第6話:冬の入り口と、触れた手の温度
冷たい空気が、街をゆっくりと包み始めていた。
吐く息が、白くなる。
「……寒い」
リリアは外套の襟をぎゅっと寄せた。
「だから厚着しろって言っただろ」
隣を歩くアルトが、呆れたように言う。
「してるわよ」
「それでか?」
「これ以上着たら動けないの」
「鈍い動きがさらに鈍くなるだけだろ」
「失礼ね!!」
いつものやり取り。
石畳の道を並んで歩きながら、二人は目的の店へ向かう。
今日は公爵からの直々の依頼。
――懐中時計の修理と、奥方への贈り物。
「責任重大ね」
「だな」
「失敗したらどうしよう」
「その時はお前のせいにする」
「なんでよ!?」
「俺は止めたって言う」
「止めてないでしょ!!」
くすり、とアルトが笑う。
その横顔に、リリアはほんの少しだけ違和感を覚える。
(……なんか、機嫌いい?)
時計店。
古びた看板に、小さな鈴の音。
「いらっしゃいませ」
職人に事情を説明し、丁寧に包まれた懐中時計を渡す。
「……お預かりします。大切な品のようですな」
「ええ、とても」
リリアは静かに答える。
その横で、アルトは店内を見回していた。
「贈り物はどうする」
「奥様に似合うもの……」
しばらく考えて、
「上品で、控えめで……でも温かみのあるものがいいわね」
「難しい注文だな」
「でも、あの方ならそういうのが似合う」
アルトは少しだけ目を細める。
「……よく見てるな」
「当然でしょ」
侍女としての顔。
真剣な横顔。
それを見て、アルトはふっと視線を逸らした。
(……ほんと、変わったよな)
昔は泣き虫だったくせに。
今は誰よりも周りを見ている。
――だからこそ。
(……危なっかしいんだよな)
ふと、そんな考えがよぎる。
買い物を終え、店を出る頃には――
日が傾き始めていた。
「全部、直接届けてくれるって」
「なら手ぶらか」
「楽でいいわね」
そう言いながら、リリアは小さく手をこすった。
「……寒い」
指先が赤くなっている。
その様子を見て、
アルトはため息をついた。
「ほら」
「え?」
次の瞬間。
手を、取られた。
「……っ!?」
驚いて顔を上げる。
アルトは何でもない顔で、そのまま歩き出す。
「冷えてるだろ」
「そ、そうだけど……!」
「温めとけ」
「そ、そういう問題じゃ……!」
心臓が、変にうるさい。
(な、なんで……!?)
手、近い。距離、近い。
体温が、じわっと伝わる。
「……離して」
「嫌だ」
即答。
「なんでよ!?」
「お前、どうせまた手冷やすだろ」
「子ども扱いしないで!」
「してない」
「してる!!」
言い返しながらも、
手は――離さない。
離せない。
(……なにこれ)
妙に落ち着かないのに、
どこか、安心する。
「……顔赤いぞ」
「寒いからよ!!」
「へぇ」
絶対信じてない顔。
「ほんとに寒いの!」
「はいはい」
少しだけ、握る力が強くなる。
その仕草に、
リリアの鼓動がまた速くなる。
しばらく歩いて。
街の灯りがぽつぽつと灯り始める頃。
アルトがふと口を開いた。
「……なぁ」
「なに」
「今度、休みあるだろ」
「あるけど」
「出かけるか」
リリアは足を止めた。
「……え?」
「買い物ついでにじゃなくて」
アルトは前を見たまま言う。
「ちゃんと」
言い方が、少しだけ不器用で。
でも。
「……どういう風の吹き回し?」
「気分」
「怪しい」
「うるせぇ」
「絶対何かある」
「ない」
「ある」
「ないって言ってるだろ」
少しだけ間。
「……嫌ならいいけど」
ぽつり、と付け足す。
その言い方が、ずるい。
(……なにそれ)
断りづらい。
というか――
断りたくない。
「……行く」
小さく答える。
アルトが一瞬だけこっちを見る。
「そうか」
それだけ。
でも。
ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
帰り道。
繋いだ手は、いつの間にか自然になっていた。
温かくて、
離す理由が見つからない。
「……ねぇ」
「なんだよ」
「これ、いつまで?」
「城着くまで」
「長い」
「我慢しろ」
「命令?」
「そうだな」
「横暴」
「知ってる」
くすっと笑う。
そのやり取りが、心地いい。
でも――
(……なんか、変)
いつもと同じはずなのに。
少しだけ違う。
胸の奥が、ざわざわする。
その正体は、まだ分からない。
冬の入り口。
冷たい風の中で、
二人の距離だけが、少しだけ近づいた。




