第十六話 美少女、襲来
天舞の慈悲によってなんとか食いっぱぐれることはなく、恙無い生活を送れている。
相変わらず私の業務は清掃や困っているあやかし達のお手伝いが主で、渡し守らしい仕事はあれからほぼしていない。
見習いの身分なんてそんなものか……と納得しながらも、内心はこのままでいいのかと焦る。
長命のあやかしの数週間、数ヶ月は長い人生の中ではほんの一瞬かも知れないが、人間の時間はそれよりも遥かに短い。このまま叔父のことが何も分からずじまいだったら……と思うとやり切れない気持ちになる日もあった。
「はぁ……」
今日はお手伝いの仕事すらなく、天舞の家の掃除を担当している。天舞と覚の二人だけで住むには少々広すぎる豪邸なのでやり甲斐はある。
いつまでもくよくよしてばかりもいられない。今出来ることを全力でやる。それくらいしか私に出来ることはないのだから。
「……よし! やりますか!」
割烹着を腕捲りして気合いを入れ直す。
どこから磨いてやろうかと意気込んでいると突然、ばん! と玄関のドアが開けられた。
「ちょっと天舞! 二十五日過ぎたのにまだ給与が振り込まれてないんだけど! どういうこと!?」
「ひっ」
キンキンと甲高い声で攻め込んできた少女にすっかり圧倒されてしまい、足元に置いていたバケツに足をひっかけ、ひっくり返してしまう。
「ぎゃあああああ! バケツがぁぁぁ!」
「ちょっ…な、なにしてんのよ!? ていうかアンタ誰!?」
「!?」
警戒しているのかファイティングポーズを取りながら女の子は叫ぶ。それはまるで毛を逆立てている人嫌いの猫のようだった。
……そこで、私はようやく彼女の顔をじっくりと見た。
衝撃を受けた。
毛を逆立てている猫のような女の子は、とんでもない美少女だったのだ。それこそまるでアイドルや女優のように整っている。見た所あやかしなので実年齢は不明だが、見た目年齢は十六、十七くらいだろうか。
大きな水色の猫目、通った鼻筋、真っ白い肌、きゅっと上がった口角、ピンクと水色の印象的なグラデーションカラーの髪をツインで三つ編みにして、ドーナツのように丸く括っている。
首元の黒いチョーカーも細長い首によく映えていて素敵だ。
「か、かわいい……」
思わず漏れ出た声に少女は目を半月にして、ニタリと笑った。
「ふふん。人間のわりに、見る目は確かなようね。あ、ていうかわかった! お手伝いさんでしょ? もう、びっくりさせないでよ!」
「ま、まぁ……はい。そのような感じですかねぇ……」
「やっぱり!」
喉が渇いたから飲み物を出してちょうだい、と言いながら少女は慣れた足取りで客間へと向かった。
私は一旦、水浸しの床を大急ぎで拭くと、手を洗ってキッチンへと走る。
お茶類が綺麗に整頓された棚の前で腕を組みながら、お出しする飲み物を紅茶か緑茶かはたまた冷たい麦茶かコーヒーかで悩んでいた。さっき聞いておけば良かった。
(あれは……紅茶顔)
可愛い女の子は紅茶が好き。
はるか昔に読んだ少女漫画から得た間違った偏見である。
「うーん……カフェイン大丈夫かな。アレルギーとかあったら大変だし」
あやかしにアレルギーがあるかはわからないが、何か間違いがあってはいけない。結局、わからないなら本人に聞けばいっか、と考えに至り私は客間へと向かう。
「すみませーん」
「遅い!」
客間に入った瞬間、鋭い声と視線にぴしゃりと刺されてしまう。
「飲み物一つで何分かかってるの?」
「す、すみません」
「天舞も随分と仕事の出来ない人間を小間使いにした物ね」
あんまりな言い方だが、仕事が遅いのは確かに否めないので何も言い返せない。
同時に自分の仕事ができないと、雇用主の天舞がこうして悪く言われてしまうのか……と気付く。
(ちゃんとやらねば)
背筋を伸ばし、目を見て謝罪をしてから腰を折る。
「申し訳ございません」
お辞儀の角度は四十五度。以前、バイト先のマナー講習で習ったことが役立つ。
「お飲み物なのですが、コーヒー、紅茶、緑茶、玄米茶、オレンジジュースからご用意できます。どちらがよろしいでしょうか?」
女の子は目をぱちぱちと瞬かせ、そして、ふぅんと目を細めた。数秒考えてから「うーん……オレンジジュースにして頂戴」と言いながらソファに深く腰かけ直した。
(紅茶じゃ、ない……!?)
