第十七話 猫と渡し守
「こいつ、渡良瀬の姪。渡し守やってみたいんだとよ」
「……は?」
女の子の手からクッキーがこぼれ落ちた。
そして私をギロリと鋭い目つきで睨み付け、指をさして叫ぶ。
「こんな冴えない人間の小娘に渡し守が務まるわけないでしょ!? 気でも狂った!?」
当然の評価だと思う。
何も気付いていない振りをして無鉄砲にここまでやってきたが、この町――この世界において私の現在の価値は無いに等しい。
先代の渡し守の血縁であることと、位の高い天狗である天舞の後ろ盾を得たおかげでなんとか席があるだけの無力な人間の小娘。
それが今の私に下された正当な評価だ。
「別に俺だってこいつを認めたわけじゃねぇよ。それに国も次の渡し守選びに難航しているようだし、あくまでもお試しだ。国から正式に後任を寄越されればそちらに託すつもりだし、こいつはそれまでの繋ぎでしかない」
天舞は淡々と語る。
そこには一切の情などない。
少女はそれでも今ひとつ納得し切れない顔で私と天舞を交互に見ていた。
そして、ふんっと鼻を大きく鳴らした後、再び強めに指をさされた。
「大体! あの美しい渡良瀬の姪がこんなちんちくりんなわけないでしょう!?」
「ちんちくりん……」
それはさすがにショックだ。
思わずオウム返しをしてしまう。
天舞はなぜかしげしげと私を見つめ、まぁ、それは確かに、と同意をした。
失礼にも程がある。
とはいえ叔父の美しさはあやかし界にも通用するのか、と身内として誇らしさもあったりする。
未だに毛を逆立てこちらに敵意剥き出しの美少女に、どうしたもんかと天舞へと救いを求めるように視線を向ける。すると仕方なさそうにため息を吐き「こいつは猫又。俺らと同様、渡し守を手伝っている」と簡潔に紹介をした。
猫又は私の頭のてっぺんから爪先までを舐め回すように見ると、ふんっと不機嫌に鼻を鳴らし顔を背けた。
よろしくやってくれる気はないようだ。
猫又はまず、私のようなズブの素人の人間の小娘が渡し守をやろうとしていることが気に入らない。
もうこの時点で関係を構築するのは不可能ではないか?
そんな考えが過ぎるが、渡し守をやる以上、そのサポートをしてくれるあやかし達との連携は必須だ。
私は引っかかれるのを承知で手を出す。
「よろしくお願いします、猫又さん」
猫又は差し出された右手に一瞥をくれてから、改めてわかりやすく、ふんっとそっぽを向いた。
これは相当嫌われているようだ。
♢♢♢
「猫又さんと一緒に巡回ですか……?」
後ほど【渡し守緊急対応室「仮」】に呼び出された私に衝撃の命が下される。
天舞は書類を見ながら事も無げに猫又と組んで町を巡回するよう伝えた。
いやいやいや! あの嫌われっぷり見てました!? と言いたい。言いたいが、多分何かしらの思惑があるのだろう。
私は一旦ぐっと言葉を飲み込む。
「わ、わかりました……。ただ……」
「あ?」
「何らかのトラブルがあった際、その……仲裁とか救済って……?」
「しない。自分でなんとかしろ。俺は忙しい。以上」
矢継ぎ早に拒否をされ、これ以上の質問は受け付けない、の意である“以上”で締めくくられてしまったのでもう何も言えなくなってしまう。
何か言いたげな空気を出してみても天舞は見向きもしないので諦めて会釈する。
「失礼しました…」
肩を落として緊急対応室を出ると胡散臭い笑みを浮かべた覚が「やぁ」と右手をひらひらとさせて近づいてきた。
「猫又に嫌われたんだって?」
「相変わらず情報が早い……」
首を突っ込む気満々であろう覚をじとっとした目で見ると「まぁまぁ」と宥めてくる。
「猫又はボクたちより渡良瀬との付き合いが少しだけ長かったんだよ。結構仲も良かったみたいで、だから……亡くなったのもショックだったみたい」
ぼんやりしていた、猫又が『葬儀に出たかった』と言っていた理由がわかった。天舞や覚たちは叔父を“渡し守”として語る印象なのに対して、猫又だけは少し違うような気がしていたのだ。
『大体! あの美しい渡良瀬の姪がこんなちんちくりんなわけないでしょう!?』
『その間に渡良瀬は死んじゃうし! アタシだって葬儀に出たかったのに事後報告で済ませて! ほんとムカつく!』
猫又は“渡良瀬凌”のことを考え、想い、感情的になっていた。
それはすごくありがたいことだと思った。
人間との関わりを人知れず断ち、あやかしと共に生きた叔父にとって猫又は特別な存在だったのかも知れない。
そう思うと、嫌われているのも案外、居心地は悪くない。
猫又にとって特別だった渡良瀬凌という人間がいたはずの場所に、自分が与り知らない所で、渡良瀬の姪というだけのなんの才もない別の人間が成り代わっていたら嫌に決まっているからだ。
「仲良くなりたいとは思わないけど」
「あはは、思わないんかい」
「そういうのは無理してなるものじゃないから。でも、ちゃんと猫又と話せるようにはなりたい」
認めてもらいたい、も烏滸がましいかも知れない。
ただ、猫又がちゃんと話がしたいと思えるような人間にはなりたいと思った。




