番外編:それぞれの距離、その先にあるもの
短編2話
■王城にて■
■二人の距離■
■王城にて■
王城の回廊は、冬の光に静かに照らされていた。
高い天井から差し込む白い光が、磨き上げられた床に淡く反射している。
人の往来はある。
だが、どこか音を抑えたような空気。
公の場特有の、張り詰めた静けさがあった。
「……この書類はここでよろしいですか?」
リリナが丁寧に書類を差し出す。
「うん、ありがとう」
レオンがそれを受け取る。
視線が、ほんの一瞬だけ重なる。
「久しぶりだね」
「はい」
短い会話。
それだけのはずなのに、
空気は以前とは少し違っていた。
距離は変わらない。
声も変わらない。
でも、
どこか一歩引いたような、
静かな整い方。
「屋敷の方はどう?」
「問題なく回っています」
「そっか」
それ以上は踏み込まない。
レオンは自然に話題を変える。
「この後、王妃様のところに行くんだよね」
「はい」
「忙しそうだ」
「いつも通りです」
リリナが軽く微笑む。
その表情を見て、
レオンはほんの少しだけ目を細めた。
(……変わったな)
柔らかい。
前よりも、少しだけ。
無理をしていない笑顔。
その理由を、レオンはもう知っている。
視線が、自然と横に流れる。
少し離れた柱の影。
アルトが立っていた。
腕を組み、壁に軽くもたれている。
こちらを見ている。
一瞬だけ、
視線が交わる。
何も言わない。
でも、それで十分だった。
(……なるほど)
レオンは小さく息を吐く。
そして、リリナに視線を戻す。
「いい顔してる」
「え?」
「前より、余裕ある」
さらりと言う。
リリナは少しだけ戸惑ったように瞬きをする。
「そう、ですか?」
「うん」
レオンは軽く笑う。
「いいと思う」
それ以上は言わない。
余計な言葉は、必要ない。
リリナは一瞬だけ何か言いかけて、
「……ありがとうございます」
そう返すだけにした。
それでいい。
それ以上踏み込まないことが、今の距離だった。
「じゃあ、また」
レオンは自然に一歩引く。
「はい」
軽く一礼。それで終わる。
振り返らずに歩き出す。
足音が、回廊に静かに響く。
(……終わったな)
胸の奥に、ほんの少しだけ残るもの。
消えはしない。
でも、引きずるものでもない。
(ちゃんと、好きだった)
それだけで十分だと思えた。
窓の外、雪が静かに降っている。
レオンはそのまま、足を止めずに歩き続けた。
■二人の距離■
屋敷の廊下。
夕方の光が差し込み、長い影が床に伸びている。
「リリナ」
呼ばれて振り返る。
アルトが立っていた。
いつもの距離。いつもの顔。
「何よ」
「今日、遅くなる」
「仕事でしょ」
「分かってるならいい」
会話はいつも通り。
でも、足は止まったまま。
アルトが一歩近づく。
「近い」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
リリナが軽く押す。
でも、アルトは動かない。
「仕事中だから」
「はいはい」
返事は軽い。
でも、離れない。
そのまま、さらに半歩だけ距離を詰める。
「……ねえ」
リリナが少しだけ視線を上げる。
身長差。見上げる形。
自然と首が上を向く。
「ちゃんと、いるわよね」
一瞬だけ、間。
アルトがわずかに目を細める。
「どこにも行かねぇよ」
短い。でも、
揺れない。リリナの指先が、ほんの少しだけ動く。
無意識に、アルトの袖を掴む。
「……ならいい」
小さく言う。
アルトが息を吐くように笑う。
「ほんと分かりやすいな」
「うるさい」
でも、声は柔らかい。
アルトがそのまま手を伸ばす。
今度は迷わず。
リリナの頭に触れる。
軽く撫でる。
「やめてよ。髪が乱れるじゃない」
「嫌だ」
「もー、子供じゃないんだから」
「知ってる」
でも、やめない。
むしろ、少しだけ距離を詰める。
「こういうとこ、昔と変わんねぇな」
「どこがよ」
「そのままのとこ」
視線が合う。
逃げない。
もう、逃げない。
アルトが少しだけ顔を近づける。
触れるか、触れないかの距離。
「……誰もいないな」
「いるかもしれないでしょ」
「いねぇよ」
言い切る。
そのまま、軽く額を合わせる。
ほんの一瞬だけ。
触れる温度。
すぐに離れる。
「……仕事戻るぞ」
「……うん」
自然に歩き出す。
二人並んで。
距離は、近いまま。
無理に詰めるわけでもなく、離れるわけでもなく、
ただ、そこにある距離。
それがもう、
当たり前になっていた。
夕暮れの光の中、
二人の影が並んで伸びていく。
その間には、
もう迷いはなかった。




