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有能侍女は幼馴染に囲われていることに気づかない  作者: HANABI


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25/29

番外編:春の別荘と、二人の采配(前編)

春の朝。


柔らかな光が差し込む中、リリナは控え室で手帳を開いていた。


(……来客は一泊二日。到着は明日の昼前)

(王都へ向かう途中の滞在……)


指先で軽くページをなぞる。


「難しい顔してんな」


後ろから声。

振り返るまでもない。


「あなたのせいよ」


「俺?」


アルトが壁にもたれながら首を傾げる。


「今回の別荘の仕事。あなた一人でやってた仕事でしょ」


「前はな」


「それを急に同行ってどういうこと」


アルトは肩をすくめる。


「指示だ」


「誰の」


「公爵様」


間髪入れない。

リリナがじっと見る。


「……本当に?」


「疑うな」


「疑うでしょ」


アルトが少しだけ視線を逸らす。


「今回は“女の視点がいる”って話だ」


「……」


「調度、香り、食事、距離感」


淡々と並べる。


「全部、お前の領分だろ」


リリナは少しだけ黙る。


「……そうだけど」


否定はできない。


「だから同行」


短く言い切る。


「仕事よね?」


「どう見える」


一瞬だけ、間。


「……仕事ね」


「だろうな」


でも。 その空気は、 少しだけ違っていた。

馬車が王都を離れる。

窓の外には、新緑と柔らかな日差し。


「……春ね」


リリナがぽつりと呟く。


「見りゃ分かる」


「会話を広げて」


「必要あるか?」


「あるわよ」


即答。

アルトが小さく笑う。


「変わったな」


「何が」


「そういうこと言うようになった」


リリナは少しだけ目を細める。


「あなたが言わせてるの」


「俺のせいかよ」


「ええ」


間髪入れない。

その瞬間、 馬車が大きく揺れる。


「っ……!」


体が傾く。

すぐに、 腕を掴まれる。


「危ねぇだろ」


ぐっと引き寄せられる。

距離が、一気に近くなる。


(……近い)


息が少しだけ詰まる。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


軽い声。

でも、 手はすぐには離れない。

ほんの一瞬。 リリナが先に手を引く。


「……もういい」


「そうかよ」


アルトもそれ以上は追わない。

でも、 視線だけが少し残る。

別荘に到着したのは、昼過ぎだった。


白い瀟洒な館。

公爵家の中では比較的小ぶりの別荘はだった。

昨日の雨に濡れた芝は、柔らかい光を浴びてキラキラと輝いている。


遠くで鳥の声が響き、風が木々の葉を揺らす。

静かで、整っている――はずの場所。


「……空気が重いわね。せっかくの建物が泣いてるわ」


門をくぐった瞬間、リリナが小さく呟いた。


「入って三歩でそれか」


隣でアルトが軽く言う。


「三歩で分かる程度には暗いのよ。落ち着いてるといえば響きがいいけど、ちょっとね」


石畳の先、白い外壁の別荘は美しく整っている。

だが――どこか違う。


「建物はいいのに、中身が死んでる」


リリナが静かに言う。


「言い方きついな」


「事実よ」


アルトは一瞬だけ口元を緩める。


「……じゃあ、やるか」


「ええ」


その一言で空気が切り替わる。

扉が開く。

中に入った瞬間、香りが鼻に残る。


「強い」


リリナが眉をわずかに寄せる。


「花だな、それと香油。今度来られるお客様には合わない」


「種類も量も間違ってる」


歩きながら、視線が動く。

カーテンの厚み。

光の入り方。家具の配置。


「滞在が一泊でも、印象は残るのよ」


「“通過点”だからこそ軽くするべき」


淡々とした声。

アルトはそれを横で聞きながら、別の視点で全体を見る。


(……確かに重い)


