第5章:デジタル・クレンジング
「15分……? 何を言っているの、鷹野さん。相手は警察のサイバー特捜隊すら手が出せないプロの集団よ?」
冴子の声には動揺と、それ以上の困惑が混ざっていた。
無理もない。つい数分前まで、モップを手にビルの廊下を黙々と拭いていた男だ。
蓮は答えず、ポケットから使い古されたスマートフォンを取り出すと、冴子が持つ社長専用タブレットの側面にピタリと押し当てた。
カチリ、と小さな電子音が鳴る。
「一之瀬グループの基幹システム『Aegis』。設計思想は悪くないですが、裏口の作りが甘い。……俺の教え子が好みそうな、浅はかな抜け道だ」
蓮の指先が、スマホの画面上を恐ろしい速度で滑り出す。
先ほどまでの無口で冴えない清掃員の面影はどこにもない。眼光は鋭く研ぎ澄まされ、その佇まいはまさに数多のサイバー空間を支配した“Zero”そのものだった。
「な……何をしたの?」
「一之瀬グループの内部回線へ直結しました。お嬢様、そのタブレットの画面を見ていてください」
冴子が手元の画面に目を落とすと、真っ赤に染まっていた「SYSTEM LOCKED」の警告文字が、一瞬でノイズのように歪んだ。
「ばかな……! 外部からの割り込み(インタラプト)だと!?」
ビルの全館スピーカーから、ネメシスの実行部隊を指揮していた男の焦りを含んだ声が漏れ聞こえる。
「シグマに伝えろ」
蓮はスマートフォンのマイクに向かい、低く冷ややかな声で呟いた。
「『掃除の時間だ』とな」
その瞬間、ビル中の防犯カメラと照明が一斉に明滅した。
監視室のモニターに張り付いていたハッカーたちが、悲鳴を上げる。
彼らが構築した強固な暗号化障壁が、まるで紙くずのように外側からではなく、内部の“構造上の欠陥”を突かれて次々と崩壊していく。
「Zero……!? まさか、生きているのか……!?」
モニターの向こう側、ネメシスの本拠地で指揮を執るシグマの顔から、余裕の笑みが完全に消え去っていた。
「さあ、お嬢様」
蓮は作業着の袖を少しだけまくり上げ、冴子に向かって淡々と言い放った。
「15分間の大掃除をはじめましょう」
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