せねば。
私はまだ正式な渡し守ではないから、迷い子を見つけたとしても、誰かしら渡し守を守護するあやかしを帯同して送り届けなければならない。
だからこそ猫又と行動を共にしたかったのだが、やはり一筋縄ではいかないようだ。
このままでは仮に巡回中に迷い子を見つけたとしてもすぐに送ることは出来ない。
どうしたもんかと頭を抱えていると「お困りですか? お嬢さん」と軽い声が聞こえた。
「あ、覚さん」
「やっほー沙耶ちゃん。あはは、早速撒かれたか」
「笑い事じゃないですよ。もういっそ今日は覚さんがついてきてくださいよ……」
「いいけど?」
「いいんだ」
あっさりと頷かれて肩透かしを食らう。天舞には事後報告するから、と呑気に笑うので、また正座で並びながらお説教を食らうビジョンが明確に見えてしまい、不安を追いやるように急いで首を振る。
仮に迷い子を見つけた時にその道に精通しているあやかしがそばにいないと、やはりまだ不安なのもあった。
「お願いします」
だいぶ正座からの土下座へのハードルが低くなってしまった自覚はある。
『お前の土下座は安いな』
天舞にも実際そう言われてしまった。
しかし迷い子を見つけて覚達を呼びに行っている間に見失うよりは遥かにマシなはずだ。そう言い聞かせて私は覚に同行を頼んだ。
♢♢♢
「あ、渡し守の新人さん」
「狸原さん、こんにちは」
「こんにちは。覚くんもこんにちは」
「はい、こんにちは」
すれ違うあやかし達と挨拶を交わしながらゆったりと歩く。
初めこそ得体の知れない人間である私を警戒していたこの町のあやかし達も、私が前任の渡し守の姪だと分かると比較的すぐに友好的になった。
叔父がいかにあやかし達と良い関係を築いてきたのかが分かって、うれしい気持ちでふわふわする。
「沙耶ちゃん、すっかりこの町に馴染んじゃってるねぇ」
「そうなんですかね?」
「普通にあやかし達から挨拶されちゃってるからね」
「……叔父のおかげですね」
うーん、と覚は何か言いたげに唸る。
「なんですか?」
獏や天舞と違い、覚は歩幅を合わせて歩いてくれるのでなんとなく会話がしやすい。
「いやさ。確かに渡良瀬の信頼は厚かったしその影響はあるんだけど、沙耶ちゃんの人柄や雰囲気って柔らかくて威圧感がないでしょ? 人間とかあやかしとか、特別に分けて考えたりもしないし」
「……そうなんですかね? 自分じゃよくわからないかも」
「まぁ、そんなもんか。無意識だからこちらも警戒しないわけだし。でもさ、沙耶ちゃんのそういう自然な人柄は沙耶ちゃん自身にとっても宝だと思うよ」
覚は珍しく何の含みもない、柔らかな笑顔でそう言った。
「……いつもそうやって笑えばいいのに」
「うん?」
「大体いつも笑顔が胡散臭いから」
「あはは。言うね」
覚と町を巡回しながら、迷い子の生き霊を現世に戻したり、時にはあやかし同士のケンカの仲裁に入ったり、そのお礼にあやかしから畑で採れたナスやトマトを貰ったりなどして、気付けばとうに正午を過ぎていた。
一度、昼休憩を挟むことにした私達は緊急対応室に戻る。
天舞は忙しくしているのか不在だったので、私と覚で天舞が持たせてくれたお弁当を食べることにした。
「わぁ〜〜」
今日のお弁当は色とりどりのおにぎらずだった。
具材はたまご、焼肉、レタスの物と、ツナマヨ、きゅうり、カニカマの物の二種だ。断面が綺麗で食べるのが少しもったいない。これが萌え断というやつなのだろうか。
横にはちくわきゅうり、赤いたこさんウィンナー、作り置きのきんぴらごぼうが詰められている。
