第十四話 ウェイ?
三日経つ頃にはもうすっかり私の胃袋はがっちりと掴まれていた。
今日のメニューはなんと! ナポリタンだ!
パスタの中でもナポリタンが一番好きな私は鼻歌が止まらない。
薄切りの玉ねぎにピーマン、ウインナー、マッシュルームをケチャップでよく炒め合わせる。そこに天舞はウスターソースもちょい足しした。ケチャップとソースがじゅくじゅくになるまで火を通して酸味を飛ばしてから、パスタを投入するといいらしい。
しっかり混ざり麺もオレンジ色になった頃、牛乳を少し垂らす。そうするとよりまろやかな味わいになるのだとか。
手早く混ぜて乳化させ、仕上げにバターを溶かせば美味しいナポリタンの完成だ。
粉チーズとタバスコはお好みで。
「いただきまーす!」
美味しそうなサラダとコンソメスープも添えられていたが、私はもちろん初手からナポリタンを崩す。
横で覚が一口食べる前からタバスコを鬼のように掛けていた。ナポリタンのタバスコは確かに正義だが、私はまず、何もアレンジせずそのままを食べたい。粉チーズやタバスコはあくまで味変アイテム、という認識だ。
フォークでくるくるとパスタを巻き付け、しっかり玉ねぎやウインナーも巻き込む。
ゆっくり口に運ぶと、すぐに口内には旨みという幸福が広がった。
「お、美味しすぎる………」
もはや食べながらお腹がすく。
欲張って多くフォークに巻き付けてから頬張ると、その分得られる幸せも増えるのだ。
「沙耶ちゃん、ほんと美味しそうに食べるよねぇ」
「おいひいでふ」
「食いながら喋るな」
すっかり見慣れた呆れ顔を浮かべながら天舞はフォークでサラダのきゅうりを刺した。
私はふと疑問に思って聞いてみる。
「天舞さんって、なんでこんなに料理が上手いんですか?」
ぶはっと覚が吹き出す。
何かまずいことを聞いてしまったのだろうか。
天舞はきゅうりをフォークで刺したまま動かない。
……やばい、これは苛立っている。
私は慌てて「言いたくなければ全然! ただの世間話なんで!」と動揺を隠せず高速でナポリタンを巻き付けると、天舞はフォークを置いて静かに言った。
「……天狗は下っ端の時代に炊事を必ず担当する。一族の者が主に食す物だ。あれはもう何百年前の話だろうな……」
「何百年……」
「煮炊きすれば決まって鍋底を焦がしていてな。味も、食えなくはないが 大して美味くもない、って感じの腕前だった」
「へえ〜! 天舞さんにもそんな時代が…」
「俺は元々、何をやらせても平均点以上は取れちまう器用なタチだったが、どうも料理だけは苦手でな。ある時、朱の盆――あ、お前がここへ最初に来た時にいた強面のでけぇジジイな」
瞬時に思い出す。
私に渡し守をやらないかと提案した鬼みたいな雰囲気のガタイのいいおじさん。
「あいつに『お前にも出来ねぇことがあったとはなぁ!』と煽られた挙句、あいつ、俺の目の前で俺が丹精込めて作った煮物に……醤油をどばどば掛けやがった……!」
握り拳を、だん! とダイニングテーブルに叩きつける。
「いいか? ナポリタンに粉チーズやタバスコはいい! ナポリタンはそこまでを前提としたそういう食いモンだからだ! だが、俺の完成されたあの煮物に……あんなに醤油をどば掛けする無礼者がいるか!? しかも作った本人の目の前で!」
それは確かに少し……いや、だいぶ無礼かも知れない。
「大体天狗でも何でもないあいつに飯を食わせてやる義理などなかったのに…。
あれから俺は、あのジジイのことが嫌いになった」
「あはは。根に持つねぇ。もう何百年も前なのに」
覚はけらけらと笑いながらコンソメスープを啜った。
「当然だ。この身が滅びるその瞬間まで、あの無礼者の顔は忘れん」
私は、ごくりと唾を飲み、固く誓った。
もちろんそんな無礼を働くつもりはないが、他人様が真心込めて作ってくれた料理に調味料をびしゃ掛けすると死ぬまで恨まれかねないので金輪際やめようと。
「……え、それがなぜ、こんなに料理上手に?」
私の問い掛けに答えたのは覚だった。
「まぁ、このとおり、超絶負けず嫌いだからねぇ」
「負けてない」
「はいはい」
「俺に不可能はないってことを証明したまでだ」
ふんっと鼻を鳴らしながら再びフォークを手に持ち直す。
そして何事もなかったかのように食べ始めた。
(ま、負けず嫌いだぁ………)
しかし口に出せば火の粉がこちらに降り掛かってきそうなので、私は口を噤んで、再びナポリタンを巻き始めた。
なんてったって今日は何を隠そう、待ちに待った販売日なのだ!
