第十二話 勝利のクッキー
「あははははは! それは沙耶ちゃん肝が座りすぎでしょ!」
【渡し守 緊急対応室「仮」】にて、私は覚に腹を抱えて笑われながら、一方では天舞に鬼の形相で睨まれ続けていた。
死者の降霊が出来る! と苦し紛れのはったりをかましたことが獏によって即、覚の耳に入ってしまい、今に至る。
ギギギ……と音が出そうなくらい不自然に首を回し、天舞を見た。
「…………」
(今回も、土下座コース確定だ)
すっかり慣れたもんで、何の疑問も持たず床に膝をつこうとした所「そこでいい」とソファに座るよう促された。
「……今、なんと?」
♢♢♢
私は、床ではなく、なぜかふかふかのソファに座らされていた。
(怖い。なぜソファに? 怖い)
沈黙が続く中、ちらりと天舞を見やると、運悪く気まずいタイミングで目が合ったので大慌てで逸らす。
(これは……怒られるぞ……)
この後すぐに飛んで来るであろう怒号の衝撃に備え、身を固くしていると、待っていたのは思いのほか静かな声だった。
「……まず、良くやった」
「……へ?」
「浅田健二はあの時、頑なに生まれ変わりを拒絶しており、魂を天へ送ることは困難を極めた。……だが、お前の機転で浅田は自らの呪縛をとき、転生を受け入れた。これは紛れもないお前の功績だ」
なにが起きているのか。
想像では『勝手なことしやがって! なにが降霊だ! お前に渡し守の素質はない!』と怒鳴り散らされる覚悟だった。
しかし今、天舞ははっきりと「よくやった」と認めてくれたのだ。
(……褒められて、いる……)
少しむず痒い気持ちで、もじもじと天舞を見た。
この部屋で、こんなにも目がつり上がっていない天舞を見られる日がこようとは……。
ほんの少しだけじーんとくる。
しかも今日は、コーヒーにクッキーまで出してもらった。
私はそろりと皿に手を伸ばし、チョコチップクッキーをひと齧りする。
天舞は何も言わず、それを見ていた。
(怒られ……ない!)
これは本当に労ってくれている。
そう確信した私は、二枚、三枚とクッキーに手を伸ばす。
真ん中に木苺のジャムが入ったクッキー、胡桃の入った香ばしいクッキー。
サクッとして、ホロっとして、咀嚼した後の口どけもたまらない。
「お、美味しい……! これ、すごい美味しいです!」
やめられない、止まらないとはまさにこのことだろう。
大体いつも食べるのはスーパーのお菓子売り場にある安い箱入りのクッキーだったので、バターや小麦をしっかりと感じる高級な味わいに衝撃を受けた。
怒涛の勢いでクッキーを貪り食べる私を「お前……飯食ってないのか……?」と天舞は若干引きながら見ており、獏に「天舞、顔やばいよ」と指摘を受けていた。
「――まぁ、それはそれ、これはこれだ」
新しいクッキーに手を伸ばした所で、本題は切り出された。
ぴたりと動きを止める。
「渡良瀬沙耶。お前……何だあの、死者を降霊することが出来るとかいう出まかせは。いつから渡し守の鍵はそんなことが可能になった?」
皿にクッキーを置き、スっと目を逸らす。
「……です」
「あ?」
「もちろん嘘です。はったりをかましました。詐欺まがいのことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
今日は辛うじてソファの上だが、やはり頭を下げることになった。わかってた。
「お前の旋毛はもう見飽きた」
「はい。すみません」
「結局、こうなるんだねぇ」
覚はニタニタと笑いながらブラックのコーヒーを口に含んだ。
しかし考えてもみて欲しい。
あの状況で、他に浅田さんを説得する方法なんかあっただろうか? 咄嗟のこととはいい、我ながらよく切り抜けたと思う。
もちろん良心は痛んだし、罪悪感だってある。インチキ霊媒師にでもなった気分だ。
(ぐぁああ! せっかく今日は褒められたと思ったのに……!)
「はぁぁぁ……」
私のあまりにも必死な顔を見て、天舞は、深いため息をついた。
「今回は運よく切り抜けられたから良かったものの、ああいうその場しのぎの策はリスクも高いということを肝に銘じておけよ」
「はい……」
「リスクヘッジは重要だ。上手くいったら御の字。じゃあ上手くいかなかった時はどうするのか……常に最悪を想定してから――仕掛けろ」
「はい、すみません……。って、え?」
目をぱちぱちと瞬かせている私に、天舞は「なんだ?」と顔を顰めた。
「いや、あの……。てっきり、もう二度とあんなやり方するな! って叱られると思っていて……」
「叱られるって……お前は俺をなんだと思ってやがる」
(……鬼)
さすがに言えなかった。
「言っとくがな、俺だって褒める時は褒める。それに、俺はああいうやり方が嫌いじゃねぇ」
天舞は、にやりと、やや悪どい顔で笑った。
「――臨機応変、俺の好きな言葉だ」
その笑みは相変わらず悪役のように邪悪だが、同時に味方であることを頼もしいとも思った。
私は少しだけ認めてもらえたような気がして、口元を緩ませながらフワフワとした気持ちでコーヒーカップに口をつけた。
、




