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有能侍女は幼馴染に囲われていることに気づかない  作者: HANABI


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第3話:憧れと、手の届かない距離

夜会は、最高潮を迎えていた。

音楽は軽やかに流れ、笑い声が重なり、

貴族たちはそれぞれの思惑を胸に、優雅に踊る。

その中心で――

「本日はお越しいただき、光栄です」

レオンは微笑んでいた。

金の髪がスッキリと整えられ、スッキリした目元と穏やかな微笑みが、柔らかな物腰を醸し出していた。

どこから見ても“完璧な貴公子”。

「ぜひ一曲、いかがですか?」

「光栄ですわ」

「順番に、ね」

寄ってくる令嬢たちを、断らず、でも深入りもせず、

絶妙な距離で捌いていく。

(……すごい)

少し離れた位置から見ていたリリアは、思わず感心する。

(あれだけ囲まれて、全部対応してる……)

そして、その合間。

ふとした瞬間に、視線が合う。

(……見てる)

一瞬だけ、レオンの目が細くなる。

まるで――確認するように。

リリアは慌てて視線を外し、次の指示を出す。

「西側、グラス回収急いで」

小柄な体でちょこちょこと動き回る姿は、

忙しなくも、どこか愛らしい。

それを見て――

レオンは、ほんのわずかに表情を緩めた。

(……本当に、リスみたいだ)

気づけば、視線が追っている。

守ってやりたい構ってやりたいというような、えも言われぬザワザワとした感情が、ふと胸に湧き上がってくる。

自覚は、まだ薄い。

その時だった。

「ちょっと、あなた――!」

甲高い声が響く。

振り向くと、令嬢同士が言い争っていた。

「押したでしょう!?」

「押してませんわ!」

「このドレス、どうしてくれるの!?」

見ると、一人のドレスに赤ワインが大きくこぼれている。

周囲がざわつく。

(まずい)

社交界では、こういう“小さな事故”が命取りになる。

その瞬間。

「リリア」

静かに、しかしはっきりと呼ばれる。

レオンだった。

「任せてもいい?」

一言。

信頼を、そのまま渡すような声音。

リリアは一瞬だけ驚き――すぐに頷いた。

「承知いたしました」

迷いはない。


すぐに現場へ向かう。

「こちらへ」

泣きそうな令嬢の手を取り、優しく導く。

「すぐに対応いたしますので、ご安心ください」

その声は、不思議と人を落ち着かせる力があった。

控えの間。

ドレスの応急処置が始まる。

「……っ、ひどい……」

令嬢はぽろぽろと涙をこぼす。

「せっかく……今日のために……」

リリアは手を動かしながら、静かに聞く。

「大丈夫です。染みは目立たないようにできます」

「でも……」

「本日の主役は、ドレスではございません」

手を止めずに言う。

「あなた様ご自身です」

令嬢が顔を上げる。

「……本当に?」

「ええ」

にこり、と微笑む。

「十分に、お美しいです」

その言葉に、少しだけ涙が止まる。

そして――ぽつりと。

「……私、レオン様と踊りたくて」

リリアの手が、わずかに止まる。

「ずっと憧れてて……」

「……そう、なのですね」

「でもこんな姿じゃ……もう……」

震える声。

その気持ちが、なぜか胸に刺さる。

(……憧れ)

自分には、よく分からない感情。

けれど――

少しだけ、羨ましいと思った。

誰かに想いを寄せて、綺麗になろうとして、

そのために涙を流す。

(……女性らしい)

ふと、そんな言葉が浮かぶ。

自分はずっと、“役に立つこと”ばかり考えてきた。

綺麗であることも、可愛らしさも、

全部“仕事の一部”でしかなかった。

「……少々お待ちください」

処置を終え、リリアは立ち上がる。


扉の外。

「どうだ」

アルトが壁にもたれていた。

「応急処置は完了」

「さすがだな」

「当然よ」

少しだけ間。

「……ねぇ」

珍しく、リリアから声をかける。

「なんだよ」

「その……」

言い淀む。

「……なんでもない」

「は?」

「いいの」

「気になる言い方すんな」

「いいって言ってるでしょ」

いつもの調子。

でも、少しだけ歯切れが悪い。

その時――

「二人とも」

レオンが歩いてくる。

「どう?」

「問題ありません」

「さすが」

レオンは軽く頷く。

そして、控えの間の扉に視線を向ける。

「……あの子、踊りたいんだってさ」

リリアの心臓が、少し跳ねる。

「君なら、どうする?」

問いかけ。

試すような、でも優しい声音。

リリアは少しだけ考えて――

「……機会は、あるべきだと思います」

「理由は?」

「その方が……」

一瞬、言葉に詰まる。

「……嬉しいと思うので」

レオンは、ふっと笑った。

「うん、いいね」

アルトがぼそりと呟く。

「珍しく感情で動いたな」

「うるさい」

「図星か」

「うるさいって言ってるでしょ」

レオンはそのやり取りを楽しそうに見てから、

「じゃあ任せるよ」

と、リリアに言う。

「え?」

「君が連れてきて」

「……よろしいのですか?」

「主催者命令」

軽くウインク。

リリアは少しだけ戸惑いながらも――

「……承知しました」

その背を見送りながら。


レオンは小さく呟く。

「……やっぱり、放っておけないな」

アルトが横目で見る。

「どっちをだよ」

「どっちだと思う?」

「面倒な方だろ」

「正解」

短く笑う。

そして、リリアが扉の前で一瞬立ち止まる。

(……憧れ、か)

ふと、昔を思い出す。


――まだ、8歳の頃。

泣きながら、廊下の隅に座っていた。

誰も知らない場所。知らない人たち。

「……ひっく……」

その時。

「そんなところでどうしたの?」

優しい声。

顔を上げると――

綺麗な侍女が立っていた。

背筋が伸びて、穏やかに微笑んでいる。

「ここはね、泣く場所じゃないの」

「……じゃあ、どこで……」

「泣くのはね、ちゃんと終わったあと」

そっとハンカチを差し出される。

「その代わり、今は頑張るの」

「……できるかな」

「できるわ」

迷いなく言う。

「だってあなた、強い目をしてるもの」

その言葉が、胸に残った。

(……ああなりたかったんだ)

誰かを安心させられる人に。

強くて、綺麗で、迷わない人に。

リリアは、小さく息を吸う。

そして扉を開けた。

「お待たせいたしました」

今度は――自分が、その役目を果たす番。


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