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有能侍女は幼馴染に囲われていることに気づかない  作者: HANABI


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第7話:高台の風と、触れてしまった境界線

朝。

まだ街が完全に目覚めきる前。


「ちょ、ちょっと待ってアルト、これって――」

「いいから乗れ」

有無を言わせず、リリアは馬の前に引き寄せられる。

「え、え、待って、二人乗りって……!」

「時間もったいないだろ」

当然のように言い放ち、

「ほら」

と手を差し出す。

(強引……!)

文句を言う間もなく、引き上げられる。


気づけば――

アルトの腕の中。

「っ……!」

背中に、体温。

近い。近すぎる。

「落ちるなよ」

「落ちないわよ!」

「どうだか」

軽く笑って、馬が動き出す。


山道。

冬の空気は、澄んでいて――容赦なく冷たい。

「……さむ……」

リリアは肩を震わせた。

風が強い。

外套を着ていても、指先がじんじんする。

その時。

「ほら」

「え?」

ぐい、と引き寄せられる。

そして――

アルトの外套の中に、包まれた。

「な、なにしてるの!?」

「寒いんだろ」

「そ、そうだけど……!」

背中が密着している。

完全に。


(ち、近い……!!)

心臓がうるさい。

でも。

アルトは、いつも通りの顔。

「……平気そうね」

「何が」

「その……距離」

「今さらだろ」

あっさり。

(今さらって……!)

こっちは全然“今さら”じゃない。

でも。


「……あったかい」

ぽつりとこぼれる。

「だろ」

短い返事。

それだけなのに、

なぜか胸が、ぎゅっとする。


高台までしばらく無言で揺られていた。

馬を降りると、視界が一気に開けた。


「……すごい」

遠くに王城が小さく見える。

その周りに広がる街並み。

煙がゆらゆらと上がり、人の営みが見える。


「初めて来たか?」

「うん……こんな場所」

リリアは目を輝かせる。

「綺麗……」

その横顔を、

アルトは少しだけ眺めていた。


(……ほんと、分かりやすいな)


しばらく、無言で景色を見る。

風の音だけが響く。


やがて――

「……ねぇ」

リリアが口を開く。

「なんだよ」

「アルトは、これからどうするの?」

「どうって」

「将来」

少しだけ真面目な声。


アルトは視線を遠くに向けたまま答える。

「……この家で働く」

「執事として?」

「それ以外あるか?」

「ないけど」

少しだけ間があく。

「……ずっと?」

「多分な」

迷いはない。

それが当たり前のように。


「リリアは?」

「もっと、ちゃんとした侍女になりたい」

「今でも十分だろ」

「まだ足りないわ」

首を振る。

「侍女長みたいに、全部任されるくらいに」

その目は真剣で。


昔、憧れたあの人と重なる。

アルトは少しだけ目を細めた。

「……なれるよ」

「ほんと?」

「ああ」

短く、でも確かに。


リリアは少しだけ笑った。

その後。

「近くに小屋ある」

アルトが言う。

「寒いだろ」

「……助かる」


少し馬で行った所に、少し古びた山小屋があった。

中に入ると、木の匂いが広がる。

アルトが慣れた手つきで薪をくべる。

ぱちぱち、と火がつく。

「……あったかい」

リリアはほっと息をついた。


外套を少し緩める。

静かな空間。

火の音だけ。

その中で――


「……なぁ」

アルトがぽつりと言う。

「なに?」

「レオンのこと、どう思ってる」

一瞬、空気が止まる。

「……どうって」

「そのままの意味」

視線が合う。

逃げ場がない。


「……すごい人だと思う」

正直な答え。

「優しくて、余裕があって」

「……それだけか?」

少しだけ踏み込んだ声。

リリアは迷う。

そして――


「……違う世界の人、って感じ」

小さく言った。

「……そうか」

アルトの表情が、ほんの少しだけ緩む。

「近づこうとは思わないのか」

「思わないわ」

きっぱり。

「身分が違うもの」

その言葉に、

アルトはゆっくりと近づいた。


一歩。

また一歩。

「……アルト?」

距離が近い。

さっきとは違う“近さ”。

「それ、言い訳だろ」

「え……?」

「怖いだけじゃねぇの」

図星を突かれて、言葉が詰まる。


その瞬間。

――引き寄せられた。

「っ……!」

唇が、触れる。

一瞬。

ほんの一瞬。

でも、確かに。

(……え……?)

思考が止まる。

アルトはすぐに離れた。

何事もなかったように。


「……あったまったな」

いつもの調子で言う。

「え……?」

「帰るぞ」

「ちょ、ちょっと待って――」

でも、もう外に出ている。


(なに、今の……?)

夢みたい。

まやかしみたい。

(……なんで?)

聞けない。

聞くのが怖い。


小屋を出たら、高台とは違う道を通って行く。

会話は、ほとんどなかった。

しばらくすると、屋敷が見えてきた。

門をくぐる。


リリアを裏口に降ろす。

「じゃあな」

アルトはそれだけ言って、馬を連れて去っていく。

いつも通り。

本当に、いつも通り。

(……なにそれ)

さっきのは、何だったのか。


分からないまま――

リリアは立ち尽くす。

その様子を。

高い窓から、見ている影があった。


「……へぇ」

レオンだった。

二人が並んで帰ってくる姿。

その距離感。

空気。

「……なるほどね」

静かに笑う。


でも、その目は――

少しも笑っていなかった。

「……面白くなってきた」

ぽつりと呟く。


その声には、

はっきりとした“感情”が混ざっていた。


冬の空気は、冷たいまま。

でも三人の関係は――

確実に、熱を帯び始めていた。


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