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第二話:闇の力

リュートは幼馴染たちと兵を挙げ天下を目指す:濁流戦記


第二話:闇の力



 城塞都市カントはリュートたちの故郷からそう遠くないところにある。

 無慈悲な石造りの壁の中で、日の下に民は運命を呪っていた。

 その壁の外は攻め手である賊の方面軍で埋め尽くされていたからだ。



 賊軍の頭目は、長引く戦で疲弊した軍を鼓舞するため宗教儀式に及んでいた。

 長く波打つ白髪頭を振り乱し、剣を手に素足で大地を蹴り彼は激しく踊る。

 まさに恍惚とした表情には常世を離れた物があった。


~~ 砂風の如き滅びを祝う

   君死なん 我またいつか死なん

   狂喜殺戮の日々を享受し

   訪れる救いを賛美せん ~~


 ああ、ああ! 彼は供物の豚に力任せに剣を振り下ろし、それは贄の首を飛ばす。

 つるぎをゆっくりと口元に添え、赤い雫を舐め取る彼の目は濁り果てていた。




 不意に、鬨のときのこえが上がった。

 頭目ははたと現世に意識を戻す。

 賊軍の東の方向からである。


 疲弊した彼らを狙い、まさに滅びの砂塵を巻き上げて襲来したのは――

 リュートたちの軍勢だった!



 小勢ゆえに彼らは真っ向に脇目も振らず頭目の陣へ突進した。

 激流が停滞した人の群れを切り開いてゆく。


 慌てて白馬にまたがる頭目の前へと、流れの切先を担う一人の影が迫る。

 それは大将のボルタである。彼の大声が周囲を揺らす。

「賊ッ! 貴様が頭目か!」

「なにを、この凡夫がッ」

 不快感をあらわにした頭目はボソボソと何かを唱えた。

 すると彼の右腕は禍々しい紫色をした大蛇と化すではないか!


「素っ首晒して死ぬがよい!」

 蛇は真っ直ぐにボルタの首元を目指す。

「ふんっっ!」

 ボルタは槍を放して腰の剣を抜いた。

 馬上に構えられた銀閃は蛇を上下に開いて駆ける。

 そのまま、彼は頭目を両断していた。




 ボルタに代わり、彼の後方より賊たちに高らかに述べる者がいる。

「逆賊は死んだ! 部下のお前達は自由だ!」

 リュートの明朗な弁舌である。彼の言葉には熱があった。

「だがお前達は、法によれば国家反逆の罪に問われるだろう。それは斬首である!」

 賊たちにざわめきが広がってゆく。

「部下たちよ立ち上がれ! 女王をお守りせよ! 天下の兵として私が罪を免じよう!」


 とまどいの間を置いて――ひとかたまりの集団が万歳を叫んだ。

 それは実のところ賊ではなくリュートの部下であったが――

 賊たちはそれにつられて万歳の波を広げて行った。




 馬上のリュートが城門を抜けると、民衆はこぞって通りに出て狂騒した。

 城内にとって彼は救世主、英雄。まさにその物だった。


 だが、光は闇を伴う物である――

 戦勝の祝宴のさなかである。城主はリュートを伴って一時席を立った。

 中庭の池では蓮の花が夜闇の中に静かに浮かんでいる。


「リュート殿。こたびの戦の勝利は貴殿の活躍によるもの。陛下に褒賞を上申しよう」

 この何気ない言葉には、戦の手柄を城主の物にする意が隠れている。

 リュートはにこりと笑って言った。

「ありがとうございます」

そして――

「あなたが――愚かで良かった」

 ばっと右手をかざした。

 それは巨大な暗黒の波動の掌となり、城主を締め上げた。


「なんだ!? 何をする!」

 リュートはすました顔で言う。

「あなたの暗い欲。私の大志が飲み込みましょう」

「うわ……ああ、あああーーーっ!」

 城主は命を吸われ、糸の切れた人形のように地面に崩れて落ちた。

「天下――太平のために」


 リュートは言う。誰か、誰か来てくれ、城主様が――。

 賊の残兵に殺された。示し合わせていた有力者たちはそう処理した。




 翌日の朝早くに。リュート、ボルタそしてファリンの三人は宿の一室で顔を揃えていた。

「リュート。お前諸侯になったんだな。まるで夢みたいだぜ!」

 両拳を握ってボルタが感動する。

「これから――女王にどうやって接触するか考えないとな」

 リュートは先々のことで頭をいっぱいにしている。

「ふふ、不器用だけれどこれがリュートなりの私たちへの誠実さね」

 ファリンこそ最大の理解者というのだろう。

「おいおい、俺は邪魔者かぁ?」

 言ってボルタが陽気に笑う。

 昔から変わらぬように――若い三人は幼い頃のままに笑った。



 そこへ、部隊の一人が駆け込んできた。

 何事なのか。

「大変です! 城の遠くに軍勢が見えます!」

 どこから湧いて出たというのか。

 城兵も、元賊軍の兵も疲れ果てている。


 リュートは必死に思案するが解決策はすぐには浮かばない。

「安心しろって! 何人来ようとお前らは俺が守る。だろ!」

 ボルタの一言はわずかな安息を与えた。――しかし、現実の前である。




 現れた軍勢は、城の前に陣を敷いて静かに待っていた。

 リュートは服装を整え一団で使者としておもむく。

 陣幕の奥の腰掛けには、不敵な笑みをたたえた若い男が座っていた。


「カント城は落城の危機にあると聞いていたが、君は何者かね?」

 男の問いにリュートは答える。

「私は諸侯の子孫のリュート。女王陛下の忠実な一兵士です」

「ふふ、そうかね」


「あなたは? どちら様なのですか?」

 変わらず余裕を見せたままリュートを眺めつつ男は言った。

「失礼したな。余輩は安南将軍のガリウスだ」

 そう言って目を伏した。


「しかし実に、実に残念だ」

 やや大げさに、ガリウスが笑いながら続ける。

「もう少し早ければこの城と、君のような優秀な部下を取り込めただろうにな」

 この男もまた、天下を呑むかの如き野心の持ち主なのである。

「優秀などとは勿体ない。ですが、あなたの様な方と同じ時代で女王陛下にお仕えできるのは光栄に思います」

「――共に並び立てれば、な。……下がるがよい」


 彼が――彼こそが、後にリュート達と天下を争う南の覇者となるのであった。


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