昼食後、天舞に連れられて買い物に行く予定なのでさっさと食事を済ませなくてはならない。
「………」
それはわかっちゃいるが、やはり私はこの美味しいナポリタンをじっくりゆっくり味わいたいので、いつもより咀嚼は多めにする。早食いなんてあまりにもったいない。
「ん〜〜! おいしい……」
天舞が、少しだけ柔らかく笑った気がした。
♢♢♢
「す、すごっ……」
もっとこじんまりとしたトラックでの移動販売的な物を想像していたが、実際は公民館を開放してスーパーのように綺麗に陳列された商品から選んで買い物が出来るようだった。
「に、肉! 魚! ええ?! 冷凍食品まである! このグラタン、よくお弁当に入れてバイト行ってたなぁ。あ、このパスタも! 隙間を埋めるのにちょうどいいんだよなぁ…」
たまの贅沢が冷凍食品だったのが泣ける。それでも私にとってはこの冷凍食品達が思い出の味なのだ。
きょろきょろと辺りを見渡しては興奮する私に、天舞はため息混じりで「声を抑えろ。恥ずかしい」と言った。それでも後ろを着いてきてくれるので、私は安心してはしゃがせて頂く。
「あ、天舞さん、見て」
「あ?」
「このお菓子、現世だと今人気でなかなか買えないんですよ。インフルエンサーがこぞって紹介してて、すごく話題で!」
「へぇ。で、美味いのか?」
「知りません。食べたことないんで」
「ないのかよ」
「本当に買えないんですって! 人気すぎて! そもそもこれ一つで五百円は超えちゃうんですよ……さすがに私には手が出せない……」
お菓子に五百円使うくらいなら卵と牛乳を買った方が長く楽しめる。目玉焼き、オムライス、親子丼、フレンチトースト――玉子焼き。特に卵の転生先はいくらでもあるのだ。
名残惜しくお菓子の棚から離れると、横からスっと手が伸びる。
「って、え? 天舞さん、買うんですか!?」
「そこまで言われたら気になるからな」
「わくわく」
「やらんぞ」
「はい、卑しい考えを持ってしまい申し訳ございませんでした」
人生そう甘くはない。
私は涙を飲みながらカゴの中に卵と牛乳を入れた。あの冷凍食品達は諦めて、肉、魚、キノコやネギなどの冷凍ストックが出来る万能食材を中心に攻めていく。それからチン出来る米に、保存のきくカップ麺やレトルトカレーなども。
これでしばらくは食うに困らないだろう。
ホクホクでセルフレジに並び、バーコードを読み取っていく。この辺は現世と何も変わらなくてちょっと面白い。
総額は五千円ギリいくかいかないか。
ちょっと調子に乗って買い過ぎたけどしばらく持つし必要経費だ! そんな言い訳を心の中でしながら現金払いのボタンを押してお札を五枚ほど入れていく。
「……ん?」
吐き出し口からお札がすべて出てきてしまう。仕切り直してもう一度入れ直すも、また出てきてしまう。折れを確認しながら、手のひらでなるべくピンと伸ばし慎重に投入するも、お札は一枚残らず吐き出されてしまった。
「な、なんで……?」
躍起になって繰り返し投入してもお札は虚しく排出される。
「なにやってんだ」
既に会計を終えた天舞はもたもたする私に苛立ちを滲ませながらレジの機械を覗き込んだ。
「お金、読み込まなくてぇ……」
「はぁ? んなわけ……」
天舞はエラーになり吐き出されたお札を見て固まる。
「……お前、持ってる金そんだけか?」
「いえ。まだ数万円所持してます……」
「そうじゃねぇ。円だけか?」
「え、はい……。さすがに外国のお金は持ってないですね……。え、ここってドルとかですか!?」
それはさすがに盲点だった。だっていくらあやかし中心の町といえど日本なわけで、売ってる商品だって現世の日本とほぼほぼ変わらないわけで……。
「悪い。説明し忘れてた」
「……へ?」
「この町の金は円じゃない」
「えっ!? ドル!? ユーロ!?」
「ドルでもユーロでもねぇ。……いいか、この町の金は――ウェイ、だ」
「……ウェイ」
「ウェイだ」
「それはまた、随分と陽気なお金で」
なんということでしょう。
私の金を、このレジは食えないと言う。汗水垂らして稼いだ大事なお金だというのに。
私は呆然と点滅を続ける吐き出し口を見ていた。札を咥えたまま愚かな私を笑ってらぁ。
「ちなみに、両替をするには国に申請を出した後、申請が通れば両替商が派遣されて来る。それは人間だな」
「……へ? 申請? ま、待ってください。その申請っていつ頃通るんですか!?」
天舞は渋い顔をして「そん時による」と曖昧に答えた。
人目も憚らず膝から崩れ落ちた私に天舞はバツが悪そうにもう一度謝った。
魚肉ソーセージで、何日持つかな……。マヨネーズ吸えばいけるか……。
私はすっくと立ち上がり、カゴを持ち上げ、とぼとぼと店内の陳列棚に戻る。買えないのだから返す他ない。
肉も、魚も、卵も、カップ麺も――
「っああ! もう!」
天舞は大きな声を出すとレトルトカレーを棚に戻す私の手首を掴んだ。驚いて見上げると、天舞は心底悔しそうな顔で言った。
「これは……俺の落ち度だ」
「天舞さん……」
頭をがしがしとかいて、やはり悔しげに言い放つ。
「……仕方ねぇ。両替商が来るまで、俺が飯を食わせてやる」
心優しい俺に感謝しろ、と鼻を鳴らし、乱暴に手首は離された。
乱暴なのか、優しいのか、厳しいのか、甘いのか――
「……天舞さん、夜は和食がいいです」
わからないけれど、嫌いじゃない。
「調子にのんなよ人間」
心做しか、言葉とは裏腹にその声は弾んでいるように耳に溶けた。