「すごいな。あいつ無駄に器用だよねぇ」
「見た目も良し、味も良し。天舞さん、食堂とか出来ちゃうんじゃないですか?」
「ありだよね。いつかパワハラで訴えられでもしたら、料理人に転向することをオススメしようかなぁ」
「怒られますよ」
そんな軽口を叩きながらのんびりと昼食を取る。二つ目のおにぎらずに手を伸ばした時、私はふと気付く。
「……猫又、帰ってきませんね」
「そういえばそうだねぇ。ま、あいつの事だしどこかでスイーツでも食べてるよ」
私はじっとお弁当箱の中を見る。おにぎらずは二種類が二つずつ入っている。ツナマヨの方を一つ取ると、二つを残してお弁当箱の蓋を閉じた。
「……あれ。もう食べないの? 具合悪い?」
私がご飯を残すなど有り得ないので、覚は私の体調を心配した。あやかしは、どいつもこいつもやや失礼だと思う。
「猫又がもしお腹を空かせて帰ってきたらあげようと思って」
「……ああ。なるほど」
覚は少し考えるように黙り込むと「じゃあ、ボクのも一つあげようかな」と自分のおにぎらずを一つ掴み、私の弁当箱を開くとそこに詰め始めた。
「猫又、ああ見えて結構食べるから」
「え、そうなんだ。可愛い」
「沙耶ちゃんの方が食べるけどね」
「…………」
――その時、この町にはあまり似合わない機械音が鳴った。
覚のスマホだ。
「おっと、ごめんね。――はい、覚です。お世話になっております。いえいえ。その件なのですが……」
覚は電話に出ながらそそくさと別室へと消えた。
何か聞かれたくない電話かも知れないので私もなるべく聞かないように俯きながらおにぎらずを頬張る。
ツナマヨはやっぱり美味しい。きゅうりのさっぱり加減がまた丁度いいバランスなんだよなぁ、なんて脳内で食レポしながら窓に目を向けると、ぽつぽつと雨が降り始めた所だった。
猫又の顔が浮かぶ。
「……傘、持ってなかったなぁ」
私は食べかけのおにぎらずを半ば強引に口に押し込むと、傘立てから二本拝借して外へ出た。
一本を開き、朝、猫又が行くと言っていた“あっち”の方をなんとなく目指して、あてもなく歩く。
この町の天気予報は当たらない。狐の嫁入りは当たり前だし、幽世へ向かう魂が泣けば雨が降ったりもする。だからわざわざ傘を持たないあやかしも多かった。
でも猫は確か、濡れるのが嫌いだったはずだ。ただの猫と同じ扱いをするなとまた嫌われそうだけど、傘はあった方がいいだろう。
「猫又〜〜! ねこまたちゃん!」
聞こえれば「うるさいわね!」と出てきそうなのであえて大声で名前を呼んで歩いてみる。
そうこうしている内に雨は激しくなり、雷まで鳴り始めた。午前中は畑仕事をしていたあやかし達もみんな家に帰ってしまったようで、すれ違うあやかしの数は少ない。
雷がピカピカと眩しいくらいに光り、大した時間差もなく轟音が鳴り響く。
「……近いな」
猫又を探す内に大通りからはすっかり離れ、森の方へ来てしまったので落雷が心配になり、近くの納屋に身を寄せることを決めた。
(すみません、勝手ですが、お借りします)
心の中で呟き、傘を畳んでから納屋の戸を引く。
「ひっ」
小さくて細い声がした。
私はぴたりと足を止め、もう一度傘を開いてさしてから中へ呼びかける。
「……誰かいますか?」
声は返らない。
気のせいだったのか?
首を傾げて、傘を畳み納屋の中へ再び入る。
すると今度は、ガタッと何かが当たる音がして私は何の躊躇もなく音がした方へと歩いていく。
「誰かいますね?」
言いながら覗き込むと――
そこにいたのは悔しそうな顔でこちらを睨み付け、ぷるぷると震える猫又だった。




