第18話:やっと届いた距離 完結
夕方。
屋敷の門が開く音がした。
「戻ったぞー」
聞き慣れた声。
少しだけ気だるくて、でもよく通る声。
その瞬間、
空気が変わった。
「アルト様!」
「おかえりなさいませ!」
使用人たちが一斉に動く。
普段は落ち着いている屋敷が、わずかにざわつく。
「遅かったですね!」
「書類山積みですよ!」
「うるせぇな、分かってるって」
アルトが軽く手を振る。
いつものやり取り。
いつもの空気。
でも、
その中心に、
リリナはいなかった。
廊下の奥。
柱の影。
リリナは、立ったまま動けずにいた。
(……帰ってきた)
ただ、それだけのはずなのに。
足が動かない。
胸の奥が、
じわじわと熱くなる。
(笑ってる)
あの、いつもの顔。
(……やっと)
そのまま、視線を逸らす。
行こうとする。
でも、
止まる。
(……今じゃない)
一歩だけ、引く。
そのまま、静かにその場を離れた。
夜。
廊下は静まり返っている。
灯りは落とされ、
足音だけが響く。
リリナは、アルトの部屋の前に立っていた。
手を上げる。
止まる。
(……何て言うの)
分からない。
でも、
戻れない。
コンコン、とノックする。
「……誰だ」
中から声。
「……私」
一瞬の間。
「入れ」
扉を開ける。
部屋の中。
暖炉の火が揺れている。
アルトは椅子に座っていた。
外套を脱ぎ、シャツのまま。
少しだけ疲れた顔。
でも、
視線はすぐにこちらを捉える。
「……なんだよ」
軽い声。
いつも通り。
「話があるの」
「へぇ」
アルトは立ち上がる。
ゆっくりと。
そのまま、数歩で距離を詰める。
(……近い)
でも、今回は下がらない。
「どうした」
見下ろされる。
身長差。
視線を上げないと、目が合わない。
「……なんでいなかったのよ」
声が、少し震える。
アルトが一瞬だけ止まる。
「仕事だろ」
「分かってる」
即答。
「でも」
一歩、踏み込む。
距離が、さらに縮まる。
「分かってても、変だったの」
アルトの眉がわずかに動く。
「ずっと、やりにくくて」
視線が揺れる。
「……いないと、うまくいかないって思った」
言葉が止まらない。
「違うのに」
「ちゃんとできてるのに」
「なんか、違って」
胸を押さえる。
「……ここが、落ち着かなくて」
アルトは何も言わない。
ただ、
じっと見ている。
「レオン様にも言われたの」
一瞬、空気が変わる。
「選びたいって」
沈黙。
でも、
止まらない。
「ちゃんと考えろって」
「でも、分かんなくて」
顔を上げる。
まっすぐに、アルトを見る。
「分かんなかったのに」
一歩、近づく。
「いなくなったら」
声が、少しだけ震える。
「分かった」
間。
「……会いたかった」
静寂。
暖炉の火の音だけが、小さく鳴る。
アルトが、ゆっくりと息を吐く。
「……やっとかよ」
低く、呟く。
一歩、踏み込む。
距離が、完全にゼロになる。
リリナの肩に手が触れる。
軽く、でも逃がさない強さで引き寄せる。
「遅ぇんだよ」
目が合う。
逃げない。
リリナも、逸らさない。
「ずっと分かってた」
アルトの声が、少しだけ低くなる。
「お前がどうなるか」
「……うるさい」
でも、弱い声。
アルトが少しだけ笑う。
「でも来ただろ」
否定できない。
「……来たわよ」
言い返す。
アルトは一瞬だけ黙る。
それから、
ほんの少しだけ優しくなる。
「ならいい」
そのまま、
頬に手を添える。
指先が、冷たい。
「逃げんなよ」
低く言う。
リリナは、小さく頷く。
その瞬間。
アルトが顔を引き寄せる。
一瞬だけ、止まる。
視線が絡む。
確認。
逃げないことを。
そして――
キスをする。
強くもなく、
優しすぎもしない。
でも、
抑えていたものが溢れるようなキス。
リリナの手が、無意識にアルトの服を掴む。
離れない。
少しだけ長く、
深く。
やがて、ゆっくり離れる。
距離は、まだ近いまま。
「……もう逃がさねぇ」
低く、落とす。
リリナは、息を整えながら、
小さく頷く。
「……うん」
その声は、
迷っていなかった。
暖炉の火が、静かに揺れる。
外では、雪が降り続いている。
でも、
もう寒くはなかった。
完結
とうとう完結致しました。
レオンの気持ちが間に合わなかったのが、ちょっと書き残したところですね。
番外編かいくつかありますので、そちらでちょっとレオン編を書きます。
まだまだこれで2作品目の未熟者なので、拙い部分がありますがまだよろしければお付き合いくださいませ。
感想等いただけますと喜びます。
ブックマークもよろしくお願い致します。