「使用人は?」


「三班に分かれてるわね」


「配置は?―――動線が交差してる」


ほぼ同時に言う。

一瞬、目が合う。


「入口側、俺が整理する」


「室内、私がやるわ」


「任せる」


「任された」


短い。

でも、それで十分だった。


「カーテン、一度外して」


リリナの声が静かに通る。


「光を散らすように生地を変えましょう。倉庫を探してきて。」


「香りは一段落とすわ。花の種類をリストにして」


使用人たちが一瞬戸惑う。

だが。


「やって」


その一言で動き出す。

迷いが消える。

別の部屋。


「食器、これだと並びが違う」


リリナがテーブルに手を置く。


「この国の食器はこの種類のほうがいいわ」


「それから、並び順はこうね」


迷いなく並び替える。

すっと、流れが整う。

アルトが横から見ている。


「……どこで覚えた」


「調べたわ」


「全部か?」


「全部」


一切ブレない。

アルトが小さく息を吐く。


「……ほんと無駄がねぇな」


「あなたもでしょ」


「俺は現場だ」


「私は積み重ね」


「似たようなもんだろ」


一瞬だけ、笑う。


外。

アルトが他の使用人たちに指示を出している。


「人の流れを一本にまとめろ」


「交差させるな」


「迷わせるな」


声は低い。でも、よく指示が通る声。

誰も逆らわない。

リリナがその様子を少し離れた場所から見る。


(……やっぱり)


無駄がない。

判断が速い。

そして、誰よりも“場”を見ている。


昼過ぎ。

空気が変わる。軽く、柔らかく、静かに整う。

その時。


「公爵様ご到着です」


馬車が止まる。

アルトが一歩前に出る。

扉を開き、畏まった姿勢で、頭を下げる。


「お待ちしておりました」


公爵が降り立つ。

続いて奥さまが、公爵の手を借りながら降り立ちゆっくりと周りを見渡す。

風がふわりとドレスを揺らす。


「準備は」


短い問い。

アルトが迷いなく答える。


「整っております」


その一言に、確信がある。

奥様が室内へ進み、視線を向ける。

カーテンや香り、

――風の流れが空間を明るく軽やかに変えていた。

ゆっくりと歩く。


「……ええ、いいわね」


小さく頷く。

その視線が、リリナへ向く。


「この色、合わせたのね」


「はい」


「公爵様と奥様が、並んだ時に調和するように」


リリナが一歩前に出る。


「明日の装い、色や生地など合わせて軽めに整えております」


公爵と奥様。

色の調和。素材の統一。

並んだ時の“格”が揃う。

奥様がふっと笑う。


「さすがね」


そのまま、公爵を見る。


「ね?」


公爵がわずかに頷く。


「ああ」


短い。

だが、十分だった。

そして、小さく続ける。


「あの二人に任せれば問題ない」


奥様が穏やかに微笑む。


「昔からそうだったものね」


「気づいたら、ずっと一緒にいたわ」


その言葉に、リリナがほんの少しだけ目を伏せる。

アルトは何も言わない。

でもその距離は、ずっと変わっていなかった。


「来客は明日ね」


奥様が言う。


「はい」


リリナが答える。


「ここまで整っていれば大丈夫」


「安心して任せられるわ」


その言葉が、

静かに落ちる。

リリナは一礼する。


「お任せください」


アルトも、わずかに頭を下げる。

その横顔を、

奥様が優しく見つめていた。


まるで、

昔から知っている二人を、少しだけ誇らしそうに。


外に出ると、

春の風がやわらかく頬を撫でた。


「……終わってないわよ」


リリナが言う。


「明日が本番」


「ああ」


アルトが隣に立つ。


「しくじるなよ」


「誰に言ってるの」


軽く返す。

一瞬、沈黙。

風の音だけが通る。


「……でも」


リリナが小さく言う。


「悪くないわね」


アルトが横を見る。


「何が」


「こういうの」


少しだけ視線を上げる。


「あなたとなら」


空気が止まる。

アルトが一瞬だけ黙る。

それから、

小さく息を吐く。


「……そうかよ」


短い。

でも、

どこか柔らかい。


二人の距離が、

ほんの少しだけ近づいたまま。

春の光が、静かに差し込んでいた。


――中編へ続く


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