第一話:決起
リュートは幼馴染たちと兵を挙げ天下を目指す:濁流戦記
第一話:決起
土手の上に座ってひとり青年リュートは河を見ていた。
彼はまだ上流を見たことが無い。
だが知っていた。この脈々とした流れは数多の人生を支え、そして飲み込み、絶えず変化しながらもそこに在ることを。
後の彼もまた希望を胸に、激流戦乱のさなかに一帆の船と化する身なのであった。
リュートはサラン王国の地方の町の若者である。
今日、彼は河港の市で商品の売却をして、また母に土産を買おうとしていた。
――表向きは。
本当の狙いは、その帰り路に何頭かの軍馬の買付けをするのである。
それでも困ったことに、彼の頭の中には愛するファリンへの贈り物の件もついぞ主張を止めないのであった。
木彫りの首飾りは、こんな田舎の市には似つかわしくないほど精巧であでやかだった。
その包みを開けた時、彼女はあの驚きと喜びの混じった表情をしてくれるだろうか。
なんという言葉をかけてくれるだろうか。
彼の心はじんわりと熱を帯びていた。
同行の仲間とも合流した彼は無事に軍馬を得て騎乗し、残りをの馬を引き連れて田舎道を進んでいる。
彼は得体の知れない嫌な物を感じた。
やがて、物陰から一人一人と薄汚れた武装をした農民たちが姿を現し――一団を取り囲んだのだ。
奸臣の治世により王国は乱れていた。狙いは全ての品、馬と金と命だろう。
リュートは自身を落ち着かせ、声高らかに言った。
「控えよ、これは領主様へ納める品であるぞ!」
無論、嘘である。
だがしょせんは民草に過ぎない賊たちは不安そうな顔を見合わせた。
そのままリュートは静かに馬を進め、仲間達も続く――
「何ビビってんだお前ら! そいつは領主の使いじゃねぇ、ただの一般人のリュートだ!」
大声が響くなり、リュートたちは牽引していた馬を捨て、乗っている馬に鞭打った。
だがなぜ賊は名前まで知っていたのか。
情報が――漏れていたのだろう。裏切り者がいたのだ。
若いリュートたちにはまだまだそういう爪の甘さが残っていた。
彼は乗り慣れぬ馬を急がせた。
だが賊はしぶとく追跡してくる。
やがては撒けるだろうが、ああ、それにしても置き去ってきた軍馬が惜しい――。
すると、ひゅふっ と風を切って一本の棒状の物が脇を飛んだ。
それは弓を構えた族の腹を貫く。
そしてその槍を投げた――現れた男たちの先頭にいる者は、剣を手に燃えるような輝きを秘めた目をしていた。
「ボルタ!」
驚きと安堵の中リュートは彼の親友の名を呼んだ。
「おう! 無事で良かったぞ。――お前ら、守備隊長の俺に逆らうか!」
彼に逆らう――領主様に逆らう意味を知る賊たちはまばらに散っていった。
実のところ、彼ボルタもまた守備隊の職を辞したばかりなのだが。
「ふう、リュート。軍馬と何よりリーダーのお前がいなきゃ、俺たちゃ最悪山賊になっちまうぜ」
あてのない武装集団なんてそんな物だろうか。
一行が遠景に町を目にするころには、既に夕刻にさしかかっていた。
だがその城壁の門は今日は無機質にずしりと立ちはだかっている。
門の上の明かりの近くから声がした。
「リュートよ、ボルタよ。その軍馬は何のためか?」
声の主は衛兵の一人に松明を持たせた、キツネ顔の領主だった。
「もちろん、領主様にお仕えするための物です」
リュートは馬上からいけしゃあしゃあと嘘をつく。
「黙れ! 野心の犬め。我が命、我が領地。そうやすやすとくれてなる物か!」
たとえ野心など無くとも――
多くの民がこの愚劣な重税と色欲の獣を忌み嫌っているのは同じだった。
そして――
領主が言い終えるかどうかの間に、ボルタの部隊の兵が一斉に立ち上がった。
「お前ら、放て!」
次の瞬間には、領主は胸に何本もの矢を受け――、動かぬ物と化していた。
ぐらりと倒れた彼の死体は、あろうことか護衛の兵により門上から落とされる。
ぐしゃりとした音と共に、城内から自然と歓声が湧き始めた。
元よりリュートは城内の民心を掴んでいる。
たった一つのよこしまな命が消えた事で、大流は魚群と共にリュートの元に集ったのだ。
新たな時代が――この地に訪れようとしていた。
酒宴――それも静まった月下の青い夜。
名士達と酒を酌み交わすのも終えたリュートは、酒に強いことからまだ起きていた。
彼はそっと、自宅の隣の家へと足を運ぶ。
いつものように裏口から入ると静かにすう、すうと椅子の上で寝息を立てている若い女がいる。
「ファリン、今日も待っていてくれたんだね」
呼び声に彼女はおぼろげに目覚める。
「リュート……お疲れ様。きっと無事に帰ってくると信じてたよ!」
そう明るく振る舞ってみせる彼女が、自身の出発前にわずかに震えた声をしていた事をリュートは思った。
旅路の土産話から――いつも通りの他愛ない話が続いた。
思えばそれこそがリュートの一番の幸福だったのかも知れない。
贈り物の首飾りは彼女の胸元で時折小さな音を立てていた。
会話の間に、しばしの静寂が二人の間に訪れる――。
そしてリュートはすらりと腰の細剣を抜いた。
それは彼の一族の宝。かつて諸侯の血筋だった証だ。彼の出世欲――そして王朝再興の夢の根源でもある。
「ファリン、またいつもの様に歌ってくれないか」
剣を横向きに静かに受け取ると、月明かりの下リュートの弾く弦楽器の音に舞いながら彼女はたおやかに言葉を紡いだ。
~~ 剣明が映すは天意の光
英覇の道は邪雲をひらく
剣音よ迷える民の心に響け
剣風よ胸中の炎を上げよ ~~
古き、天剣の歌である。
リュート、ボルタ、ファリン。
ここから彼らの小さな船が、無限の炎を胸に激流へと旅立つ。




