後日談:隠してるつもりの二人
短編3話です
■侍女たちの朝■
■アルトの両親■
■同僚&取引先■
■侍女たちの朝■
朝の控え室には、淡い光が差し込んでいた。
大きな窓の外には、白く積もった雪。反射した光が室内を柔らかく照らしている。
その中で、リリナは一人の侍女の髪に手を入れていた。
「そのリボン、少し下げて」
「えっ?」
若い侍女が鏡越しに目を瞬かせる。
「今の位置だと、顔が重く見えるわ」
指先で、結び目をほんの少しだけ下げる。
「ほら、これで」
鏡の中の印象が変わる。
輪郭がすっきりして、表情が明るくなる。
「あ……本当だ」
「今日のお茶会は昼だから、光が上から入るでしょ」
さらりと言う。
「影が出やすい位置は避けた方がいいの」
迷いがない。
別の侍女がドレスを抱えて近づく。
「リリナ様、この組み合わせでよろしいでしょうか」
淡いクリーム色のドレスに、金の装飾。
リリナは一瞬だけ全体を見る。
「靴はそれじゃないわね」
即答。
「え?」
「その色だと足元が浮くわ」
クローゼットに歩き、迷わず一足を取り出す。
「こっち」
落ち着いたベージュ。
並べた瞬間、全体が馴染む。
「……全然違う」
「視線は下からも来るのよ」
さらりと付け足す。
その横で、別の侍女が困った顔をしていた。
「どうしたの?」
「このイヤリング、どちらにするか迷っていて……」
二つの選択肢。
リリナは少しだけ近づく。
顔立ちを見る。
ドレスを見る。
光の入り方を確認する。
「今日はこっち」
迷いなく指す。
「理由、聞いてもいいですか?」
「動いた時に揺れるでしょ」
軽くイヤリングを指で揺らす。
「今日の席だと、横から見られる時間が長いから」
一瞬で判断している。
「……そこまで考えてるんですか」
「考えるのが仕事だから」
さらっと返す。
その時。
「リリナ様!」
別の侍女が駆け込んでくる。
「奥様の手袋が一組見当たらなくて……!」
「昨日の外出用?」
「はい!」
「じゃあ、南側の収納の二段目」
即答。
「左奥にまとめてあるはず」
侍女が走っていく。
リリナは一度だけ周囲を見渡す。
(……問題なし)
全体が整っている。
無駄な動きも、迷いもない。
その時、
後ろから声。
「……で?」
振り返らなくても分かる。
「で、じゃないわよ」
アルトが壁にもたれたまま、こちらを見ている。
「今日も完璧だな」
「仕事だから」
「はいはい」
軽く返しながら、
アルトが一歩近づく。
「でもさ」
書類を覗き込むふりをして、
少しだけ顔を寄せる。
「最近、ちょっと違うよな」
「何が」
「空気」
リリナは一瞬だけ手を止める。
でも、
すぐに動かす。
「気のせいよ」
「そうか?」
アルトが少しだけ笑う。
そのまま、何事もなかったように離れる。
……つもり。
「…………」
侍女たちが無言で目を合わせる。
侍女A「……今の」
侍女B「……今のですね」
侍女A「完全に」
侍女B「完全に」
小さく頷く。
「隠す気、あります?」
誰も否定しなかった。
■アルトの両親■
執事室は、他の部屋よりも静かだった。
分厚い扉が外の音を遮り、整然と並べられた書類棚と机が、無駄のない空間を作っている。
窓の外には、薄く積もった雪。
白い光が、控えめに差し込んでいた。
「……最近、騒がしくありませんね」
執事である父が、書類から目を離さずに言う。
ペン先が紙の上を滑る音だけが、しばらく続く。
向かいで紅茶を飲んでいた侍女長の母が、カップを静かにソーサーへ戻した。
「ええ」
一拍。
「無駄な騒ぎが減ったわ」
その言い方に、父が小さく口元を緩める。
「“無駄な”ですか」
「ええ。“無駄な”よ」
即答だった。
少しだけ、視線を横に流す。
「その代わり、分かりやすくなったけど」
父はようやくペンを置く。
「やっと、ですね」
「遅いくらいよ」
母はため息まじりに言う。
「昔から、あの子」
言葉を選ぶようにして、
「分かりやすすぎるのよ」
父が軽く肩をすくめる。
「隠しているつもりではいるようですが」
「隠せてないわ」
即答。
そのまま、少しだけ目を細める。
「小さい頃から、ずっと同じ」
記憶を辿るように、ゆっくりと続ける。
「誰より先にあの子に気づいて」
「誰より先に手を出して」
「誰より先に怒られてた」
父が小さく笑う。
「確かに」
「庭で泣かせたこともあったわね」
「あれは、アルトが悪いでしょう」
「ええ、完全に」
二人とも、迷いなく頷く。
でも、
その空気は柔らかい。
「それでも」
母が少しだけ声を落とす。
「いつも、最後はあの子の隣に戻ってた」
静かな言葉。
「怒られても」
「突き放されても」
「結局、離れなかった」
父はその言葉を黙って聞く。
「……今回も、同じでしょうか」
母は少しだけ考える。
それから、
小さく頷く。
「ええ」
迷いはない。
「今回は、離れる理由がないもの」
父が少しだけ視線を上げる。
「理由があったことも?」
