第十五話 美味しい理由
「で、放っておけなかったからまだしばらく三食用意してあげる、と」
覚はふっくらと柔らかなさば味噌を箸でほぐしながら面白そうにくつくつと喉で笑った。白味噌ベースの甘めな煮汁が米にまた合うのなんのって。
他に蓮根のきんぴら、茄子の煮浸し、豚汁などが脇を固めている。
「仕方ないだろ。餓死されても寝覚めが悪いしな」
お椀に口をつけ、豚汁を啜りながらさも当然かのように言い放つ天舞を見て、ふぅん、と覚の笑みはまた深くなる。
「天舞さん」
「なんだ」
「豚汁に一味かけていいですか?」
「かまわん」
「やったー」
そんなやりとりさえ、たった三日で日常になってしまったのだから不思議でたまらない。
それこそもっと以前からこういう暮らしをしていたと言われても違和感がない程に、渡良瀬沙耶はその食卓に馴染んでいた。
天舞は元よりこう見えて面倒見のいいタチだが、立場上、そして本人の性格的にも警戒心は強く簡単に他人に絆されることはまずない。それがたったの数日でこれだ。
だが、本当に凄いのは渡良瀬沙耶の処世術の方なのだろう。処世術といえば打算的に聞こえてしまうだろうが、渡良瀬沙耶にはその打算が一切ない。
覚は他人の心の内を読み取れてしまうあやかしだ。だからこそ人間の弱く、狡く、おぞましい部分も嫌というほど知っている。
しかしこの渡良瀬沙耶という女にはそういった汚い心が視えなかった。
だからといって決して聖人君子のような人間なわけでもない。天舞に命令されれば『うわぁ、面倒くせぇなぁ』って顔をするし、心の中でもしっかり同じく悪態をついている。良くも悪くも馬鹿正直で裏表がない。
ここまで本音と建前に差がない人間は覚の長い人生の中でもかなり珍しかった。
覚は渡良瀬沙耶のそういう所を気に入っている。
反対に叔父の渡良瀬凌は覚のそういった性質も踏まえた上で、心の内を隠すのが上手かった。
覚は以前、沙耶に渡良瀬凌と似ていると言ったものの、あくまでそれは考え方や本人の性質上の話であり、最初は正反対の二人だと思っていた。
心の内を明かしたがらない渡良瀬凌と、すべてをさらけ出して生きる渡良瀬沙耶。
読めなければないのと同じ。だからこそ覚は渡良瀬凌と話すのは居心地がよく嫌いではなかった。
しかし渡良瀬沙耶は読む必要もないほどに感情がだだ漏れている。それはそれで不思議と一緒にいるのが心地よかった。
そんな人間だからこそ、プライドが高く、どこか他人から誤解を受けやすい天舞が心を開くのも納得できた。
行動を共にする相手が何を考えているのか一々探る手間を省ける、というのは思いのほかストレスフリーで幸福指数が上がるのだ。
「ん〜〜〜! さば味噌おいしい〜〜」
『さば味噌おいしい。やばい。米進む。おかわりしたら図々しいかな。図々しいよねぇ』
「ぶはっ」
以上が渡良瀬沙耶の本音だ。さば味噌おいしいと言いながら、心の内でもさば味噌おいしいから米のおかわりが欲しいと悩んでいる。
「あの、天舞さん、ご飯のおかわり…とかって…」
「ぶはっ」
(言っちゃうんだぁ)
そしてちゃんと言う。どこまでも裏表がない、自分をよく見せようとごまかしたりもしない、聖人君子ではない普通の人間。
「自分でよそってこいよ」
「はい! ありがとうございます!」
嬉しさを隠しきれず、口元を綻ばせながら軽い足取りで茶碗を持って炊飯器まで走っていく。
天舞から「走るな!」と叱られ、ぴたっと律儀に一度止まってからゆっくり歩き出す正直さも面白い。
ため息をつきながら天舞は渡良瀬沙耶の背中を見ていた。
「ねぇ天舞」
「あ?」
「正直、沙耶ちゃんのこと気に入ってるでしょ」
「あ゛?」
心底嫌な顔をされて覚はまた笑った。それでも否定はしないのだから天舞もまたバカ正直なのだ。
「今日のさば味噌、すごいおいしいね」
「いつもと変わんねぇけど」
「えー? 絶対前よりおいしいよ。ボクもご飯おかわりしちゃおっかな」
「……なんだ、珍しいな」
「それだけこのさば味噌がおいしいってことだよ。誇りなよ」
茶碗を持って渡良瀬沙耶に続く覚。天舞は首を傾げながらさば味噌をつつく。
言われてみれば確かに以前のさば味噌よりも美味しい気がしたが、特に調理法や使っている調味料は変えていない。変わったことといえば――
ご機嫌で茶碗におかわりをよそう人間の女を見る。
「……いや、ないな」
多分きっと、こいつらがあまりにも褒めちぎるからそんな風に思えるだけだろう。
一瞬、頭の中に浮かんだ可能性を否定して、胃の中に白米を流し込んだ。