私は、美少女が必ずしも紅茶を選ぶわけではないということを学ぶ。
キッチンへ戻り、来客用の縦に細いグラスに氷を放り込む。オレンジジュースを注ぎ入れると、ミシ、ミシ、と氷が鳴る音がした。
「あ、そういえば」
確か棚の中に買い置きのクッキーがあったはずだ。
棚を漁り、可愛い皿の上にクッキーを並べていく。
以前出してもらったような色とりどりのクッキーではなく、シンプルな黄金色の丸い素朴なクッキーだったが、ほんのり甘くて優しい香りがして美味しそうだ。
「……よし」
私は頷いて、お盆の上にオレンジジュースとクッキーを並べると客間へと向かった。
「失礼いたします。オレンジジュースをお持ちしました」
テーブルの上にまずコースター、そしてオレンジジュースのグラスを置く。その横にはクッキーを並べた皿。
少女は「あら」と早速気がつく。
「クッキー! 意外と気が利くじゃない。アタシ、甘い物に目がないの!」
可愛い声を弾ませて早速クッキーに手を伸ばした。
可愛い。
可愛い女の子に自分がしたことで喜んでもらえたら同性だってうれしくなってしまう。鼻の下だってそりゃあ伸びる。
「今日は天舞が作ったクッキーじゃなくて残念だけど、これはこれでおいしいわね」
「良かったです!」
少女は早々に二枚目のクッキーに手を伸ばす。
「……ん? 天舞が作ったクッキー?」
「? えぇ」
「そ、それってもしかして、チョコチップクッキーとか、ナッツのクッキーとか、真ん中にジャムが入ってるめちゃくちゃおいしいクッキーのことですか!?」
「ラインナップはその日によるだろうけど、まぁ、そうね。チョコチップはマストで大体あるかも。その辺の下手なパティシエが作るクッキーよりおいしいのよねぇ。あいつ陰険で堅物で口うるさいけど、料理の腕と顔の良さだけは認めてやるわ」
少女は上から目線で評しながらサクッと小気味よい音をたてクッキーを頬張る。
何より天舞があの絶品クッキーを作ったことに衝撃を受けたが、天舞の料理の腕を知る今となっては、お菓子も完璧に作れるのか……と妙に納得してしまう自分もいた。
しかし、天舞にこんな口が聞けるとは一体彼女は何者なのだろうか……。
ちらちらと美少女の様子を伺っていると「何?」と鋭い目つきで睨まれてしまった。
「い、いえ」
私は会釈をしてそっと目をそらし、これ以上、客人の機嫌を損ねるようなことがあってはならないので一旦退室する事を決めた。
「失礼しました」
お盆を持ち一礼をした所で、だんだんだんと廊下の先から特徴的な足音が聞こえてきて、すぐに客間のドアは開けられた。
「お前! やっぱりここにいやがったか……」
天舞の眉間に刻まれた皺の深さで彼女の手強さがなんとなく伺い知れた。
「はぁ? わざわざ出向いてやってんだから感謝してよね!」
彼女は怯むことなく、なんなら同じように眉間に皺を寄せながら天舞をビシッと指さしてそう言い放つ。
かなり強気だ。
「あ、そんなことより! お給料が口座に入金されてないんだけど! どういうこと!?」
「ああ?」
「ああ? じゃないから! アタシ九州までわざわざ出張してやったのよ?! 三ヶ月も! その間に渡良瀬は死んじゃうし! アタシだって葬儀に出たかったのに事後報告で済ませて! ほんとムカつく! せめてお給料くらいちゃんと振込みなさいよ!」
『渡良瀬』
その名前に私の心臓が跳ねる。
この女の子も叔父のことをよく知っているようだった。
しかも『葬儀に出たかった』とはっきりそう言ってくれた。天舞や獏、覚の話を聞いていると、どこか叔父とあやかし達は業務上サポートをし合いながらも一定の壁は超えない、ビジネスライクな付き合いなのかと思っていた。
でも彼女は葬儀に出たかったと言う。
それはつまり、叔父に別れをちゃんと言いたかった、ということなのだろう。
「ありがとうございます……」
突然礼を言いながら頭を下げる私に女の子はぎょっとしながら「え、何この子。さっきからちょっと変なんだけど……。天舞、雇う子はちゃんと選びなさいよ」と不信感を強めた。
無理もない。我ながら終始挙動不審だったと自覚している。
天舞は、ああ……と言いながら普通の世間話の延長線のようにさらりと私を親指で指しながら紹介した。
「こいつ、渡良瀬の姪。渡し守やってみたいんだとよ」
「……は?」
女の子の手からクッキーがこぼれ落ちた。




