第三話:草原の夢
リュートは幼馴染たちと兵を挙げ天下を目指す:濁流戦記
第三話:草原の夢
城持ちとなったリュートは、実質的に小さくともこの乱世の諸侯に身を連ねることとなった。
そんな彼は今、風にささやく草原を馬上に進む。
一行の荷馬車の車列は長く長く続いていた。
行く先は――近隣の遊牧民の居住地である。
やがて移動式テントの並ぶ集落が見え、その入口の警備の者が言った。
「止まれ、お前は何者か!」
「族長殿にお目通りすることとなっている、カント城のリュートです。貢物を持って参りました」
彼は警備の者たちに簡単に積荷を検分させた。中身は麦などといくらかの宝飾品である。
「ふむ、相違無いようだな。通るがいい」
ひときわ大きなテントの中の族長は、布地ながらも緻密な刺繍に彩られた服を着ていた。
「お前が新しい城主か。果たして我々に何をもたらす者なのかな?」
いくぶん挑発的な物言いをする。
彼らは以前の城主とも繋がりがあり、武器の提供や交易などを行っていたのだ。
だが――
先ほどの長く続いた包囲戦はその物流を阻害してしまっていた。
「リュートと申します。本日は偉大なる族長殿に差し上げる品をお持ちしました」
「ふむ、差し上げるとは?」
「私からの敬意とご挨拶です。代金をいただくのは次回以降としましょう」
麦は、農耕を行わず交易に頼る彼らには喉から手が出るほど欲しい物だった。
だが――族長にもメンツはある。
「ふむ、殊勝な心がけだ」
それから、リュート達はささやかな酒宴に誘われたのだった。
彼は酒を酌み交わすうちに族長に様々な事を語り、また引き出した。
ときに族長は問うた。
「リュートよ、お前は今の荒れた王国をどう見る?」
ことり、と盃を置き答える。
「源泉です」
「ほう?」
「流れはついに全てを押し流す濁流となり、それが撒き散らした豊土が大輪の花を産むでしょう」
長の瞳には熱がこもってゆく。
「どうやらお前の野望は途方も無い夢のようだな」
やや、呆れたかのように彼は言った。
「だが、それこそがこの王国を導く天星かもしれぬ。わしは――お前に賭ける!」
友好のちぎりはここに確かに刻まれたのだった。
一息つこうと、リュートはテントのひとつを背に独り風にあたっていた。
そこへやや小さな人影が駆け寄る。
彼女はあたたかな、遊牧民風の乳茶を持っていた。
「お前が客人のリュートか?」
言って茶を差し出した。
「ありがとう、お嬢さん。見たところいいところの娘さんのようだね」
彼女は多少ほこらしげになった。
「ああ、なんたって私は族長の娘だからな!」
ほう――穏やかな表情を変えぬままリュートはまた一つ、大きな交渉相手に狙いを定めた。
娘はしげしげとリュートの顔を眺める。
「私はカリン。お前はどこか不思議で、それでいて優しい顔をしているな」
まるで珍しい蝶を見るかのようであった。
「なあリュート。私はこの草原の向こうに何があるか知らない。世界はどんな姿をしているんだ?」
「世界、ですか――」
彼が語る世界は“人の世界”だった。
この広大な大地に脈々と人々は――
時に、山海の美食を刃で開き、魔法のような炎で目覚めさせる。
織り機の横糸を跳ねる飛び杼が紡ぎ、布地を生んでゆく。
そして物語とは――世界とは彼が触れてきた人々の瞳の中でこそ光を放つ物だと。
なるほど、娘の両まなこも輝きを強めてゆくのであった。
出立の時は来た。
旅支度を整えたリュート達一行の前に、馬に乗った遊牧民の集落の中の一集団がつどった。
「お嬢さん、見送りですか? 嬉しいですよ」
一団の前の馬上のカリンにリュートは穏やかに言った。
それにカリンはこう返す。
「道案内だ。まぁ、案内をするのはお前だけどな!」
これは――
「私も、お前に賭けた! 私に昨夜の夢に見た――そう、永い世界を見せてくれ!」
そうして、リュート達に頼もしい弓騎兵の一団が加わった。
テントの大椅子の上で長は一人言う。
「まぁ、長い花嫁修業になりそうだ」
静かに、笑った。
所変わりて、舞台は王国に戻る。
そもそも王国の乱れの根源は先王の不審死によるところが大きかった。
それを――まだ幼さの残るシエラ姫が継いだのだ。実権は大公にあった。
「姫様、そんなに物憂げな顔ばかりしておられたら、毒殺される前から毒ですヨ」
そんな面くらう言葉をかけたのはいつもの女道化ペイシーである。
「祖先の興したこの国が痩せ細り、大公ばかりが肥えてゆくのだぞ」
(まったく、この方は根がクソマジメですネ!)
「ふふ、肥えすぎていつかハジけますっテ」
このペイシーの発言は、慰めでもあるが本質を突いていた。
民の怨嗟の声の大波に乗り、遂に安南将軍はガリウスが大公討伐の檄文を掲げたのだ!
そして彼を打ち倒すことは――王宮という餌、甘美なる権力と繋がる。
諸侯は飢狼の湧くが如く立ち上がったのであった。
無論リュートも、その一人である。
「草原の旅はどうでしたか? お風邪は引きませんでしたか?」
ファリンの気遣いが、そんなともすれば野心の塊である彼を優しく包む。
彼に自覚は無かったが――その出世欲の根源の大きな一つは、富豪の家の生まれの彼女に何も持たない自分が本当の意味で肩を並べるためだった。
大きな、柱だった。
やがて静かにくちづけを交わす恋人たちに、大きな荒波が立ちはだかろうとしている。




