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有能侍女は幼馴染に囲われていることに気づかない  作者: HANABI


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第17話:選ぶということの意味

公爵の執務室は、冬の光に静かに照らされていた。

大きな窓の外には、うっすらと積もった雪。

庭の木々は白く縁取られ、音のない世界が広がっている。


「入れ」


低い声。


「失礼いたします」


レオンは扉を開け、静かに中へ入る。

部屋の中央。


机の向こうに、公爵が座っていた。

書類に目を落としたまま、ペンを走らせている。

レオンは数歩進み、足を止める。


「呼ばれたと聞きました」


「……ああ」


ペンが止まる。

ゆっくりと顔が上がる。

その視線は、真っ直ぐだった。


「今回の接待、問題なかったそうだな」


「はい。滞りなく」


「そうか」


短く返す。

沈黙。

紙をめくる音だけが、部屋に響く。

やがて、

公爵がふと口を開いた。


「リリナを連れて行ったそうだな」


一瞬だけ、空気が張る。


「……はい」


「理由は?」


試すような問い。

レオンは視線を逸らさない。


「現場を回せると判断しました」


「それだけか?」


間。

レオンは、ほんのわずかに息を吸う。


「……任せられると」


「それも分かっている」

公爵が遮る。

視線が、さらに鋭くなる。


「そういう話をしているんじゃない」


沈黙。

逃げ道はない。

レオンは、ゆっくりと背筋を伸ばす。


「……個人的な理由も、あります」


公爵は何も言わない。

ただ、続きを待っている。

レオンは、一度だけ目を閉じる。

そして、開く。


「彼女を――」


言葉を選ぶ。

逃げないように。


「一人の女性として、見ています」


部屋の空気が、わずかに変わる。

公爵の表情は動かない。


「……そうか」


短く落ちる。

それ以上でも、それ以下でもない。


「分かっているな」


静かな声。


「お前の立場」


「はい」


「家のこと」


「はい」


「周囲の目」


「はい」


一つ一つ、確認するように。

レオンはすべて受け止める。

逃げない。


「それでもか」


核心。

レオンは、迷わなかった。


「……それでも、です」


はっきりと言う。


「欲しいと思っています」


その言葉は、静かで。

揺れていない。

公爵は、しばらく何も言わなかった。

ただ、じっとレオンを見ている。

やがて、ふっと息を吐く。


「……若いな」


少しだけ、呆れたように。

でも、

完全には否定していない。


「簡単な話ではないぞ」


「承知しています」


「お前一人の問題じゃない」


「はい」


「それでも、か」


同じ問い。

レオンは、わずかに視線を落とす。

そして、もう一度上げる。


「……嘘はつけません」


短い言葉。

でも、それで十分だった。

公爵はしばらく黙り、

それから、小さく頷く。


「好きにしろ」


それだけ。

許可でも、否定でもない。

だが、

止めないという意味。

レオンは静かに頭を下げる。


「ありがとうございます」


それ以上は言わない。

廊下に出る。

扉が閉まる音が、背後で響く。

静かな空気。

レオンは、ゆっくりと歩き出す。


(……言ったな)


胸の奥に、重さが残る。

でも、同時に。


(……軽い)


覚悟を決めた分だけ、

迷いが消えている。

足が止まる。

視線が、自然とある方向へ向く。


(……会いに行くか)


考えるより先に、

体が動いていた。

中庭。

夕方の光が、雪に反射して白く滲んでいる。


その中に、

リリナの姿を見つける。

一人で立っている。

少しだけ、

遠くを見るような顔。


レオンは、数歩近づく。

足音に気づいて、

リリナが振り向く。


「レオン様」


いつもの声。

でも、

少しだけ柔らかい。


「少し、いい?」


「はい」


距離は、いつもと同じ。

でも、

空気が少し違う。

レオンは、一度だけ間を置く。

それから、まっすぐ言う。


「君のことを、選びたいと思っている」


風が、静かに吹く。

雪が、わずかに舞う。


「……え」


リリナの目が揺れる。


「ただ」


レオンは続ける。


「簡単な話じゃないのも分かってる」


視線は逸らさない。


「立場も、状況も」


一歩も詰めない。

それでも、

逃げない。


「だから」


少しだけ、声を落とす。


「急がなくていい」


沈黙。


「君がどうしたいか、ちゃんと考えてほしい」


その言葉は、

押しつけじゃない。

でも、

逃がしてもいない。


リリナは言葉を失う。

胸が、強く鳴る。

アルトの声がよぎる。

――俺が


「……私」

言いかけて、

止まる。

言葉にならない。

レオンは、それを見て小さく笑う。


「無理に答えなくていい」


一歩だけ、視線を外す。


「でも」


最後にもう一度だけ、

見る。


「俺は、待つつもりはない」


矛盾しているようで、

真っ直ぐな言葉。


「動くよ」


それだけ言う。

リリナは、何も言えない。

ただ、

その場に立ち尽くす。


レオンはそれ以上何も言わず、

静かにその場を離れた。

雪が、静かに降り続く。


残された空気の中で、

リリナの心だけが、

大きく揺れていた。


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