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第四話:見果てぬ闇

リュートは幼馴染たちと兵を挙げ天下を目指す:濁流戦記


第四話:見果てぬ闇



 陣屋に涼風が吹いている。

 その風は本来は温もりを伴う物であったのだが、こわばる心からのいくらかの冷や汗がそうしていることをリュートは自覚していた。

 無欠と思われる彼も、また一人の人間なのである。


 風は陣屋を通り過ぎ――はるか先の閉ざされた城門まで兵陣をなぞってゆく。

 陣は二つある。

 リュート達の軍と、その攻撃を跳ね除けようと構える大公派の城主の兵であった。

 兵数は、明らかに城主が優勢である。

 正攻法によって捻り潰されるのは時間の問題か。



 不意に、たった一本の矢が真っ直ぐに涼風を割いて飛んだ。

 ボルタの強弓が放ったそれには細工が施されており、ぴぃぃと快音を立てて進む。

 音は兵士たちの張り詰めた精神に火を放った。

 開戦のしるしなのである。




 やがて空をいっとき埋めるかのような矢の雨が両軍に降り注ぐ――

 それを大盾を上に構えた重兵達は防いだ。

 がつ、がつと命を奪う鋭利さが盾の厚板の向こうで音を立てる。


 それから、指揮官の号令と共に――ついに絶叫を上げて、盾を前に重兵たちの大波と大波が真っ向にかち当たった。

 剣戟のぶつかり合う音が幾重に幾重にもかさなる。



 だが、戦況は――無慈悲にも動いてゆく。

 人の波は徐々にリュートの本陣へと進み始めている。



 そこへ、土煙を上げる一団があった。

 後方より現れた馬上の姿は、先の遊牧民が弓騎兵である。

 清流の活魚のごとく駆ける彼らは敵の陣の真右に至ると、一斉に矢を放った。


 応ずる間も無く城主の兵が斃れてゆく。

 その動揺は軍全体をゆるがした。


 間髪置かず、揺らぎはこじ開けられる――

 かつて賊であった兵たちが怒涛になだれ込む。

 声がひそまるころには――城前は守備兵の死体に満ちていた。




 勝利の女神はリュートにほほえんだ。

 ボルタは興奮さめやらぬ様子である。

「これが今の俺たちの力なんだな。お前はきっと天下人になる! 俺の夢だぞ!」

 友の感情に寄り添い、喜びを見せつつもリュートは言う。

「だが敵軍は城内に収まった。攻城戦が始まるな」

「ああ、明日からは根比べだ!」

「それでも兵の士気は十分。ひとまず安心して良さそうだね」

 そう、嵐の前は静かな物なのである――。




 流れる風が、夜半に至り本当に怜悧さを持つころ――

 本陣のリュートの幕屋にはまだ灯りがあった。

 その中に静かにファリンが歩みいでた。


「そろそろ、休まれてはいかがですか?」

 その言葉に椅子にかけたリュートの背から返事は無かった。

 眺めれば彼は机に伏して穏やかに寝息をたてている。

「強く――強くあるあなたが、今ひととき安らげればいいのですが」

 彼女しか知らない顔であった。




 閉じた瞳の向こうで、人々の騒ぎ惑う声がする――

「ご主君! ご主君! 敵の夜襲です!」

 側近の悲痛な声にリュートはがばと飛び起きた。

 剣を手に指揮所の幕を跳ね除けて外に飛び出ると、ほうぼうに火の手が上がっていた。


 髪を乱したファリンが駆け寄る。

「リュート! 敵はあなただけを狙って真っ直ぐに進んでいます。今は逃げて!」

 場に呑まれ――彼らしくも無く何も言えぬままリュートはファリンを伴い馬に飛び乗った。


 今宵は月が隠れている――燃える陣屋を抜ければ闇の中。

 ファリンをどこまで連れて行く。ファリンをどこまで逃がせばよい?

 彼はそれだけを考えていた。



 ここは、どこだ――?

 やっとの息つく冷静さを得た彼は、ともかく今いる場所を確かめようといっとき馬を止めた。

 しかしやがて―― きゃっ!! と背中で女の短く叫ぶ声がした。ファリンの声だ。

 それか、ぐらり、と馬から彼女の体が転げ落ちた。


 何事か!

 馬を飛び降り見れば彼女の腹部には矢尻が突き出、衣服に血がにじみ出ているではないか!


 弓を手に、先駆けてきた騎馬の将が姿を現す。

「いい物を着ているな、お前がリュートか?」

 その声に応じる答えは無かった。

 ただ――将は闇の繭に包まれた。

 繭はリュートのかざす右腕よりいでている。

 激情のままに彼は繭に――幾本もの闇の剣刃を貫かせた。




「ファリン! ファリン……大丈夫だから!」

 斃れた彼女を抱き、そう言ってうろたえる彼の姿はまだ頼りなかった幼少期のようでもあった。

「リュート、逃げてください。まだ敵が追ってきますよ」

 苦しげな様子でも、優しい声で彼女は気遣った。

「君の――君の居ないどこへ逃げるっていうんだ!」

 声が張り裂ける。

 やがて、ふふと力なく笑って彼女が言った。

「本当は、私の元で捕まえてしまっていたあなたが、どこまで飛んで行けるか知りたかったのです」

 遠く、天の果てまでも――

「私の夢を乗せて、いつか天の国まで飛んできてください。――ずっと先の話ですよ?」

 彼女はにこりとする。そしてーー


 リュートが返事に詰まっている間に――ふつと、だらりと力なく事切れた。


 果てなきような闇の中で、悲痛な叫びが響き続けた。


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