「ええ」
母は静かに笑う。
「あの子、昔は自分の立場を分かってたから」
一拍。
「踏み込まなかったのよ」
父の表情が、わずかに変わる。
「……なるほど」
「でも、今は違う」
母は紅茶をもう一口飲む。
「自分の場所も、役割も」
「ちゃんと持ってる」
カップを置く。
「だから、止まらない」
父はそれを聞いて、
ゆっくりと頷く。
「では、リリナは」
その問いに、
母は少しだけ柔らかくなる。
「あの子も同じよ」
「え?」
「ずっと、気づいてなかっただけ」
窓の外を見る。
「でも、気づいたら」
少しだけ微笑む。
「逃げない子よ」
静かな確信。
しばらく沈黙が続く。
やがて、父がふと息を吐く。
「……問題はなさそうですね」
「ええ」
母も頷く。
「むしろ」
少しだけ、楽しそうに。
「落ち着くわ」
父が苦笑する。
「屋敷としても、ですか」
「ええ」
即答。
「無駄な遠回りが減るもの」
一拍。
「ようやく、あるべき場所に収まっただけよ」
静かに言い切る。
父はそれを聞いて、
深く頷く。
「……では」
再びペンを取る。
「今後はその前提で動きましょう」
「ええ」
母も静かに立ち上がる。
扉へ向かうその背中に、
父がふと声をかける。
「奥様は、気づいておられますか」
母は足を止める。
少しだけ振り返る。
「とっくに」
微笑む。
「だから何も言わないのよ」
そのまま、扉を開ける。
廊下の向こうにも、同じ雪の光が広がっていた。
■同僚&取引先■
昼下がりの応接室。
暖炉の火が静かに揺れ、外の雪の白さとは対照的に、室内は柔らかな暖かさに包まれている。
「こちらが本日の納品書になります」
リリナが書類を受け取る。
姿勢はまっすぐ。
声は落ち着いている。
「ありがとうございます」
取引先の男から受け取りながら、ふと目を細める。
「いつもながら、隙がないですね」
「当然のことをしているだけです」
さらりと返す。
でも、
その言い方は柔らかい。
「それでも、なかなかできることではありませんよ」
少しだけ距離を詰める。
「……最近、雰囲気も変わられましたよね」
リリナは一瞬だけコトリと首を傾げる。
「そうですか?」
「ええ。以前よりも……」
言葉を選ぶようにして、
「親しみやすい、と言いますか」
視線が、少しだけ長く留まる。
「話しかけやすくなりました」
(……?)
リリナは気づかない。ただ、
「そう言っていただけるなら、嬉しいです」
無防備で、少しの距離、軽く微笑む。
男の視線が、わずかに変わる。
「もしよろしければ、今度――」
その瞬間。
「それ、もう確認済み」
低い声。
横から、アルトがいつの間にか立っている。
書類を指先で軽く叩く。
「昨日の時点で問題なしって報告上がってる」
男が一瞬止まる。
「あ……そうでしたか」
「聞いてねぇの?」
言い方は軽い。
でも、
逃がさない。
リリナが少しだけ眉をひそめる。
「……言い方」
「事実だろ」
アルトは肩をすくめる。
そのまま、
自然に一歩前へ出る。
リリナと男の間。
わずかに位置が変わる。
気づかないくらい自然に。
でも、
完全に遮る形。
男はそれを見て、理解する。
(……ああ)
「失礼しました」
それ以上は踏み込まない。
「では、本日はこれで」
頭を下げる。
去っていく足音。
静かに扉が閉まる。
沈黙。
「……何なのよ」
リリナが振り返る。
「何って」
「今の言い方、必要あった?」
アルトは少しだけ目を細める。
「あるだろ」
一歩、近づく。
さっきと同じ距離。
でも、
今度は逃げない。
「お前、自覚ねぇの?」
「何のよ」
「今の」
視線が落ちる。
「その顔で笑って」
「普通に距離詰めて」
「誘ってんのと変わんねぇぞ」
「は?」
本気で分かっていない顔。
アルトが小さく息を吐く。
「……ほんとに分かってねぇな」
手が伸びる。
リリナの顎に触れる寸前で、
止まる。
一瞬の距離。
「他のやつに、ああいう顔すんな」
低く言う。
「……してないわよ」
「してる」
即答。
そのまま、
軽く距離を詰める。
「さっきのやつ、完全に勘違いしてたぞ」
「してないってば」
「してる」
同じやり取り。
でも、
距離は変わらない。
「……仕事だから」
「仕事なら余計だろ」
一瞬だけ、間。
アルトが少しだけ目を逸らす。
「……ああいうの、見ててムカつく」
ぽつりと落とす。
リリナが止まる。
「……何それ」
アルトはすぐに戻る。
「別に」
いつもの調子。
でも、そのまま一歩だけ近づく。
「とにかく」
視線を合わせる。
「気をつけろ」
「何を」
「全部」
短い。
でも、意味は重い。
リリナは少しだけ言葉に詰まる。
アルトはそれ以上何も言わず、
そのまま背を向ける。
「……ほんと分かってねぇな」
小さく呟いて、去っていく。
残されたリリナは、
その場に立ったまま。
「……意味分かんない」
そう言いながら、
頬が少しだけ熱かった。




